著者
徳田 真帆
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.21-46, 2010

本稿の研究対象はジャニーズファンである。ジャニーズファンとは、ジャニーズ事務所に所属するアイドルのファンのことであり、その熱狂的な応援行動に特徴付けられる。しかし、彼女たちは、単に応援行動に「没入」しているわけではない。彼女たちは、アイドルの虚構性を十分に認識しながらも、同時に彼らに対し自分と同一化してしまう程の強い親近感を抱いているのである。このような「アイロニカルな没入」とでもいうべき状況は、どのようにして可能になるのか。本論文では、ジャニーズファンたちが実践する「担当制」の検討を通し、トーテミスム論を手がかりに、その仕組みを明らかにすることを目指したい。
著者
前田 建一郎
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-29, 2012

原住民土地法廷が開廷した1870 年を前後して、ニュージーランド・チャタム諸島では、部族による慣習的な共同所有が原則だったところに、土地の個人所有という先住民マオリにとって未聞の概念が導入されたことで、正統なる土地の所有者が誰なのかをめぐって、部族間で激しい対立が生じていた。本論は、19 世紀の原住民土地法廷の裁判記録を用いた歴史人類学的な研究である。前半部では、土地の所有者を裁判で確定していく作業を通じて、法的な主体として部族が立ち現れ、その過程でモリオリとンガティ・ムトゥンガの両部族が、慣習についていかなる主張を繰り広げたかを検討する。後半部では、裁判記録の中の個人名をたどることで、相互に深い血縁関係にある部族の成員が、所属と同盟を渡り歩きながら原住民土地法廷をきっかけとして、部族への単一なる帰属を選択していった過程について明らかにする。
著者
谷 憲一
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.24-40, 2015

本論文は、相対化の複層性という観点から、アサドの世俗主義批判を捉えなおし、「コスモロジー」(世界観、信念、広義の宗教、近年では存在論として名指されてきた対象)研究におけるその意義を検討する。まず浜本による信念の生態学というアプローチとその問題点を指摘する。次に存在論的転回で言及される、ストラザーンとヴィヴェイロス・デ・カストロによる二項対立を通じた戦略で2種類の相対化が試みられていることを確認する。それを踏まえながら、アサドの議論を浜本による信念や儀礼に関する議論と比較することで、アサドの議論においては、人類学が依拠する世俗主義という前提に関する批判が含まれていることを指摘する。最後に、アサドの世俗主義批判の人類学的意義を考察し、「コスモロジー」研究の可能性を提示する。
著者
深海 菊絵
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-20, 2010-05-01

本論の目的は、米国におけるポリアモリー実践の事例から、「愛」や「親密性」に関わる事象を主題とする90年代以降の人類学的研究の分析枠組みを再考し、今後の研究に必要な視座を提示することである。近年の愛や親密性を主題とする研究は、社会規範との関連でそれらを論じる傾向が際立っている。これらの研究は、親密な関係が築かれる舞台の権力構造を明らかにしてきた。しかし、自律的主体が想定されているため、偶発的で予測不可能な他者との関係性を当事者たちがいかに生きているのか、という点を捉えきれない。そこで本論では、バトラーの「≪対格≫の私」論、田中の誘惑論を手掛かりに、先行研究が看過してきた領域に光を当ててみたい。本論では、主体形成の能動的側面だけでなく受動的側面に着眼することにより、自律的主体ともみえるポリアモリー実践者たちが自らの意志を越えて他者とつながるあり様を考察していく。
著者
坂田 敦志
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.1-23, 2015

2014年2月のロシアによるクリミア半島制圧およびその後のウクライナ東部の一連の情勢に見られるように、1989年の「冷戦」終結以降、旧社会主義圏は一段と混迷を深めている。本稿では、ネーションをめぐる諸力が国家の枠組みを超えて錯綜するこの圏域にいかにアプローチするかという問題意識の下、「ポスト社会主義の優等生」と目され、西側諸国が先導するネオリベラリズム路線を着実に歩んでいるかに見えるチェコ共和国において、「ポスト社会主義」と括られる新しい時間・空間が実際にはどのように生成され、生きられているのか、その一端に迫る。具体的には、1989年の体制転換から二十余年が経過した2010年5月8日にプラハ郊外ヴィートコフの丘で催された第二次世界大戦戦勝65周年を祝う国家式典において、相反する二つの「時代」を背負った無名戦士の遺灰がヤン・ジシュカの騎馬像下部の霊廟内に並置された出来事を題材に、この出来事に、葬り去ったはずの「歴史」の痕跡を見出すことで、チェコ史における様々な「時代」、様々な文脈、様々な対立軸を組み直しながら進展する「歴史」をめぐる闘争が、二つの遺灰を基点に焦点化され、組織化されるさまを素描する。
著者
浜田 明範
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-9, 2014

本書は、ケニア海岸地方のドゥルマ社会を30 年に亘って調査してきた著者による妖術についての民族誌である。著者によるドゥルマ社会についての単著としては、2001 年に出版された『秩序の方法:ケニア海岸地方の日常生活における儀礼的実践と語り』[浜本 2001]があり、本書は二冊目に当たる。『秩序の方法』の出版後、著者はジェームズ・クリフォードの『文化の窮状』[クリフォード 2003]を太田好信らと共訳し、その延長線上に編まれた教科書的な論文集『メイキング文化人類学』[太田・浜本 2005]に収められた論文で独自の民族誌論を展開している。本書には、新たに書き下ろされた多くの章が含まれるが、直接的には、2007 年以降に著者が精力的に発表してきた理論的・民族誌的論考の延長線上に位置づけることができる。そのうちのいくつかは加筆修正した上で本書にも採録されており、新たに書き下ろされた章と合わせて一貫性が持たされている。しかし、本書の内容は、2005 年以前の著作とも密接に関連しており、それらとの関連を射程に入れた上で理解されるべきである。
著者
深海 菊絵
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-20, 2010

本論の目的は、米国におけるポリアモリー実践の事例から、「愛」や「親密性」に関わる事象を主題とする90年代以降の人類学的研究の分析枠組みを再考し、今後の研究に必要な視座を提示することである。近年の愛や親密性を主題とする研究は、社会規範との関連でそれらを論じる傾向が際立っている。これらの研究は、親密な関係が築かれる舞台の権力構造を明らかにしてきた。しかし、自律的主体が想定されているため、偶発的で予測不可能な他者との関係性を当事者たちがいかに生きているのか、という点を捉えきれない。そこで本論では、バトラーの「≪対格≫の私」論、田中の誘惑論を手掛かりに、先行研究が看過してきた領域に光を当ててみたい。本論では、主体形成の能動的側面だけでなく受動的側面に着眼することにより、自律的主体ともみえるポリアモリー実践者たちが自らの意志を越えて他者とつながるあり様を考察していく。
著者
浜田 明範
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.89-90, 2010-05-01
著者
橋本 栄莉
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-25, 2011-05-17

2010年11月現在、一国の独立を決める住民投票を控え、南部スーダンの住民の間では徐々に期待と緊張が高まってきている。度重なる内戦や平和構築、今回の住民投票を含む民主化への動きなどさまざまな出来事を経験してきたナイロート系牧畜民ヌエル(Nuer)の一部の人々の間では、それらの出来事はある予言者によってかつてなされた予言が「成就」したものであると語られてきた。本論の目的は、ヌエル社会において人々の歴史観や未来観と不可分に結びついてきた「予言の成就」に関する語りに注目し、新たな歴史的出来事を通じて刷新され続ける予言のリアリティのあり方について考察することである。本論では予言や予言者を取り巻く周囲の人々の語りが、各々の経験や偶然的な出来事を組み込みながら、特定の語りの要素を結節点としてゆるやかな「原因」と「結果」の関係で結ばれ、複数の人々にとって「真」たりうるストーリーとして重層性を帯びてゆく様相を明らかにする。
著者
上村 淳志
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.54-71, 2011

同性愛嫌悪の根強いラテンアメリカ諸国でも、近年同性カップルに法的保護が与えられつつある。また、ラテンアメリカの男性同性愛者を捉える研究モデルであった、アクティーボ(activo)/パッシーボ(pasivo)の二分法の意義も見直されている。本稿の目的は、そうした変化を踏まえて、メキシコの男性同性愛を捉え直す方向性を検討することにある。アクティーボ/パッシーボの二分法に還元して男性同性愛を語ることは、文化本質主義であり、多様な性的実践を看過するものだと近年批判されている。批判の際に注目されてきたのは、象徴的暴力を防ぐ為に男性同性愛者が実践してきた性行為である。その行為を表すのに越境の隠喩が用いられ、実際に国家を越えた移動や国家間関係はメキシコの男性同性愛者に影響を与えてきた。ゆえに、文化本質主義批判を踏まえた上でも、国家間関係に配慮してメキシコの男性同性愛を分析する必要がある。だがその際には、異性愛者の性愛倫理について指摘されてきた国家間関係と比較していく必要がある。
著者
岡崎 彰 吉岡 政徳 春日 直樹 大杉 高司 慶田 勝彦
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.69-138, 2008

人類学バトル (一橋大学, 2007年10月7日)はじめに / 岡崎彰問題提起 / 吉岡政徳駁論 / 春日直樹提起再論 / 大杉高司再駁論 / 慶田勝彦場外バトル
著者
里見 龍樹
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.26-53, 2011

ソロモン諸島マライタ島北部に住むラウあるいは「海の民」(アシ)と呼ばれる人々は、人工島と呼ばれる独自の海上居住の形成・拡大過程を物語る一群の移住伝承をもつ。本稿ではこれらの伝承を、オーストロネシア語地域で広く見られるとされる「トポジェニー」、すなわち一連の場所・地名への言及を含む、神話的祖先や集団の移動についての語りの一事例として考察する。アシの伝承は、マライタ島内の各地に「山の民」(トロ)として居住していた諸氏族の祖先が、多様な移住の過程で海上居住を開始し、また拡大させることで、「アシ」という集団的アイデンティティを形成してきた過程を語っている。こうした過程はまた、植民地時代に入っても持続していたものと認められる。本稿では、このようなアシの移住伝承を、他地域の「トポジェニー」をしばしば特徴付ける排他的なテリトリー性や、メラネシア人類学を一面で規定してきた機能主義的な「社会統合」モデルには適合しない独自の集団性のあり方を示すものとして考察する。