著者
江森 健太郎 北脇 裕士 岡野 誠
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.34, 2012

2001年9月頃からBe拡散処理が施されたオレンジ/ピンクのサファイアが大量に日本国内に輸入され話題となった。当初は輸出国側から一切の情報開示がなく、"軽元素の拡散"という従来にはなかった新しい手法であったことから、鑑別機関としての対応が遅れる結果となった。その後の精力的な研究によってBe拡散処理の理論的究明には進展が見られたが、軽元素であるBe(ベリリウム)の検出にはSIMSやLA-ICP-MSなどのこれまでの宝石鑑別の範疇を超えた高度な分析技術が必要となり、その後の検査機関のあり方を問われる結果となった。<BR>LA-ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)は、軽元素を含む多元素同時分析による高速性と、ppb~ppmレベルの分析が可能な高感度性能を持つ質量分析装置である。鉱物等の固体試料の測定にはレーザーアブレーションにより直径数10μm程度の極狭小な範囲を蒸発させる必要があるが、Be拡散処理サファイアの鑑別には欠かせない新たな分析手法として宝石学分野においても活用されるようになった。さらにLA-ICP-MSは蛍光X線分析では検出できない微量元素の検出が可能であるため、それらの検出された微量成分の種類や組み合わせがケミカル・フィンガープリントとして宝石鉱物の原産地鑑別に応用されている。既にコランダム、エメラルド、パライバ・トルマリンなどでは多くの研究例があり、一定の成果が上がっている。<BR>本研究では、これらのLA-ICP-MS分析法の宝石学分野における他の重要な応用例の1つとして、天然及び合成ルビーの鑑別法について検討した。<BR>1990年代初頭、新産地であるベトナム産ルビーの発見と同時期に大量の加熱処理されたベルヌイ法合成ルビーが宝石市場に投入された。加熱が施されることにより、鑑別特徴であるカーブラインが見え難くなり、さらに液体様のフェザーが誘発されることで、識別が困難となった。1990年代半ば以降にはフラックス法によるカシャン、チャザム、ラモラ等の合成ルビーに加熱処理されたものが出現した。特にフラックス法合成ルビーは加熱によって内部特徴が変化すると、標準的な鑑別手法では識別が極めて困難となり、他の有効な鑑別手法の確立が必要とされている。本報告では、ベルヌイ法、結晶引上げ法、フラックス法、熱水法等の合成ルビーをLA-ICP-MSで分析し、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu等の遷移元素や希土類元素等の相違について纏めた結果を紹介する。
著者
江森 健太郎
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.27, pp.5, 2005

<br> 最近市場でペリステライト、ハイアロフェン等の長石が見かけられるようになった。それらの長石についての特徴と鑑別に際する注意点について、通常見られる長石類と比較しつつ述べる。<br> ペリステライトは約2~19mol%のアノーサイト成分を持つ低温型斜長石でありイリデッセンスを放つラブラドーライトと同じように100nmオーダーのラメラ構造を呈している鉱物である。ムーンストーンと非常によく似た外観を持ち、屈折率、比重だけでは区別することが難しい。また、ムーンストーンと類似した外観をもつラブラドーライトについても述べる。<br> ハイアロフェンはバリウム長石であるセルシアン(celsian;BaAl<sub>2</sub>Si<sub>2</sub>O<sub>8</sub>)と正長石(orthoclase;KAlSi<sub>3</sub>O<sub>8</sub>)の中間組成を持つ長石である。屈折率が斜長石系列の中間程度を示し、誤鑑別を生む原因となる。<br> これらの長石は赤外分光法(FT-IR)で簡易的に鑑別することが可能であるが、正確な鑑別には蛍光X線分析装置(EDS)を用いて組成を直接分析することが望ましい。
著者
江森 健太郎 北脇 裕士
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.41, pp.14, 2019

<p>ベトナムは地理的にアジアの宝石が豊な国々に囲まれているにもかかわらず、1980 年代まで商業的な宝石採掘は行われていなかった。1983 年にハノイから北東 150 km の Yen Bai 地区 Luc Yen で地質学者がルビーとスピネルを発見し、系統的な調査が開始された。そして、1987 年にベトナムの地質調査所が同地区にルビー鉱床を発見、1990 年にハノイ南西 300 km の Qui Chaw でも上質のルビーが発見され、話題となった。</p><p>ベトナム産ルビーは品質の良いものはミャンマー産に匹敵しており、正確な原産地鑑別は鑑別機関にとって重要な課題である。また他の色のサファイアは市場性が低く、その宝石学的特性はあまり知られていない。そこで今回は、これらのベトナム Luc Yen 産のルビー、サファイアを新たに入手し、調査を行ったので、その結果を報告する。</p><p>本研究には 2016 年~2017 年にかけてベトナム Luc Yen のマーケットで入手したコランダム 64 個(0.16 ~ 1.70 ct)を用いた。入手時には Luc Yen、An Phu、Chau Binh と区別されていたが、本研究では広義に Luc Yen と一括した。これらについて一般的な宝石鑑別手法に加え、FTIR、紫外可視分光光度計による分光検査、LA-ICP-MS による微量元素測定を行った。特に筆者らが 2015 年宝石学会(日本)で行った微量元素測定と三次元プロットの手法についてアップデートを試みた。</p><p>先行研究では、ベトナム産を含むマーブル起源のルビー(ベトナム、ミャンマー、タンザニア)の識別には Mg-V-Fe の三次元プロットが有効であるとしていたが、今回分析を行ったサンプルには、ミャンマー産のルビーとオーバーラップするサンプルが多く存在した。そのため本研究においては新たに V-Cr-Fe の三次元プロットやオーバーラップする部分に対するロジスティック回帰分析を駆使することでミャンマー産ルビーとのオーバーラップを解消し、原産地鑑別の精度を向上させることができた。また、ブルー系のサファイアについても、V-Fe-Ga の三次元プロットを新たに使用することでベトナム Luc Yen 産のサファイアを他産地と明確に分離することができ、同様に産地鑑別の精度上昇に寄与できることがわかった。</p>
著者
北脇 裕士 江森 健太郎
出版者
一般社団法人日本鉱物科学会
雑誌
日本鉱物科学会年会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

コランダム(ルビー、サファイア)の原産地鑑別は、個々の結晶が産出した地理的地域を限定するために、その地域がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを判定するためのバックグランドが必要となる。そして試料の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となり、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる微量元素の分析が行われる。 <br>原産地鑑別における地理的地域の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの意見であり、その宝石の出所を証明するものではない。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石は原産地鑑別が困難もしくは不可能なこともある。原産地の結論は、検査時点での継続的研究の成果および文献下された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなる。
著者
江森 健太郎 北脇 裕士
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.39, pp.11, 2017

<p>予測手法としての多変量解析は「重回帰分析」「判別分析」「ロジスティック回帰分析」「数量化 I 類」「数量化 II 類」が一般的に知られている。中でも、「判別分析」「ロジスティック回帰分析」は「量的変数(質量濃度等の量を持った変数)」である説明変数から「質的変数(合成、天然といった量を伴わない変数)」である目的変数を予測する手法なため、宝石鑑別に有効な手段であることが期待される。</p><p>判別分析は事前に与えられているデータが異なるグループに分かれる場合、新しいデータが得られた際に、どちらのグループに入るのかを判別するための基準を得るための正規分布を前提とした分類の手法である。宝石分野ではルビー、サファイア、パライバトルマリンの産地鑑別、 HPHT 処理の看破(Blodgett et al, 2011)やネフライトの産地鑑別(Luo et al, 2015)の他、筆者らによる 2016 年宝石学会(日本)一般講演による「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」といった研究例がある。</p><p>ロジスティック回帰分析はベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種であり、連結関数としてロジットを使用する一般化線形モデル(GLM)の一種でもある。確率の回帰であり、統計学の分類に用いられることが多い。ロジスティック回帰分析を用いると、事前に与えられたデータが A,B 異なる 2 種のグループに分かれる場合、新しいデータが得られた際に A である確率を求めることができる。</p><p>本研究では、「判別分析」「ロジスティック回帰分析」を用いて「アメシストの天然・合成の鑑別」「ルビーの天然・合成の鑑別」「パライバトルマリンの産地鑑別」について研究、検討を行った。</p><p>アメシストの天然・合成の鑑別、ルビーの天然・合成の鑑別は、 LA-ICP-MS 分析結果を使用した。両者とも、判別分析よりロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、有効であるという結論を得た。</p><p>パライバトルマリンは、ブラジル産、ナイジェリア産、モザンビーク産の 3 つの産地について、 LA-ICP-MS 分析結果、蛍光 X 線分析結果の 2 種類を用いて判別分析を行った。 LA-ICP-MS、蛍光 X 線ともに誤判別率が 0.2 を超えるため、判別機としての精度は低いが、ブラジル産を判別する精度が高く、 ブラジル産か否かを決める判別としては有効であることが判明した。</p><p>多変量解析による予測手法は、ブラックボックスを扱うことに非常に近いため、それだけで結果を出すということは危険であるが、鑑別の補助としては非常に有効である。</p>
著者
江森 健太郎 北脇 裕士 岡野 誠
出版者
一般社団法人日本鉱物科学会
雑誌
日本鉱物科学会年会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.2012, 2012

LA-ICP-MS分析法は宝石学の分野では、Be拡散加熱処理サファイアの鑑別や、コランダム、エメラルド、パライバトルマリンの産地鑑別等に応用されてきた。今回の報告では、近年鑑別が非常に難しくなってきている合成ルビーと天然ルビーの鑑別について、LA-ICP-MSを用いた微量元素の分析という観点から研究を行った。結果、合成ルビーと天然ルビーを分別することが可能であり、合成ルビーに関しては製造者を特定することも可能であることが判明した。
著者
江森 健太郎 北脇 裕士
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.38, 2016

判別分析は事前に与えられているデータが異 なるグループに分かれる場合、新しいデータ が得られた際に、どちらのグループに入るの かを判別するための基準を得るための正規分 布を前提とした分類の手法である。応用範囲は幅広く、病気の診断、スパムメールフィルター等にも応用されている。宝石分野では、ルビー、サファイア、パライバトルマリンの産地鑑別、HPHT 処理の看破(Blodgett et al, 2011)や ネフライトの産地鑑別(Luo et al, 2015)といった 研究例がある。 <br>本研究では、LA-ICP-MS によるアメシストの 微量元素分析データを用いた判別分析を行い、天然・合成の鑑別の可能性について検討 を行った。 <br>アメシストの天然・合成を鑑別する手法としては、内包物およびカラー・ゾーニングの観察、 双晶の有無、赤外分光分析等が伝統的に利用されてきたが、今なお判別の困難な合成石 の流通が多く、より精度の高い鑑別法の確立 が求められている。 <br>宝石鉱物は天然の場合、母岩や産出状況と いった地質的な環境情報を保持するのに対し、合成宝石はその製造方法に関する微量元素 に特徴を持っている。そのため、高精度の微 量元素の分析とデータ解析は宝石の天然・合 成の鑑別にきわめて有効である。<br>分析に用いた試料は、天然アメシストとして、ザンビア、ブラジル、ニュージーランド、日本産を含む計 50 個と、合成アメシストとして 49 個である。 LA-ICP-MS 装置はレーザーアブ レーション装置として NEW WAVE UP-213、 ICP-MS装置としてAgilent 7500aを使用した。 分析の結果、<sup>7</sup>Li, <sup>9</sup>Be, <sup>11</sup>B, <sup>23</sup>Na, <sup>27</sup>Al, <sup>39</sup>K, <sup>45</sup>Sc, <sup>47</sup>Ti, <sup>66</sup>Zn, <sup>69</sup>Ga, <sup>72</sup>Ge, <sup>90</sup>Zr and <sup>208</sup>Pb を用いた判別分析は天然、合成アメシストの鑑別によい指標となることがわかった。 <br>また、天然・合成の鑑別とは異なるが、ザン ビア産とブラジル産のエメラルドに対し、同じ 元素の組み合わせで判別分析を用いたところ、両者を明確に区別することができた。 <br>宝石鉱物は産地や製法を反映した複数の 微量元素を含む。判別分析はそれら複数の 微量元素濃度を一度に取り扱うことができる手法であり、今後も宝石分野でも様々な応用が 期待できる。