著者
池田 正明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.6, pp.469-476, 2007 (Released:2007-12-14)
参考文献数
60

大うつ病,躁うつ病,季節性うつ病などの気分(感情)障害には,気分の日内変動,体温やコルチゾール位相の変異,REM潜時の短縮など概日リズムに関連した症状がある.気分障害の治療,特に躁病相の予防と治療には気分安定薬としてリチウム,バルプロ酸およびカルバマゼピンが広く用いられ,効果をあげているが,その作用は活動性の亢進や生気感情の亢進を抑制するいわゆる抗躁作用ばかりでなく,躁病相への移行の抑制や各相の持続期間にも影響を与えている.また最近では抗うつ薬による治療に抵抗性のうつ病症例にリチウム治療が有効であることがわかり,気分安定薬は躁病相ばかりでなく,うつ病相にも効果のあることが明らかになっている.気分安定薬の気分障害に対する作用の分子機構についてはまだ確定的なものはないが,リチウムの標的因子としてGSK3βが,リチウムとバルプロ酸の共通の標的因子としてIMPase(イノシトールモノホスファターゼ)が同定され,それぞれの機能と治療効果発現機構が注目されている.概日リズムの発振を行っている時計遺伝子が発見され,その発現機構が明らかになってきたが,気分安定薬であるリチウムやバルプロ酸に概日リズム位相を変化させる作用のあることが報告された.これはリチウムがGSK3βの抑制作用を介して時計遺伝子産物の分解を促進すること,あるいは核移行を抑制することを通じて,概日リズムの周期や位相の形成に直接関与していることによると考えられている.
著者
池田 正明
出版者
日本外科代謝栄養学会
雑誌
外科と代謝・栄養 (ISSN:03895564)
巻号頁・発行日
vol.49, no.6, pp.319-326, 2015 (Released:2016-02-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1

地球は24 時間で自転し,その自転が24 時間周期の明暗サイクルを地表に作り出している.地球上の生物は進化の過程で,この24 時間周期の光環境の変動を生体内に取り入れ,概日リズムという自律的なリズムを獲得し,概日リズムの獲得に成功した生命体のみが地球上で生存に有利に働き,それが地球上の生物の現在の繁栄につながったと考えられる. ヒトにも概日リズムがあること,概日リズムの周期はおよそ25 時間であることが,1960 年代にアショッフ教授によって証明され,光環境を厳密にコントロールした実験によって現在ではその周期が24 時間10 分であることも明らかになっている.1990 年後半に,ヒトを始めとする哺乳類や,ショウジョウバエなどの昆虫,アカパンカビ,シロイヌナズナなどの植物,シアノバクテリアに至るまで,概日リズムの約24 時間周期を作り出す時計遺伝子が相次いで発見され,その機能が明らかになってきた.ヒトの主な時計遺伝子として,Clock, Bmal1, Per, Cry があり,全て転写に関わる因子である.これら遺伝子は,その遺伝子産物や発現調節部位からなる転写・翻訳機構の中に,ネガティブフィードバックループを形成し,転写を約24 時間周期で増減させており,この転写翻訳システムが約24 時間のリズム発振の本体に当ると考えられている.また,時計遺伝子は人体のほぼ全ての細胞に発現しリズムを刻んでおり,しかも臓器ごとに固有の頂点位相をもったリズムを示す.さらに時計遺伝子はリズムを刻むばかりでなく,生体内のさまざまな因子のリズム発現に直接あるいは間接的に関与しており,一日のプログラムタイマーのように,一日の中で,遺伝子のオン・オフを制御して,環境変化に合わせた生体活動を制御し,効率的な体内環境を作り出している.例えば,ヒトは昼間に活動するとともに食物を摂取し,夜間は睡眠をとっている.ヒトの睡眠・行動や摂食のリズムは一見人々の習慣のように見えるが,これは昼行性動物の典型的なリズムパターンであり,体内時計によって制御されている.昼間摂取した食物からの栄養分は,吸収されて肝臓に送られ,肝臓は,夜間になると栄養分を代謝し貯蔵するプログラムの活動性を高めている.この代謝開始指令のタイミングを決め,しかも代謝そのものを駆動させているのが時計遺伝子であることも明らかになってきている.本稿では,時計遺伝子の役割を中心に概日リズム研究,特に疾患との関連についての進歩にいて概説したい.
著者
江藤 一洋 太田 正人 井関 祥子 飯村 忠彦 池田 正明 中原 貴
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2001

1.神経堤細胞の細胞増殖/細胞死制御の分子機構Twist遺伝子を欠失したマウスは胎齢12日にて胎生致死となることが報告されている。しかしながら、頭部神経堤細胞が遊走を開始し最終到達部位にて細胞増殖および細胞分化を解析することは可能である。そこで、Twist-/-胚を用いて細胞増殖、細胞死、細胞分化、パターニングへの影響を解析したところ、細胞増殖の抑制及び細胞死の亢進、細胞分化の抑制、神経分布パターニングの異常を観察した。特に、細胞死の亢進は顕著であり、その影響で細胞分化の抑制が生じる可能性が強く示唆された。2.頭部神経堤幹細胞による組織再生への応用の可能性の検討細胞とscaffoldによる歯周組織のin situ tissue engineering近年、医学研究では細胞移植が注目を浴び、今後自家の細胞を利用したcell-based-therapyは、臨床医学において中心的な役割を担うと考えられている。われわれは、歯周組織のcell-based therapyの可能性を検討するため、自家の歯根膜細胞とcollagen sponge scaffoldを組み合わせて、歯周組織のin situ tissue engineeringを試みたところ、これまでに行われている細胞播種実験に比較して有意に実験的に作製した露出歯根面周囲の歯周組織における新生セメント質の形成が確認された。3.頭部神経堤幹細胞の遺伝子プロファイリングの試み分離細胞の潜在的分化能や、微小組織における多数の遺伝子発現を同時に解析することにより、頭蓋顎顔面領域の間葉に存在すると考えられる頭部神経堤幹細胞を同定する方法の開発が必要となった。現在、マウスの神経上皮の初代培養による頭部神経堤細胞の分離法とマイクロアレイ解析法を組み合わせ、神経堤幹細胞で発現する遺伝子のプロファイリングを行っているところである。
著者
池田 正明 熊谷 恵 中島 芳浩
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
vol.44, pp.S13-2, 2017

概日リズムは、地球が24時間で自転しながら太陽の周りを回ることにより地球上に起こる明暗の光環境リズムを、地球上の生物が体内に取り込む形で形成されたと考えられている。地球上の生物は、生体内に概日リズムシステムを獲得したことにより、24時間周期の明暗変化を予測して体内を変化させ、恒常性の維持や環境適応を有利にしていったと考えられている。概日リズムが遺伝子レベルで制御されていることは、1971年にベンザーらがショウジョウバエからリズム変異体<i>period</i>を発見したことを端緒に、これが1984年の<i>period</i>遺伝子の発見へつながり、1997年の<i>Clock, Bmal1, Per</i>などの哺乳類の時計遺伝子の発見、1998年のCLOCK/BMAL1/PER時計遺伝子群の転写翻訳によるフィードバック機構からなるコアフィードバックループの同定へと続き、20世紀末に明らかにされた。コア時計遺伝子であるCLOCK/BMAL1/PERは転写因子として機能しているが、これらの分子にはPASドメインというドメイン構造があり、PASドメインは転写因子間の相互作用のインターフェースとして機能している。CLOCK/BMAL1はこのPASドメインを介してヘテロダイマーを形成し、<i>Per, Cry</i>時計遺伝子のプロモーターにあるE-boxに結合してこれらの遺伝子の転写を促進、産生された産物はCLOCK/BMAL1の転写促進活性を抑制することによって約24時間のリズムを形成している。時計遺伝子は概日リズムの発振という機能を生体内の殆どの細胞で発現することに加えて、CLOCK/BMALが、時計制御遺伝子(<b>clock controlled genes</b> (CGG))を直接転写制御することにより、生体内の代謝リズム発現を起こし、生体内の恒常性維持に働いている。本シンポジウムでは概日リズムの分子機構を概説するとともに、毒物代謝との接点についても論考したい。