著者
牛垣 雄矢
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1</b><b>.はじめに</b><br><br> 本発表では,変貌著しい工業都市川崎を写した景観写真を用いて,そこに写された景観要素を抽出し,都市の地理的特徴やその変化を把握する方法を検討する.<br><br><b>2.</b><b>川崎臨海部の景観写真を読む</b><br><br> 最初にみるのは,かつては重化学工業が集積した川崎臨海部を写した景観である.写真左のAとB は東京電力の火力発電所で,Cは天然ガス発電所である.火力発電の原料として利用されている液化天然ガスは,川崎港の輸入の大半を占める.Dはオイルターミナル石油精製所であり,重化学工業地帯として活況を呈していたころの景観要素が残っている.一方,E・F・Gはいずれも食品系製造業等の倉庫や物流センターである.川崎の臨海部は,国内屈指の貿易港をもち大消費地でもある東京と横浜に近接し,各方面への交通アクセスもよくモノの流れがさかんであるため,近年では冷蔵・冷凍食品の物流センターとしての役割が大きい.<br><br> 都市の景観要素の場合,対象物が「何なのか」分からない場合でも,スマホやタブレットにより地図アプリや検索サイトを利用することで,その景観要素が何であるか,その詳細な情報を得ることができる.それを当該地域の地理的特徴と関連させてとらえれば,景観写真を地理的に読み解くことができる.<br><br>次に見るのは,京浜急行大師線とその沿線の高層マンションを写した景観である.京急大師線は,川崎大師の存在によって関東初の電車として1899年に開通した.この敷設以降,川崎の近代工業化はその沿線で進み,1909年には蓄音器の日本コロンビアが,1914年には味の素が立地した.写真中央のマンションは,日本コロンビアの跡地に建てられている.川崎の工業化に大きな役割を担った京急大師線は,今日では沿線のマンション居住者の足となっている.<br><br><b>3.</b><b>川崎内陸部の景観写真を読む</b><br><br>次に見るのは,川崎内陸部のマンション群を写した景観で,AはJR南武線鹿島田駅周辺,Bは同矢向駅周辺,Cは武蔵小杉駅周辺に位置する.生産年齢人口やその子供世代の流入に伴う人口増加が顕著な点は今日の川崎の特徴であり,景観としてはマンションが林立する姿として表れる.Bの左にはキャノンの研究開発施設(D)がみられる.電気機械など組み立て型の工場は内陸部へ立地する傾向があり,川崎市でも戦前から南武線沿線に電気機械工場が立地し,近年はこれらが研究開発施設へと転換している.<br><br> 景観要素がその場所に立地する背景を考察するには,過去から現在にかけての変化を見るとよく,それには古地図が有効である.A~Eにはかつては工場が立地し,いずれも鉄道駅に近接しており,貨物による物流が主であった時代の立地として適地であった.その後これらの工場が安価な労働力を求めて海外や地方へ移転すると,駅前に広大な空地が生まれ,大規模マンションの建設を可能とした.今日,武蔵小杉駅や川崎駅周辺などにマンション等がみられるのは,かつて川崎が工業都市であったことと関係が深い.<br><br>次に見るのはさいわい緑道の一部を写した景観である.ここはかつて東京製綱川崎工場へ続く貨物線が通っていたが,この工場が移転し跡地に13棟の団地が建設されると,緑道へと変わった.この写真は,一帯がものづくり空間から生活空間へと変化したことを表している.<br><br><b>4.JR</b><b>川崎駅前の景観写真を読む</b><br><br> 次に見るのは,JR川崎駅周辺を写した景観である.AはSCのラゾーナ川崎プラザで,その人気の背景には乗降客数の多いJR川崎駅に近接していることがあげられる.ここは1908年に東芝の工場が立地した場所で,現在も敷地の一部に東芝のオフィスと科学館(B)が残っている. Cは日本最大級のパイプオルガンを有する音楽ホールが入るミューザ川崎で,これは「街が汚い」といった川崎の負のイメージを払しょくするために進められている「音楽の街」政策の中核的施設である.Dは,かつてはアパートが立地していた場所に立つ高層マンションである.駅前には分譲価格が1億円程の高価格な高層マンションもあり,この地区の居住者層にも変化がみられる.<br><br><b>5.</b><b>景観要素からみた川崎の都市構造</b><br><br>これまでみた景観写真に描かれた要素は,相互に関連しながら川崎という都市を構成しているため,それらの景観要素の関係性から都市構造をとらえる.今日の川崎の特徴であるマンションや研究所,SCなどの多くは工場跡地に立地していた.音楽の街としての川崎の政策も工場の集積による公害の経験と関係している.過去や今日の川崎の特徴を表す景観要素は,いずれも工場と直接的・間接的につながっており,川崎という都市の地理的特徴や構造,その変化を把握するには,工場を中核に添えて他の要素との関係性をみると理解しやすい.なお,これら川崎の地理的特徴や構造を構成する景観要素を抽出するには,対象とする地域や事象についての知識が必要となる.