著者
畔柳 晶仁 森本 淳子 志田 祐一郎 新庄 久尚 矢部 和夫 中村 太士
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.45-50, 2019-08-31 (Released:2019-12-27)
参考文献数
34
被引用文献数
2 2

湿地の減少に伴い衰退する湿地性植物種や植物群落の代替生育地としての機能を遊水地が果たしうるか検討した。舞鶴遊水地(北海道石狩川水系千歳川流域)で,植物,掘削履歴,環境を調査した。在来種を主体とした湿地性植物種が再生すること,植物群落の生育立地環境を特徴づける要因は,掘削からの経過年数,水深,pH,EC であることが示された。昭和初期まで石狩川流域の湿地には高層湿原を構成する希少種主体の植物群落が存在していたが,農地・都市開発に伴い衰退し,平成初期の湿地は低層湿原を構成する普通種主体の植物群落になった。舞鶴遊水地は低層湿原が成立する条件下にあり,平成初期の湿地に類似した植物群落が成立したことが明らかになった。
著者
矢部 和夫 伊藤 浩司
出版者
北海道大学
雑誌
環境科学 : 北海道大学大学院環境科学研究科紀要 (ISSN:03868788)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.107-129, 1982-10-25

1.ウトナイト沼温厚およびその周辺湿原(42°42'N,141°42'E)は,北海道の太平洋側の海岸低地に発達している勇払原野の一部である。これらの湿原植生について数量分類を行なうとともに,種群の分類および種間の分布相関の解析によって抽出された種群の,植生型に対する特徴的な結びつきを調べた。さらにまたオーディネーション法により,植生型相互の関係をも検討した。2.(1)の方法によって低層湯原植生は,ムジナスゲーヤチスゲ群落型,イワノガリヤスーツルスゲ群落型およびクロバナロウゲ-ミズオトギリク群落型に分けられた。このうち前者は,オタルマップ湿原やトキサタマップ湿原などの谷地形の湿原に,また後2者は,ウトナイト沼湿原や美々川湿原の平坦地の湿原に,それぞれ特異的に分布する。ムジナスゲ-ヤチスゲ群落型は,さらにムジナスゲ優占亜型とヤチスゲ優占亜型に,イワノガリヤス-ツルスゲ群落型は,イワノガリヤス優占亜型とツルスゲ優占亜型に細分された。3.より乾性の立地に成立する植生は,エゾイソツツジ群落型,ハンノキ群落型,ナガボノシロワレモコウ-ヒメシダ群落型およびオオミズゴケ-ヒメミズゴケ群落型の4つに分類された。4.抽水植物群落,ヨシ群落型と,マコモ,ミツガシワおよびヤラメスゲからなる抽水植物群落型の2つにまとめられた。5.抽出された種群を特徴種群として明確に持つ植生は,ヤチスゲ優占亜型,クロバナロウゲ-ミズオトギリ群落型,ナガボノシロワレモコウ-ヒメシダ群落型,エゾイソツツジ群落型およびオオミズゴケ-ヒメミズゴケ群落型の5つであった。6.本研究で得られた群落型と,すでに発表されていた低層湿原の基群集-群集分類の結果との対応はあまり良くなかった。7.オーディネーションの4軸のうち,2つの軸は水位勾配と関係を持っていると推定され,残り2軸のうち1軸は谷湿原と平坦地湿原との地形のちがいを反映しているものと考えられた。また他の1軸について,関係を持つ環境要因を推定することはできなかった。
著者
佐藤 奏衣 矢部 和夫 木塚 俊和 矢崎 友嗣
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.153-171, 2022-03-17 (Released:2022-04-20)
参考文献数
47

近年,高濃度の栄養素やミネラルによる人為負荷が湿原に与える影響が深刻化している.本研究の目的は,地下水経由の人為負荷がワラミズゴケの出現と分布に与える影響を明らかにすることである.2014 年 8 月,北海道勇払湿原群で,流域に畑地のある負荷区と畑地のない対照区を設置した.次に,群落と地下水の水文化学環境を調査し,ワラミズゴケの出現と群落分布を規定する環境因子の関係を解析した.Cl-で標準化した各イオン当量比より,負荷区の Ca2+, Mg2+,および K+の降水寄与率が対照区より低かったことから,これらのイオンの負荷区の地下水への人為負荷が示された.nMDS の結果,ワラミズゴケ群落の分布は pH,ミネラル(Na+,Ca2+,Mg2+,K+,Cl-),および無機態窒素(IN)に対して負の関係を示した.また,ロジスティック回帰分析は,ワラミズゴケの出現は pH,ミネラル,IN,競争種,水位に対して負の関係を示し, nMDS の結果とおおよそ一致した.ロジスティック回帰分析から 9 つの環境因子に関するワラミズゴケの出現可能範囲の推定値が得られた.ワラミズゴケの一部は出現可能範囲外の高濃度ミネラル域にも出現し,ハンモック内部で地下水とは異なる水質が維持されていることが示唆された.パス解析の結果,ワラミズゴケの出現に対する各水文化学環境因子の効果は,競争種の競争排除による間接効果より直接効果のほうが高かった.したがって,ワラミズゴケ保全のためには,水文化学環境を出現可能範囲に維持することと,競争種を抑制することが重要である.
著者
矢部 和夫
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学大学院環境科学研究科邦文紀要 (ISSN:09116176)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1-49, 1989-03-25
被引用文献数
6

冷温帯〜暖温帯域での日本各地の低地湿原の推移を生態学的に比較・検討するため,暖温帯・千葉県茂原八積湿原,冷温帯中部・青森県小田野沢湿原と冷温帯北部・北海道美々湿原で,それぞれ植生型分布と土壌環境にっいて調べ,あわせて遷移系列の推定を行った。主な結果は以下の通りである。1.湿原植生の分布を規定する要因として,茂原八積湿原では(1)平均水位と(2)水位の変動性(SD),黒泥層の厚さと表層水のDOの2つの独立な要因群があげられた。美々湿原では(1)平均水位,表層水のpH,DOと流動性,および(2)SD,表層水の電導度,および泥炭の分解度と厚さがあげられた。茂原入積湿原と美々湿原では,pHとDOの他要因との関係が異なっていたが,これは地形-水系上の相違によるものである。緩い傾斜地形の美々湿原では,湿原表面のくぼ地に流路網が形成されているため,平均水位と表層水の流動性の間に相関が生じている。流動水は停滞水よりpHやDOが高い。このためpHとDOは表層水の流動性との相関により平均水位の要因群に含まれている。一方,平坦な茂原八積湿原では,表層水は停滞しており,pHは地域間で差がない。DOは微生物活性によって低下するため,有機物量の指標となる黒泥の厚さとの相関によりSDの要因群に含まれている。水位の連続測定の行われていない小田野沢湿原では,(1)水位と(2)黒泥層の厚さ,酸化還元電位と灼熱損量が重要な要因であった。この結果,湿原植生型の分布は(1)平均水位の要因群と(2)SDの要因群(土壌生成に関する要因群)という2つの独立な要因群によって規定されていることがわかった。茂原八積湿原と美々湿原では,統計的に,前者の要因群中最も重要な要因は平均水位であり,後者ではSDであった。2.水位のSDの要因群と異なる湿地土壌(水面上の土壌)の土壌型の生成の関係について考察した。暖温帯の茂原八積湿原では,水位の安定している(小さいSD値)地域では有機物の酸化的分解が抑制されるため,嫌気的黒泥が発達する。水位の不安定な地域では,有機物が速やかに分解されるため,酸化的無機質土壌が分布する。冷温帯の美々湿原では,水位が不安定で富栄養(高い電導値)な地域では,分解度が高いため圧密されて薄い泥炭が生成され,水位が安定しており貧栄養(低い電導度値)な地域では,泥炭は未分解なため圧密されておらず厚い。泥炭の酸化還元電位は前者の方が低い。2つの湿原の間に位置する小田野沢湿原では,嫌気性の黒泥地域と酸化的な泥炭地域が分布する。黒泥は泥炭より多量の無機質砂(低い灼熱損量)を含んでおり,無機物の混入により有機物の分解が促進され,黒泥が形成されたものと考えられる。3.このような湿原間での各要因の因果関係の相違の原因として,南北間の温度条件の違いが,有機物の分解速度に影響を与えるためであることが推察された。低温地方の湿地土壌は有機物が未分解なまま堆積した泥炭からなり,SDの要因群は,泥炭の分解度を変える。高温地方ではすみやかに有機物が分解されるため無機質土壌からなる。両者の移行帯では,泥炭,黒泥と無機質土壌が混在するが,移行帯内で南下する程,泥炭の分布面積が減少し,無機質土壌が増加する。3種の土壌型のうち,黒泥が最も強い嫌気性を示す。4.湿原植生型の地理的分布は,気温と直接対応しているのではなく,有機物の分解速度の違いによる異なる土壌型の生成を介して説明される;北方の美々湿原では酸化的な泥炭中にムジナスゲ群落が分布し,南方の茂原八積湿原では嫌気的な黒泥中にカモノハシ群落が分布する。中間の小田野沢湿原では,酸化的な泥炭中にムジナスゲ群落が,嫌気的な黒泥中にカモノハシ群落が分布する。5.湿原植生型の分布を規定するもうひとつの重要な要因である平均水位の勾配は,湿生遷移の直接的動因であった。湿生遷移は冷温帯でも暖温帯でも抽水植物群落→湿原(湿地草原)→湿地林という過程を経る。冷温帯から暖温帯にかけての湿生遷移の変化として,1)北方では有機質土壌型遷移が一般的であり,南下するにつれて無機質土壌型遷移の起こる地域が増加する。2)これに伴い北方では湿地化型泥炭の発達を伴うため遷移の自動性が高いが,南方では無機質堆積物の蓄積という他動要因によって遷移が進行する。6.北方では広大なハンノキ湿地林が厚い泥炭上に土壌極相林として湿生遷移の最終段階に成立する。南方では,ハンノキ湿地林は限定された地域に小規模しか分布せず,明瞭な土壌極相林は認められない。