著者
片桐 由喜
出版者
北海道大学大学院環境科学研究科
雑誌
北海道大学大学院環境科学研究科邦文紀要 (ISSN:09116176)
巻号頁・発行日
no.6, pp.p75-128, 1993-03

イギリスは戦後、国民保健サービス法を制定し、医療保障には財源を主として租税に求める国営医療方式を採用することとした。本稿はこのようなイギリス医療保障制度及び前記制定法の形成・立法過程、制定法の意義と問題点の考察等からなる。本稿の問題関心はイギリスが国営方式を選択した理由・根拠である。なぜなら我が国を含めてドイツ、フランス等においては、医療保障に保険制度を採用しており、これら自由主義諸国と立場を同じくするイギリスが医療保障分野において異なる制度をなぜ選択したかを検討することは、医療保障制度の在り方を考えるうえで極めて重要であると思われたからである。イギリスが国営方式を選択した理由には、従来存在していた保険制度の欠陥及びそれに由来する不信感、戦後労働党政権による医療社会化構想等が考えられるという結論を得た。
著者
高桑 純 伊藤 浩司
出版者
北海道大学大学院環境科学研究科
雑誌
北海道大学大学院環境科学研究科邦文紀要 (ISSN:09116176)
巻号頁・発行日
no.2, pp.p47-65, 1986-03
被引用文献数
7

近年北海道の湿原にササの侵入が著しく,湿原植生はササ群落におきかわりつつある。本研究は湿原の保全の立場から,湿原におけるササ群落の動向を知るために,サロベツ原野のチマキザサ群落および月形町月ヶ湖学術自然保護地区のクマイザサ群落で,1979年と1980年の2年間にわたり,ササの外部諸形態および分布と土壌の水分条件との関連さらに水分条件としては,地下水位と酸素拡散速度について研究を行なった。1.土壌の湿潤化に伴い,ササの稈は小型化し現存量が減少する。小型化は稈高・基部直径・葉数および葉面積などの減少によるものであった。その中でも葉数の減少は葉の展開が途中で停止してしまうためであり,稈高の減少は節間生長の減少によるものであった。2.小型化と現存量の減少はミズゴケ層の発達により根系が厚いミズゴケにおおわれることと,それに伴う高い地下水位によって土壌中の酸素拡散速度が低下することなどが大きな原因となって起こる。稈の小型化が最も著しい方形区では深さ20cmにおける酸素拡散速度は0.15-0.25×10^<-6>g・cm^<-2>・min^<-1>であった。3.湿原におけるササの分布は,地下茎の深さと地下水位および酸素拡散速度との関係によって支配されると思われる。地下茎の伸長によって,乾燥あるいは適潤地から湿原のような湿潤な地域にも侵入できるササの形質は湿原において群落を広げていく上で有利である。これは地下茎を通じて酸素や栄養塩類を補給することによるものと思われる。4.ササの侵入の状態は湿原の乾燥化を示す指標となりうる。湿原の保全のためにはササの侵入を許すほどの環境変動を引き起こさぬような対策が最も重要である。
著者
下田 和孝 中野 繁 北野 聡 井上 幹生 小野 有五
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学大学院環境科学研究科邦文紀要 (ISSN:09116176)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.17-27, 1993-03-30
被引用文献数
9

魚類群集への人為的影響を評価する目的で,知床半島の8河川で魚類相を調査し,標識再捕獲法による個体数推定を行なった.さらに,3河川では,知床半島の淡水域における優先魚種であるオショロコマについて,個体群構成を調査した.これらの調査の結果,国立公園に指定されているために,比較的良く自然状態が維持されてきた知床半島においても,魚類群集は砂防・治山ダムや遊魚などの人為的を受けていると考えられた.1.3科5属8種の魚類を確認した。これらの魚類は遡河回遊魚(カラフトマス,サクラマス,シロサケ),両側回遊魚(カンキョウカジカ,エゾハナカジカ,ウキゴリ,ミミズハゼ)および陸封魚(オショロコマ)の3タイプに大別された.2.遡河回遊魚は,堤高の小さい落差工の上流域においても生息が確認されたが,その上流に位置する堤高の高い落差工によって,遡上が制限されていると推定された.3.小型の底生性魚類である両側回遊魚の分布域は,主に最下流に位置する落差工よりも下流域に限定され,遡河回遊魚は遡上可能な堤高の小さい落差工であっても,両側回遊魚の遡上を制限している可能性が大きい.4.オショロコマの生息密度は,堤高の大小にかかわらず,落差工の上流・下流間では差異は認められなかった.しかしながら,砂防・治山ダムの設置にともなう土砂堆積のため,河床地形が改変されている場所では,オショロコマの生息密度は,自然河川に比べかなり低かった.5.遊魚漁獲による影響を受けやすいと考えられる河川のオショロコマは,河床地形が自然状態を維持している場合であっても,そうでない河川に比べ,生息密度が低いかあるいは,個体群構成が小型低年齢であった.
著者
矢部 和夫
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学大学院環境科学研究科邦文紀要 (ISSN:09116176)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1-49, 1989-03-25
被引用文献数
6

冷温帯〜暖温帯域での日本各地の低地湿原の推移を生態学的に比較・検討するため,暖温帯・千葉県茂原八積湿原,冷温帯中部・青森県小田野沢湿原と冷温帯北部・北海道美々湿原で,それぞれ植生型分布と土壌環境にっいて調べ,あわせて遷移系列の推定を行った。主な結果は以下の通りである。1.湿原植生の分布を規定する要因として,茂原八積湿原では(1)平均水位と(2)水位の変動性(SD),黒泥層の厚さと表層水のDOの2つの独立な要因群があげられた。美々湿原では(1)平均水位,表層水のpH,DOと流動性,および(2)SD,表層水の電導度,および泥炭の分解度と厚さがあげられた。茂原入積湿原と美々湿原では,pHとDOの他要因との関係が異なっていたが,これは地形-水系上の相違によるものである。緩い傾斜地形の美々湿原では,湿原表面のくぼ地に流路網が形成されているため,平均水位と表層水の流動性の間に相関が生じている。流動水は停滞水よりpHやDOが高い。このためpHとDOは表層水の流動性との相関により平均水位の要因群に含まれている。一方,平坦な茂原八積湿原では,表層水は停滞しており,pHは地域間で差がない。DOは微生物活性によって低下するため,有機物量の指標となる黒泥の厚さとの相関によりSDの要因群に含まれている。水位の連続測定の行われていない小田野沢湿原では,(1)水位と(2)黒泥層の厚さ,酸化還元電位と灼熱損量が重要な要因であった。この結果,湿原植生型の分布は(1)平均水位の要因群と(2)SDの要因群(土壌生成に関する要因群)という2つの独立な要因群によって規定されていることがわかった。茂原八積湿原と美々湿原では,統計的に,前者の要因群中最も重要な要因は平均水位であり,後者ではSDであった。2.水位のSDの要因群と異なる湿地土壌(水面上の土壌)の土壌型の生成の関係について考察した。暖温帯の茂原八積湿原では,水位の安定している(小さいSD値)地域では有機物の酸化的分解が抑制されるため,嫌気的黒泥が発達する。水位の不安定な地域では,有機物が速やかに分解されるため,酸化的無機質土壌が分布する。冷温帯の美々湿原では,水位が不安定で富栄養(高い電導値)な地域では,分解度が高いため圧密されて薄い泥炭が生成され,水位が安定しており貧栄養(低い電導度値)な地域では,泥炭は未分解なため圧密されておらず厚い。泥炭の酸化還元電位は前者の方が低い。2つの湿原の間に位置する小田野沢湿原では,嫌気性の黒泥地域と酸化的な泥炭地域が分布する。黒泥は泥炭より多量の無機質砂(低い灼熱損量)を含んでおり,無機物の混入により有機物の分解が促進され,黒泥が形成されたものと考えられる。3.このような湿原間での各要因の因果関係の相違の原因として,南北間の温度条件の違いが,有機物の分解速度に影響を与えるためであることが推察された。低温地方の湿地土壌は有機物が未分解なまま堆積した泥炭からなり,SDの要因群は,泥炭の分解度を変える。高温地方ではすみやかに有機物が分解されるため無機質土壌からなる。両者の移行帯では,泥炭,黒泥と無機質土壌が混在するが,移行帯内で南下する程,泥炭の分布面積が減少し,無機質土壌が増加する。3種の土壌型のうち,黒泥が最も強い嫌気性を示す。4.湿原植生型の地理的分布は,気温と直接対応しているのではなく,有機物の分解速度の違いによる異なる土壌型の生成を介して説明される;北方の美々湿原では酸化的な泥炭中にムジナスゲ群落が分布し,南方の茂原八積湿原では嫌気的な黒泥中にカモノハシ群落が分布する。中間の小田野沢湿原では,酸化的な泥炭中にムジナスゲ群落が,嫌気的な黒泥中にカモノハシ群落が分布する。5.湿原植生型の分布を規定するもうひとつの重要な要因である平均水位の勾配は,湿生遷移の直接的動因であった。湿生遷移は冷温帯でも暖温帯でも抽水植物群落→湿原(湿地草原)→湿地林という過程を経る。冷温帯から暖温帯にかけての湿生遷移の変化として,1)北方では有機質土壌型遷移が一般的であり,南下するにつれて無機質土壌型遷移の起こる地域が増加する。2)これに伴い北方では湿地化型泥炭の発達を伴うため遷移の自動性が高いが,南方では無機質堆積物の蓄積という他動要因によって遷移が進行する。6.北方では広大なハンノキ湿地林が厚い泥炭上に土壌極相林として湿生遷移の最終段階に成立する。南方では,ハンノキ湿地林は限定された地域に小規模しか分布せず,明瞭な土壌極相林は認められない。