著者
斎藤 梨絵 石井 弓美子 根本 唯 熊田 礼子 中村 匡聡 相馬 理央 大町 仁志 玉置 雅紀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.163, 2020 (Released:2020-12-24)
参考文献数
48

近年、次世代シークエンサーを用いたハイスループットシークエンシング(HTS)によるメタバーコーディング法に基づく革新的な食性解析手法の進展により、大量のDNA情報を用いた種同定による野生動物の詳細な食性が明らかになっている。本研究では、雑食性のイノシシを対象とし、イノシシの胃内容物からDNA抽出を行い、メタバーコーディング法による植物性及び動物性食物の推定法について検討した。 植物性食物の推定に当たり、遺伝子マーカーによる結果のばらつきを評価するため、3つの遺伝子領域(核DNA ITS-2領域、葉緑体DNA rbcL領域及びP6 loop領域)を解析し、比較した。その結果、遺伝子領域により検出される植物種の属構成が異なることが明らかとなった。この要因として、レファレンスとして使用しているDNAの登録配列の登録種や産地などの情報量が、遺伝子領域により異なることが考えられた。 次に、HTS解析による食性解析におけるサンプル間のばらつきを評価するため、同一個体から3回、独立にDNAを抽出し、反復解析を行い、そのデータの類似性を比較することで、実験の再現性を評価した。その結果、独立したDNAサンプル間で属構成に有意な差は認められず、本研究で用いた胃内容物のサンプルは十分に攪拌されており、再現性のある実験結果が得られたと考えられた。 動物性食物の推定には、解析対象種(ホスト種)のDNA増幅を効果的に抑制し、食物として利用している他の動物種のDNAを効果的に増幅する必要がある。本研究では、DNA増幅の過程でホスト種などの特定のDNA増幅を抑制する方法として利用されているDual Priming Oligonucleotide法(DPO法)またはPeptide Nucleic Acid法(PNA法)を用い、これらの抑制効果について検証した。ミトコンドリアDNAのCOI領域を対象とし、イノシシのDNAの増幅抑制効果を検証した結果、DPO法及びPNA法共に、ホスト種であるイノシシの配列の増幅を有意に抑制することが明らかになった。一方で、PNA法はDPO法に比べ、食物としている他の動物性食物のDNA増幅が阻害されにくい傾向にあった。従って、動物性食物の推定には、PNA法がより有効な手法であると考えられた。
著者
石井 弓美子 嶋田 正和
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第51回日本生態学会大会 釧路大会
巻号頁・発行日
pp.350, 2004 (Released:2004-07-30)

2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシ、ヨツモンマメゾウムシ)と、その共通の捕食者である寄生蜂1種(ゾウムシコガネコバチ)を用いた3種の累代実験系において、3種の共存が長く持続した繰り返しでは、2種マメゾウムシの個体数が4週間周期で交互に増加するような「優占種交替の振動」がみられた。このような振動は、寄生蜂が2種のマメゾウムシに対して正の頻度依存の捕食を行う場合などに見られると考えられる。そこで、ゾウムシコガネコバチの寄主に対する産卵選好性が、羽化後の産卵経験によってどのような影響を受けるかを調べた。羽化後、アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシに一定期間産卵させた寄生蜂は、それぞれ産卵を経験した寄主に対して産卵選好性を高めるようになり、産卵による強い羽化後学習の効果が検出された。このことから、ゾウムシコガネコバチは、産卵による寄主学習により個体数の多い寄主へ産卵選好性をシフトし、正の頻度依存捕食を行うと考えられる。 さらに、累代実験系において実際に頻度依存の捕食が行われているかを確かめるために、「優占種交替の振動」が観察される累代個体群から1週間ごとに寄生蜂を取り出し、その選好性の経時的な変化を調べた。その結果、寄主の個体数が振動している累代個体群では、寄生蜂の寄主選好性も振動しており、2種マメゾウムシの存在比と、寄生蜂の選好性には有意な相関があることが分かった。 これらの結果から、寄生蜂とマメゾウムシの3者系において、寄生蜂の正の頻度依存捕食が「優占種交替の振動」を生み出し、3者系の共存を促進している可能性がある。このような、個体の学習による可塑的な行動の変化が、個体群の動態や、その結果として群集構造に与える影響などについて考察する。
著者
嶋田 正和 柴尾 晴信 笹川 幸治 石井 弓美子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

寄生蜂ゾウムシコガネコバチと宿主アズキゾウムシとヨツモンマメゾウム による3種累代実験系を構築し、個体数動態を調べた。豆はアズキとブラックアイを組み合わせて捕食圧を調整した。この寄生蜂は頻度依存的捕食を発揮し、豆内の幼虫・蛹の密度に依存して選好性を切り変える。蜂の導入により、最大で118週まで3者の共存持続が維持され、そこでは2種の宿主の交代振動が現れていた。学習実験では雌蜂が条件づけされた宿主の匂いに惹かれて多く寄生していた。多い宿主種に選好性を高め、少ない宿主種が寄生を免れることで、3種の共存持続性が高く維持されていた。
著者
石井 弓美子 嶋田 正和
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.183-188, 2007
参考文献数
36

生物種間相互作用は生物群集の構造に重要な影響を与える。特に、数の多い餌種をその存在比以上に選択的に捕食するようなスイッチング捕食は、多種の共存を促進する強力なメカニズムとして注目され、多くの理論研究が行われてきた。しかし、その実証研究は遅れている。頻度依存捕食を引き起こすような捕食者の採餌行動についてはすでに多くの研究が行われているが、それらの行動が個体数動態、さらに群集構造に与える影響についての実証研究は多くない。理論研究によれば、ジェネラリストである共通の捕食者によるスイッチング捕食は、被食者間の共存を促進することが示されている。本稿では、多種の共存促進メカニズムとしてのスイッチング捕食について、理論と実証のそれぞれの研究について紹介する。また、著者らが行った2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシCallosobruchus chinensis, ヨツモンマメゾウムシC. maculatus)と、その共通の捕食寄生者である寄生蜂1種(ゾウムシコガネコバチAnisopteromalus calandrae)からなる3者系実験個体群では、寄生蜂によるスイッチング捕食が2種マメゾウムシの長期共存を促進するという結果を得た。寄生蜂を入れずにマメゾウムシ2種のみを導入した系では競争排除により必ずアズキゾウムシが消滅したが、そこに寄生蜂を導入したときには3者が長期間共存し、さらに2種マメゾウムシの個体数が交互に増加・減少を繰り返すような「優占種交替の振動」が見られた。そこで、寄生蜂の2種マメゾウムシに対する寄主選好性を調べると、数日間の産卵経験によって寄主選好性が変化した。産卵した経験のある寄主に対して選好性を持つため、寄生蜂は、頻度の多い寄主に選好性をシフトさせ、頻度依存捕食をしていることが分かった。この結果はスイッチング捕食が被食者の共存持続性を増加させることを示した数少ない実証例である。