著者
秋山 順子
出版者
麻布大学
巻号頁・発行日
2005

人類の歴史とともにさまざまな動物が家畜化され、人々は限りない恩恵を受けてきた。1970年代より欧米先進国を中心として始まった人と動物の関係に関する研究によって、動物が人に与える精神的、身体的な効果についてさまざまな報告がなされている。特に、動物を人の健康に役立てる動物介在療法・活動(Animal-assisted therapy,AAT/Animal-assisted activity,AAA)が盛んに行われるようになり、21世紀に至ってさらに動物と人は新たな関係を築こうとしている。 AAT/AAAで用いられる動物は、犬や猫、馬、イルカなどであるが、動物がもつさまざまな特性を生かし実施されている。たとえば、犬や猫は人に最も身近な動物として、飼育しやすいことなどから、幅広い対象者に対して実施され、特に心理面への効果が期待されている。また、馬は、人を乗せるために特化された動物であり、リズミカルな動きや大きな体から得られる、身体面、精神面への効果が大きい。一方、イルカにおいては、犬や馬などと比べると知見が少なく科学的な報告は少ない。 イルカ介在療法(イルカセラピー)の研究は、1978年、Betsy A.Smithによって始められ、障害をもつ子どもたちの感情や行動、言語面において改善がみられたことを報告した。また、Nathanson(1993)は、さまざまな障害をもつ子どもたちに対してイルカセラピーを実施したところ、通常行っていた言語療法、理学療法では目標を達成できなかった対象者に対して、短期間で効果を得られたことを報告している。こうした海外での研究成果に比べ、国内の報告はみられない。 イルカ(鯨類)は、4000万年前に陸から海へ戻り、水生生物の中で食物連鎖の最上位に位置している哺乳動物である。海洋性のイルカの多くは大きな群れ(pods)を形成し、群れを維持するためのさまざまなコミュニケーション手段が推測されている。狩猟を行うには、群全体を統制するコミュニケーションが必要であり、また、個体間の連携が重要になる。個体同士の身体的接触、ブリーチングなどの非音声的信号のほか、特徴的な音声を用いたコミュニケーションがある。イルカはこれらのコミュニケーション手段を駆使して「社会」を作り、食物の探索、繁殖や防衛の効率化を図かり、環境への適応を進めてきたと思われる。 イルカが発する鳴音は、数10Hzから160万Hzに及ぶと考えられ、2種類が存在する。クリックスと呼ばれるパルス音は、広帯域の継続時間が数十~数百マイクロ秒程度の音でエコーロケーションに用いられる超音波成分を含む。非パルス音であるホイッスルは、周波数帯域が狭く、周波数変調をする継続時間の長い音で、人の可聴域である20kHz以下に主な成分をもっている。ホイッスルは、特にバンドウイルカなど社会的な群れを形成する種においての鳴き交わしが観察されており、お互いの位置を確認しあい、群れのまとまりを保つための鳴音と考えられている。また、イルカは、シグニチャーホイッスルと呼ばれる各個体特有のホイッスル音を持っており、互いの確認、母子の確認に使われていると考えられている。会話音と言われるホイッスルを分類し、行動との関係を明らかにすることによって、イルカとの会話、コミュニケーションを目的として種々の研究がなされているが、彼らが発する音は複雑であり、いまだイルカの鳴音に関する信頼のおける報告はない。 動物にとってコミュニケーションは、自らの生存や種の保存のために、なくてはならない重要な要素であり、集団生活を送る動物は、ふだんから身近の個体と持続的な交渉を持つ。このとき、イルカは主なコミュニケーションとして「鳴音」を用いていることは容易に想像できる。本研究では、さまざまな状況における鳴音を詳細に解析し、その基本的な仕組みを明らかにするとともに、イルカ対イルカのコミュニケーションは、人とのコミュニケーションへと発展しうるものであることを明らかにする。 第1章では、イルカの鳴音をどのように解析するかを目的に実験を行った。飼育下のバンドウイルカ3頭の鳴音を、水中マイクロフォンとポータブルミニディスクレコーダーを用いて録音し、データをソナグラムに表わすことによって鳴音(ホイッスル)の解析を試みた。その結果、4199個のホイッスルが得られ、それらをホイッスルコンター(外形)の抑揚型、周波数パラメータによって分類すると、コンターの抑揚型において、凸型が33.8%、トリル型30.2%、波型16.7%、残りは10%以下で現われた。パラメータの平均値は、開始周波数(11.5±2.3kHz)と比べると、終了周波数(10.9±3.2kHz)が低く、最低周波数9.7±2.0kHzから最高周波数16.2±2.9kHzの変調幅であった。また、持続時間は1.3±0.9secであった。イルカのホイッスルは、コンターの抑揚型によって、7カテゴリー(一定、上昇、下降、凸、凹、波、トリル型)に分類され、周波数(開始、終了、最高、最低、変調幅)と持続時間の6つのパラメータに基づいて示すことができた。 第2章では、イルカの会話音とされるホイッスルのうち、最も多く報告されているシグニチャーホイッスルに着目し、飼育下の3頭のバンドウイルカ(個体A,B,C)の鳴音を個々に録音し、ホイッスルの解析を行うことによって、シグニチャーホイッスルを明らかにした。すなわち、個体Aのホイッスルコンターは、波型(50.9%)とトリル型(28.8%)、個体Bでは、トリル型(67.8%)と凸型(27.0%)、個体Cでは、トリル型(84.2%)と波型(11.6%)が高い割合で示された。個体間のホイッスルパラメータでは、開始周波数、終了周波数、周波数変調幅、持続時間において有意な差(p<0.05)がみられ、個体ごとに異なるホイッスルを持つことが分かった。しかし、それらのホイッスルは、個体内、個体間において類似していた。イルカは、もともと大きな群れで生活していることから、多くの異なったシグニチャーホイッスルを持つことが推測されるが、3頭しかいないためにシグニチャーホイッスルに大きな差がなく、形が類似する傾向にあると思われ、環境や社会構造に応じて視覚なども含めた効率的なコミュニケーションを行っていると推察した。 第3章では、飼育下の3頭のバンドウイルカから日常の鳴音を記録・解析し、さまざまな状況(給餌前、給餌中、イルカのみの時間、人がイカダの上からアプローチする、人が水中からアプローチする)における鳴音の変化を考察した。その結果、それぞれの状況においてイルカが発するホイッスルに明らかな違いが認められた。給餌前ではホイッスル数(19.6±8.3/minute)が多く、周波数変調幅(7.2±2.6kHz)が広く、限られた種類(凸型)を持続的に発していた。一方、給餌外の時間では、数が減り、周波数振幅が狭く、持続時間の長いホイッスルを発していた。ホイッスルコンターは、給餌前では凸型が高く、給餌中では上昇型が高い割合で現われた。また、給餌以外の時間に人が関わるとき、よりイルカに近い水中のアプローチによってホイッスルが変化した。以上の結果より、イルカは日常において発するホイッスルを変化させており、イルカ個体間のコミュニケーションと同時に人に対するコミュニケーションを行っている可能性が示唆された。 第4章では、イルカ介在プログラムを行った際のイルカの鳴音について考察した。プログラムは、自閉症、ダウン症などの子どもたちが参加し、個々に合わせた内容で実施した。その結果、通常行われている給餌と比べると、ホイッスル数(14.0±5.8/minute)が多くなり、コンターの頻度が異なるなど、ホイッスルが明らかに変化していることが分かった。ホイッスル数は、給餌前に匹敵するほど多くなり、イルカセッションが、飼育下におけるイルカへの生活へのバリエーションを与えるために効果的であることが推察された。また、動物の能力が人の肉体的、精神的側面に影響を与えていると考えると、イルカセラピーにおけるイルカが発する鳴音の効果については、今後の検討に値するものと思われた。新規の対象者や活動を行う日常とは異なる状況下では、ホイッスルを変化させ、イルカ間のコミュニケーションあるいは人とのコミュニケーションを行っていることが推察された。 第5章では、台風前のイルカの鳴音を録音し、特別な状況における鳴音について考察した。その結果、通常と比べると、ホイッスルコンター割合、持続時間などパラメータに変化がみられた。イルカは、陸から海に戻ったのち、4000万年もの間、さまざまな環境変化に適応し生き延びており、イルカはホイッスルの変化による独自の予知能力によって、事前に自然災害を予測し、個体間でコミュニケーションしている可能性が推察された。また、上昇型の持続時間の短い型が台風時に高い割合で現われたホイッスルであり、今後、こうした特徴的なホイッスルをみつけることによって、自然災害予知が可能となることと推察した。 本研究より、イルカのホイッスルはコンターによって7カテゴリーに分類され、周波数と持続時間に基づいて6つのパラメータに分けられることを見いだした。この解析法により、イルカは飼育環境下におけるさまざまな状況において鳴音を変化させており、ホイッスルによって社会的関係を維持するための個体間のコミュニケーションを行っていることが分かった。イルカの鳴音は、イルカのみならず、明らかに人に対しても変化させており、イルカが人とのコミュニケーションを試みている可能性は高い。また、新規の人が入った給餌時間により多くのホイッスルを発しており、こうした鳴音に関するデータが、今後のイルカ介在プログラムの作成やイルカと人のよりよい関係の構築のための大きな指標となると思われた。さらに、自然災害を事前に察知する能力は、イルカと人の新たな関係を築くものとなろう。
著者
藤沢 孝司 秋山 順史 若杉 正則 松下 文彦 鈴木 浩之 式守 道夫 水野 明夫 橋本 賢二
出版者
特定非営利活動法人 日本顎変形症学会
雑誌
日本顎変形症学会雑誌 (ISSN:09167048)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.79-83, 1992-04-30 (Released:2011-02-09)
参考文献数
7

A case of mandibular prognathism with Marfan's syndrome treated with sagittal splitting ramus osteotomy was presented.A 37 year-old man, complaining of difficulty of mouth opening was referred to our clinic. The patient was diagnosed as bilateral temporomandibular joints arthrosis with mandibular prognathism.Although occlusal treatment with bite splint was effective to some extent, intermittent trismus did not disappear, so bilateral sagittal splitting ramus osteotomy was performed to correct his dental malocclusion.Postoperative course was not eventful and his range of mouth opening increased to 35mm between incisal edges of maxillary and mandibular central incisor.
著者
浅沼 靖 宮本 武美 秋山 順 中川 宏 堀 覚 北岡 正見 大久保 薫 熊田 信夫 鈴木 誠 柄沢 敏夫 久郷 準 山本 久 川村 明義
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
衛生動物 (ISSN:04247086)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.232-244, 1959
被引用文献数
1 4

Among the cases of scrub typhus newly recognized in Japan after the World War II, those prevalent in the Izu Shichito Islands of Tokyo Prefecture, in Awa-gun, Chiba Prefecture, and in Mt. Fuji area, Shizuoka Prefecture, are called as the "Shichito type scrub typhus" or as the "scutellaris type scrub typhus, " and Trombicula scutellaris has been presumably incriminated as a potential vector of this type of scrub typhus. The study on scrub typhus in Chiba Prefecture was commenced in 1952, when the so called "twentydays fever, " an endemic disease in this Prefecture, was assumed to belong to a scrub typhus by Kasahara et al. (1952) and Kitaoka et al. (1952).