著者
田中 宏典 古森 哲 富田 一誠 瀧川 宗一郎 稲垣 克記
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.509-513, 2012 (Released:2013-03-14)
参考文献数
7

症例は5日前からの左下肢痛を主訴に当科を初診した67歳の男性である.合併疾患として直腸癌があり,2回の手術を受け,その後の抗癌剤治療が進行中であった.初診時所見で左第4腰椎神経根領域に疼痛を認め,腰部脊柱管狭窄症など念頭に精査,治療を開始した.初診から5日経過後に疼痛の増悪と共に左第4,5腰椎神経根領域に水疱を伴う皮疹を認めた.下肢帯状疱疹と診断し抗ウィルス薬の点滴と軟膏による治療を開始した.治療開始から1か月後に下肢痛も軽快し水泡も痂皮化した.本症例では,当初腰椎疾患を疑ったが,下肢痛の出現から10日後に皮疹が出現して初めて診断が可能となった例である.腰椎疾患が多い高齢者では下肢痛の病因としての帯状疱疹は初診時の診断が難しい.免疫能低下が考えられる高齢者の下肢痛では,帯状疱疹も念頭に置いて注意深く診察する必要があると思われた.
著者
三橋 学 金丸 みつ子 田中 謙二 吉川 輝 稲垣 克記 久光 正 砂川 正隆 泉﨑 雅彦
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.79, no.4, pp.483-491, 2019 (Released:2019-12-18)
参考文献数
14

延髄大縫線核のセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)神経は,下行性疼痛抑制系として鎮痛作用を発揮する.一方で,痛みを増強させるという報告もあり,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬の鎮痛薬としての使用が広まるなか,5-HTの疼痛制御に関する検討が必要である.近年,光遺伝学的手法によって大縫線核の5-HT神経を選択的に刺激することが可能になった.本研究では,5-HT系下行性疼痛抑制系の障害が示唆されている間欠的寒冷ストレス(intermittent cold stress, ICS)モデルのマウスを用い,光遺伝学的手法による大縫線核の5-HT神経の選択的刺激が鎮痛作用を発揮するか検討した.青色光照射で大縫線核の5-HT神経を刺激するため,光感受性チャネルを5-HT神経細胞に発現させた遺伝子改変マウス(Tph2-tTA::tetO-ChR2(C128S))に対し,大縫線核直上に光ファイバーを刺入,留置した.このマウスにICSを与えてICS群とし,青色光照射による大縫線核5-HT神経への刺激が疼痛閾値へ与える効果を行動学的手法で評価した.機械刺激性疼痛試験としてvon Frey test,熱刺激性疼痛試験としてHot plate testを用いた.対照群にはSham ICS処置を行った.ICS群とSham ICS処置によるマウス群を比較検討したところ,ICS処置はvon Frey testによる疼痛閾値を低下させた.しかし,遺伝子改変マウスに青色光照射で刺激をしても,von Frey testによる疼痛閾値の変化は認めなかった.一方, Hot plate testで疼痛閾値を評価すると,Sham ICS処置による疼痛閾値の変化とICS処置による疼痛閾値の変化に有意な差はなかった.しかし,曝露処置(ICS処置か,Sham ICS処置か)と時期(処置前か,処置後か)に関わらず,青色光照射で疼痛閾値が上昇した.つまり,ICS処置は,von Frey testによる疼痛閾値を低下させたが,Hot plate testによる疼痛閾値を変化させなかった.一方,青色光照射による大縫線核5-HT神経への刺激は,Hot plate testによる疼痛閾値を上昇させたが,von Frey testによる疼痛閾値を変化させなかった.以上より,大縫線核の5-HT神経への刺激は,熱刺激性疼痛に対する鎮痛作用を発揮した.一方,ICS処置で機械刺激性疼痛に対する疼痛閾値は低下したが,その機序に大縫線核の5-HT神経の積極的な関与は示唆されなかった.
著者
西本 雄飛 和田 一佐 岡田 智彰 稲垣 克記 渡邊 幹彦
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.78, no.1, pp.48-54, 2018

野球肘の診断には臨床上,理学的所見と共に画像診断が重要であるが,MRIなどの定性的な評価が中心で靭帯の弾性などを定量的に評価した方法は少ない.近年,超音波技術の進歩により組織の質的評価も可能になっている.その一つが超音波エラストグラフィーであり乳腺領域や甲状腺領域で臨床応用されている.運動器領域では腓腹筋筋挫傷,アキレス腱,烏口肩峰靭帯などが評価されている.今回,その技術を応用し,野球肘と診断された野球選手において,肘内側側副靭帯(以下MCL)の弾性を定量化することによって,損傷の程度や罹病期間などとの関係を調査し,復帰までの指標になる可能性があるか検討を行った.投球時に肘内側部痛を訴え,野球肘と診断された24名(平均年齢16歳)の野球選手を対象とした.方法は,超音波診断装置を使用し,探触子(L64)に定量化用音響カプラを装着,Real-time Tissue Elastographyにて測定を行った.計測肢位はGravity test に準じて前腕の自重を掛け,仰臥位,肩関節外転90°,肘関節屈曲30°最大回外位とした.適切な圧迫深度で周期的に端子を肘内側に圧迫させ,測定画像から得られたカプラの歪み値を対象組織(MCL)の歪み値で除したstrain ratio(以下SR)を算出し,5つの値のうち中央3値の平均値をSR値と定義し弾性を評価した.SR値は患側3.11±1.13,健側2.48±0.79と有意差を認めた(p=0.03).これらを骨片の有無で検討すると,裂離骨片あり群(n=9)では,SR値は患側3.86±0.73,健側2.61±0.91と有意差を認めた(p=0.006).裂離骨片なし群(n=15)では患側2.66±1.10は健側2.40±0.72と有意差を認めなかった(p=0.45).裂離骨片なし群で発症後1か月未満とそれ以降で比べると1か月未満は患側と健側で有意差はなく,それ以降も有意差は認めなかったが,患側のみで比べると,発症後1か月未満と1か月以上で有意差を認めた.損傷靭帯は弾性が上昇しSR値は低値になると仮説をたてたが,結果は患側で健側より高く,損傷した靭帯は弾性が低下していると言える.裂離骨片なし群では健患側に差はなく損傷の有無によって弾性に違いはないと思われたが,裂離骨片あり群で患側SR値が有意に高く,裂離骨片の有無が靭帯の弾性に影響していた.また,発症後1か月未満の患側SR値と1か月以上の患側SR値を比較すると前者で有意に低値を示した.靭帯の弾性は損傷の時期に変化しており,急性期は弾性が上昇し,亜急性期〜慢性期は弾性が低下している可能性がある.また,裂離骨片を伴うMCL損傷の野球肘では,靭帯の弾性低下が顕著であった.今後,肘MCL損傷の修復の過程をより正確に超音波エラストグラフィーで捉えることができるようになれば,肘MCL損傷の評価にさらに有用になると考えられる.野球肘の肘MCLは急性期で弾性が上昇し,亜急性期〜慢性期になると低下していた.裂離骨片があると著明に肘MCLの弾性は低下していた.
著者
吉川 泰司 中村 正則 助崎 文雄 澤田 貴稔 宮岡 英世 稲垣 克記
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.76, no.6, pp.727-737, 2016 (Released:2017-06-08)
参考文献数
29

小児期の保存療法に抵抗した発育性股関節形成不全に対して,観血的に三宅の広範囲展開法で整復した症例の長期術後経過を検討した.1992年から,当科で広範囲展開法を施行した手術時年齢が3歳以下の症例で,14歳以降まで経過観察が可能であった22例24股を対象とした.全例が女児で,手術時平均月齢は20か月,調査時平均年齢は17歳で,経過観察期間は平均189か月であった.追跡調査率は90%であった.最終診察時に寛骨臼形成不全が軽度であったSeverin分類I,II群に該当するものは17股70%であった.最終診察時に骨頭変形が残存した重症例のうち,Kalamchi&MacEwen分類II,III,IV群で大腿骨頭壊死が術後に生じたと考えられたものは3股12.5%であった.関節症変化は3股12.5%に認められた.術後に行われた補正手術は4股であった.6歳時から最終診察までの間にSeverin分類III群からII群へ臼蓋被覆改善を認めた症例が存在し,就学前の股関節補正手術は慎重に行うべきであると考えられた.今後,乳幼児の股関節脱臼治療の成績を向上させるためには,脱臼の早期診断,術前の保存療法の改善,手術侵襲の低減と手技の改善が必要である.