- 著者
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稲葉 寿
- 出版者
- 日本人口学会
- 雑誌
- 人口学研究 (ISSN:03868311)
- 巻号頁・発行日
- vol.21, pp.7-17, 1997-11-30 (Released:2017-09-12)
人口研究における数理モデルの利用は,実証的な科学としての人口学の成立に決定的な役割を果たしてきた。ことにアルフレッド・ロトカによる安定人口理論は,生命表分析とともに近代人口学のセントラルドグマとして1960年代に至るまでその地位は揺るがぬものであった。しかし1970年代に入ると,ロトカモデルは多次元モデルや非線形モデルへと拡張され,人口学における数理モデルは一気に多様化するとともに,人口学的分析の射程は著しく拡大した。この過程でマッケンドリックーフォン・フェルスター微分方程式による人ロモデルの定式化は重要な役割を果たした。微分方程式モデルは数学者,生物学者などの関心を引くこととなり,80年代には年齢構造をも含む一般的な構造化人口モデルの研究が集中的に進められた。また人口学においてもコール,プレストン等によってマッケンドリック方程式の間接推定法への応用が図られ,実用的な意義も確認された。こうした数理的研究の急速な蓄積は80年代後半に至って数理人口学を独立した研究領域として確立しようとする強い動機となったのである。安定人口論は人口の再生産力の測定という根本的課題に答える試みであったが,そこには両性問題という難題があることは古くから指摘されてきた。この問題の解決のためには両性のペア形成過程を考慮にいれた人口再生産モデルを考える必要があるが,これは非常に困難な非線形モデルとなることが知られている。両性モデルについては最近になっていくつかの性質が明らかにされるようになってきたが,数理人口学における最も重要な今後の課題の一つであろう。過去10年の間に数理人口学は学問領域としての自立化をはたしつつあるように見えるが,そのさらなる豊穣化のためには現実の人口問題群や,関連諸領域との絶えざる対話と認識関心の共有化を図ることが必要とされるであろう。