- 著者
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竹本 弘幸
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 巻号頁・発行日
- pp.179, 2011 (Released:2011-05-24)
_I_ はじめに
八ッ場ダム建設に伴う川原湯代替地:上湯原地区は,川原湯温泉再生の要として重要な移転先である.この地区の地形は,やや開析を受けた円弧状の急崖と前縁に広い堆積面を有する緩斜面である(図1).中村(2001)によれば,吾妻渓谷で貴重な土地ながら土砂崩れと落石が頻発することから,畑地利用が出来ず雑木林になっているという.この地を所有する豊田氏らの証言でも,過去に何度か土砂災害を体験・目撃しているとのことである.
この地区は,国から地すべり調査の委託を受けた会社の報告でも,地すべり危険地帯22箇所の内の一つに挙げられている.
一方,国交省では上湯原地区は地すべり地形ではなく河川の蛇行地形で,裏付けとして地質断面図を公開していた(図2).
本発表では,代替地の安全確保と防災上の視点から,2つの全く異なる見解について検証するために実施した文献および現地調査の結果を報告する.
_II_ 長野原町・群馬県・研究機関ほかの資料検証
久保他(1996)は,上湯原地区を吾妻川の最高位段丘とし,応桑岩屑なだれ堆積物(OkDA)を崖錐堆積物が厚く覆うこと,中村(2001)は,同地区全体を覆う複数の崖錐堆積物の存在と昭和の土石流災害を報告している.倉沢(1992)「川原湯新温泉源の開発」の地質断面図では,OkDAが7mの崖錐堆積物を挟んで上下2層(群馬県,1991)に分かれていることを図示している(図3).
2009年公開(独)防災科学技術研究所の全国地すべりマップによれば,上湯原地区は背後の円弧状急崖を滑落崖とし,2つの地すべり斜面移動体で構成されていることを明らかにしている(図1).竹本(2010)は,OkDAの堆積面高度が対岸の立馬に比べ30m以上低下した地すべり塊であることや河川局が公開した地質断面(図2)の誤りを指摘している.いずれの報告もOkDAが流下後,時間を置いて再移動した事実と上湯原地区の全体を覆う大規模な土砂災害が起きていたことは明らかである.
_III_ 国交省の蛇行地形と(独)防災研の地すべり移動体の検証
次に,上湯原の災害履歴の検証結果を図4に示す.地点1(新駅建設地上)では,OkDA以降5回の大規模災害が発生した.地点2では,尾根地形直下から複数の地点で湧水が観察でき,群馬県(1991),倉沢(1992)の報告も同じである.上湯原でOkDAの堆積面高度が大きく低下し,層厚10m以上の崖錐堆積物が全域を覆った事実は,防災対策を考える上で重要課題の1つである.この大災害は,浅間テフラから約1.3万年前直後に発生していたことが確認できた.以上は,住民の安全第一を考え,地すべり危険地帯を指摘した良識ある地質調査会社と防災科学研究所の地すべり見解を裏付けるものである.このような場所にダムを造り湛水した場合,活動中の移動体(林・白岩沢・八ッ場沢トンネル)と同様,地すべりが再活動する可能性が高く,代替地では深刻な事態を招くことに繋がるだろう.現状は,国交省河川局がダム建設のため,意図的に検証を怠ってきたとしか言いようがない.万一,地すべりが発生した場合,ダム推進を訴える一方で,住民の為の安全検証を怠った側に責任が生ずるのではないだろうか.
_IV_ まとめにかえて
国交省・群馬県などの資料検証と現地調査から,上湯原地区はOkDA流下後,地すべりと土砂崩れを繰り返して形成された場所であることは明らかである.河川局は,多くの調査者と国の研究機関が災害リスクを指摘した上湯原の巨大地すべり地を『八ッ場ダム建設のため,河川の蛇行地形であると偽装公表して工事を進めてきた』と受け取らざるを得ない.既に,利根川流域の治水・利水計画の中で基本高水を操作していた事実を含め,河川局の環境アセスメントが,ダム建設に協力した住民の災害リスクまで軽視し,ダム建設だけを目的化していたことと同じである.
国は,川原湯温泉街の再建を最優先で実施し,従来型の河川行政の誤りを認め,全面的見直しと情報公開を通じて真の環境アセスメントを実施することが急務ではないだろうか.