著者
笹井 理生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.901-908, 1997-12-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
22

蛋白質の立体構造のイメージは我々に驚きを与える. 自然はどうしてこのような美しい, 精妙な構造を作ったのだろうか? そして, それに劣らず不思議なことは, ランダムな鎖にほどけている蛋白質が条件さえ整えば, 生理活性を持つ構造へ自発的にフォールドする能力を持つことである. 最近, 統計物理学的な視点でこのフォールディング過程の問題が扱われ, エネルギー面の統計的性質がその中心概念であることが明らかにされてきた. この見方は実験にも影響を与え, 新しい実験方法の開拓を促した. フォールディングの物理はこれまでの物理の枠を拡げて, 情報, 形, 進化を問題にする複雑系の科学を産み出そうとしているのかもしれない.
著者
大峰 巌 笹井 理生
出版者
岡崎国立共同研究機構
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

水は化学反応で用いられる最も一般的な溶媒であり、かつ電子的、動力学的に大きな溶媒効果を反応に及ぼす。従って水の動的性質を知ることは非常に重要である。また水自身幾つかの特異的性質を持ち、多くの研究によってその物理化学的性質が明かになってきている。しかしミクロレベルの水の動力学的性質についてはまだ未解決の部分が多い。特に水溶媒中での化学反応系とのダイナミカルな相互作用では、個別運動と集団運動との動力学的な結合を明らかにする必要がある。ここでは、水のもつ多体系としての力学が陽に現れる事が多い。水素結合によって結ばれたある集団的な運動が水の運動の基本となっており、この相関の強い運動の記述が重要である。この水の動力学を理解するためには、水の運動に係わるポテンシャル・エネルギ-面の特徴を調べ、反応経路に於ける山の高さ、曲率などを調べ、集団運動を引き起こすPhaseーSpaceの大きさを調べる。分子動力学法に基ずくトラジェクトリ-計算を行い、その解析により、集団運動の時間的、空間的スケ-ルを調べるなどを通じて水に於ける基本的構造の変化の性質を理解する必要がある。我々は水の多体的相互作用の様相を調べる為に、まず水の基本構造をQuenching法によって求め(定義し)その時系列の変化をしらべた。その結果、20ー40個の水分子のLocalな集団運動が、水の変化の基本単位となっている。基本的な構造変化には、変位の大きなものと小さなものがある。即ち水の系はある長さの時間(サブ・ピド秒間)小さな変位を繰り返した後、大きな変位を起こして変化して行く。大きな構造変化はどの様にして起こるのであろうか。この事を調べる為、我々は、まずTrajectoryに沿ったいわゆるReactionーcoordinate(反応座標)を決定した。また大きな変化に伴うエネルギ-の山は一般に小さく2ー3Kcal/mole程度である。この事は、一般に水の基本的構造変化は、PhaseーSpase上であるminimaの郡から次のminimaの郡への細いPathを見つける時間によて制限されている。この様な水の集団運動に依って生ずる大きな揺らぎはその中での化学反応のダイナミクスに大きな影響を及ぼすことが分かった。