著者
篠原 しのぶ 原崎 聖子
出版者
福岡女学院大学
雑誌
臨床心理学 (ISSN:13499858)
巻号頁・発行日
no.1, pp.9-20, 2004-03

「甘え」という概念の中には多くの要素が含まれているが、今回は過去の研究結果(篠原・1998)で抽出した6個の甘え因子を用いて女子の大学生に対して調査を実施し、その背景との関わりを検討した。その概要は次のとおりである。1.幼少期に両親から受けた養育と「甘え」との関係 大学生の幼少期は、「家族全員が集まって食事」をし、「寝るときに本を読んで」もらっており、「大切に育てられ」ているが「養育の中心は母親」であったことがわかる。更に「自分でできることは自分でする」ように言われて育った者は、『引っ込み思案』『責任回避』『非自立』『追従』の各甘えがいずれも低い。また、「両親から大切に育てられた」者たちは『引っ込み思案』『屈折』等の甘えが低い。即ち、幼少期の適切な育て方が甘えの低減に大いに役立っていることがわかる。2.「経済観念」と「甘え」との関係 全ての「甘え」因子が経済観念と深く関わっている。 殊に「甘え」得点の高いものは『親のすねをかじる』傾向が高いが中でも『非自立の甘え』においてこの傾向が顕著である。また、「家庭の経済状態」を熟知しているものや、倹約的、計画的金銭使用を心がけている者たちは、いずれも各甘え因子の低群に多いということが明らかである。3.生活意識と「甘え」との関係 『親の厳格性』『親との親和性』等が全般的に高く、幼少期の親の養育態度をよく反映している。しかし、男性のほうが「度胸がある」「職務に忠実である」「リーダーシップがある」等の項目が軒並み下位に位置している。即ち男性に対する信頼感が非常に低いということである。 これを「甘え」との関係で見てみると、『自己主張』『親の厳格性』『親との親和性』等は全て、甘え得点が低い者たちに多いことがわかる。即ち、親との関係が良いものは甘えが少なく、自己主張ができるものは甘えの低い者たちである。殊に『責任回避』『非自立』『追従』等の甘えはいずれも甘えの少ない者たちが望ましい生活意識を持っていることがわかる。ただ、『受容承認を求める甘え』のみは他の甘え因子とは異なる様相を呈している。いずれにしても「生活意識」の持ち方は「甘え」と大きく関わっている。4.愛他行動と「甘え」との関係 『協調的愛他行動』、『積極的愛他行動』、『許容的行動』の因子で見てみると、女子大学生は『協調的愛他行動』はかなりよくできているのに対して、『積極的』『許容的』愛他行動をとることはあまり育っていないことがわかる。 次に各項目を「甘え因子」との関係で見てみると、『受容承認を求める甘え』以外の各甘え因子ではいずれも低得点群、即ち甘えの少ないものの方が愛他行動をよくとっている。ここでも『受容承認を求める甘え』のみは他と異なる様相であることは興味深い。5.将来の配偶者に対する役割期待と「甘え」との関係 28項目中18項目において、4.0を超えて配偶者に家事分担を期待している。卒業後キャリアを持ち続けたいと望む女子大学生が多いことから、結婚後の家庭生活において夫に分担を期待しているのであろう。しかし、「掃除・洗濯」「食事の用意」「食事の後片付け」「食料の買出し」等、従来から女性の役割とされてきたものに対しては、夫への期待が他の項目より少なくなっている。「甘え」との関係では、『引っ込み思案』『屈折』『責任回避』の甘え群は、そのような甘えの傾向が少ないものの方が夫への期待が大きく『受容承認』ではその甘えが強いもののほうが期待が大きい。しかし、伝統的女性役割とされてきた項目は一項目も甘えとの関係が見られていない。即ち甘えの高低に関わらず、女性的役割は夫へ期待していないということがわかる。6.日本人的価値観と「甘え」との関係 昭和初期から総理府が調査し続けてきた項目の中から3問を抜き出して調査した。 (1)蟻とキリギリスについて 1991年の結果と比較してみると、いずれも"諭した上で食べものを分け与える"という回答が多いが、この10年余りの間にこの回答、即ち「日本人的回答」が有意に減少している。「甘え」との関係で見てみると、『受容承認』『屈折』『責任回避』の甘えに関しては、"追い返す"と回答したものの方が甘え得点が高い。 (2)課長のタイプ選択について この項目では10年間に変化無く「日本人的回答」である"人情課長"を選択するものが多く、外国の回答と大きく異なっている。上司に対する受け止め方の違いを如実に表している。「甘え」との関係で見ると、『責任回避』の甘え以外では甘えの得点に有意な差が認められなかった。 (3)将来の暮らし方について この質問項目では、1991年の結果とかなりの変化がみられ、特に、"社会のためになるようなことをして暮らしたい"と、"清く正しく暮らしたい"という回答が増えていることは興味深い。しかも殆どの甘え項目において"社会のために"を選択したものの甘え得点が低くなっている。 以上で見てきたとおり、現代若者(今回は女子大学生)の甘えの背景には、幼少期に受けた親の養育や、日本人的価値観等が大きくかかわっており、ひいては、生活意識、経済観念、愛他行動、夫婦の役割に対する期待等が甘えと強く関連していることが明らかとなったと言える。
著者
関 文恭 吉田 道雄 篠原 しのぶ 吉山 尚裕 三角 恵美子 三隅 二不二
出版者
九州大学
雑誌
九州大学医療技術短期大学部紀要 (ISSN:02862484)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.1-10, 1999-03

本研究は, MOW国際比較研究の一環として, 日本・台湾・中国・オーストラリア・デンマークの大学生の"働くこと"に対する意識・態度を比較したものである。調査対象者は, 各国の大学生1678人であった。主要な結果は, 次の通りであった。(1)日本の学生の「仕事中心性」は, 5カ国の中で低いはうであり, 最も高かったのは中国の学生であった。また, 日本の学生がレジャーを最も重要と考えている点は, 他国の学生と比べて大きな特徴である。(2)働くことに対して, 中国の学生は, 日本の学生とは違ったイメージを抱いている。すなわち中国の学生は, 働くことを社会貢献として捉えているのに対し, 日本の学生は, 自己に課せられた仕事として把握している。(3)中国や台湾の学生は, "働くことは義務であり, 人は働いて社会に貢献すへき"という義務規範を強く支持している。一方, 日本の学生は, 権利規範を支持する度合いが強く, 職場の確保や教育・訓練は, 社会や雇用者側によってなされるべきであると考えている。(4)いずれの国の学生も, 働くことから得られるものとして, 「必要な収入」や「興味・満足感」に高い価値を与えている。中国の学生は, 他の4カ国の学生よりも「社会貢献の手段」として価値づけている。(5)仕事と余暇の関係について, 日本では, "余暇のための仕事"と考える学生の割合が, "仕事のための余暇"と考える学生の割合を上回っている。また, "趣味に合った暮らし"を望む学生の割合か, 他の4カ国よりも高い。(6)職業選択の基準として, 日本・台湾・中国では"適性"を重視する学生か多い。日本の学生は"やり甲斐"を重視する者も多いが, 仕事(職業)に対して, 明確な目標や期待を持っている学生は少ない。本研究の結果から, とくに日本と中国の学生の間で, "働くこと"に対する意識に対照的な違いが見いだされた。今後は, 両国の学生の意識の構造について分析を進めていく必要があろう。