著者
篠宮 紗和子
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.193-214, 2019-06-30 (Released:2021-04-01)
参考文献数
37
被引用文献数
1

本研究は,LD(学習障害)の文部省定義(1999年)の作成過程において「中枢神経系の機能障害」という生物学的原因論がどのように採用されたのかについて,文部省定義に関する行政資料と回顧文書から明らかにした。 本研究の社会学的関心は,病の原因論が選択される過程で,生物医学モデルとその他のモデルがどのように並存するのかというものである。先行研究では,LDは医療化(=生物医学モデルの浸透)の事例として研究されてきた。しかし,当時の医学研究ではLDの生物医学的原因の有無を確認できたのはLD児の3割であったほか,治療法も未確立であった。また,LDは当時教育概念と言われており,医学からはある程度独立した概念であった。LDが必ずしも生物医学モデルによって把握できなかったという事実を踏まえてLDという現象を説明するには,単に生物医学モデルの浸透の事例としてではなく,病を捉えるモデルが多様化するなかでその概念や原因論が争われた事例として分析を行う必要がある。 分析の結果,文部省の議論では生物学的原因論を明記するアメリカ案と障害の社会モデルに基づいたイギリス案が検討されたが,①LDが通常の教育では指導できない存在であることを強調でき,②新たに増加する障害児の数が比較的少なく現場の混乱が少ないという利点から,アメリカ案が選択されたことがわかった。当時の社会・制度的状況が考慮された結果,イギリス案は適切ではないと判断されたのである。
著者
篠宮 紗和子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.51-61, 2020-07-31 (Released:2021-08-06)
参考文献数
46

本研究の目的は、自閉症の脳機能障害説という医学理論が日本の教育制度に採用されたプロセスを明らかにすることである。2000年代に自閉症が脳機能障害として制度上に位置づけられたことを契機に、自閉症が脳の障害であることが多くの人に知られ始めた。これを受けて、社会学では問題行動や自己に関する語りにおける自閉症の脳機能障害説の役割が分析されてきたが、制度面の研究は少数であり、教育制度に脳機能障害説が持ち込まれた背景は未検討である。本研究では資料調査を通じて、医学では1970年代に脳機能障害説が定説化したが、制度上は医学的な正確さよりも教育機会確保のために自閉症を心因性の「情緒障害」の枠内で扱ったこと、2000年代に入ると障害児教育制度改革において障害の「特性」に応じた教育が目指され、把握すべき「特性」は障害の原因によって異なるという考えから自閉症が脳の障害として位置づけ直されたことを明らかにした。