著者
簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.61-76, 2006

本稿では,台湾でリンガフランカとして用いられている日本語を対象に,一人称代名詞の運用の実態およびその変容のメカニズムの究明を試みる。台湾高年層による日本語自然談話に日本語一人称代名詞のほかに閩南(びんなん)語一人称代名詞の使用が観察された。これは,日本語一人称代名詞の形式面と運用面の複雑さを回避するために,形式と運用規則が単純でかつ優勢言語である閩南語一人称代名詞が採用された,いわゆる単純化の結果である。ドメイン間の切換えから,閩南語一人称代名詞は台湾高年層のin-group形式の役割を果たしていることがわかる。ただし,日本語能力の低いインフォーマントの場合,日本語一人称代名詞への切換えはない。ドメインおよびインフォーマントの日本語能力に応じた使用の連続体から,閩南語の一人称代名詞は連体修飾語の場合に現れやすい傾向があること,言語構造面の単純化と連動して言語行動面においても単純化が漸次的に進行しつつあることが指摘できる。独自の体系を持つ台湾日本語は,日本語の変容のあり方を探るための貴重な例となっている。
著者
真田 信治 簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.69-76, 2008-04-01

日本語と台湾のアタヤル語との接触によって生まれた日本語クレオールが台湾東部の宜蘭県大同郷と南澳郷に住む一部のアタヤル人(のすべての世代)によって用いられていることが観察される。が,その日本語クレオールの存在はほとんど知られておらず,今日までこれに関する学術的な研究は皆無である。本稿では,日本語クレオールの存在を指摘し,その運用状況を紹介するとともに,その言語構造について,公表された教科書3冊を主たる対象として,語順,語彙,名詞の語形,動詞(ヴォイス,アスペクト,テンス等)などに関する分析を行った。これまでのクレオール研究では主に欧米諸語を基盤としたクレオールが取り上げられ,日本語が視野に入れられたことはほとんどなかった。その意味で,本研究は斯界に貴重な事例を提供するものである。
著者
簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.61-76, 2006-04-01 (Released:2017-07-28)

本稿では,台湾でリンガフランカとして用いられている日本語を対象に,一人称代名詞の運用の実態およびその変容のメカニズムの究明を試みる。台湾高年層による日本語自然談話に日本語一人称代名詞のほかに閩南(びんなん)語一人称代名詞の使用が観察された。これは,日本語一人称代名詞の形式面と運用面の複雑さを回避するために,形式と運用規則が単純でかつ優勢言語である閩南語一人称代名詞が採用された,いわゆる単純化の結果である。ドメイン間の切換えから,閩南語一人称代名詞は台湾高年層のin-group形式の役割を果たしていることがわかる。ただし,日本語能力の低いインフォーマントの場合,日本語一人称代名詞への切換えはない。ドメインおよびインフォーマントの日本語能力に応じた使用の連続体から,閩南語の一人称代名詞は連体修飾語の場合に現れやすい傾向があること,言語構造面の単純化と連動して言語行動面においても単純化が漸次的に進行しつつあることが指摘できる。独自の体系を持つ台湾日本語は,日本語の変容のあり方を探るための貴重な例となっている。
著者
簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.31-47, 2018-12-01 (Released:2019-06-01)
参考文献数
17
被引用文献数
1

本稿では,台湾で使われている宜蘭クレオールの人称代名詞について,東岳村で得たデータをもとに,体系を記述し,その変化のプロセスを明らかにした。宜蘭クレオールの人称代名詞は基本的に上層言語の日本語の形式に由来するが,その多くはくだけた形式由来であり,植民地の社会的構造を反映していることが推測される。数の区別はあるが,自立形式と拘束形式の区別や格,スタイルによる区別はない。一人称に包括的複数と除外的複数の区別があり,それは基層言語のアタヤル語の用法を受け継いていると考えられる。また,一人称単数形の属格および与格には傍層言語の閩南語の形式が取り込まれていること,接尾辞-taciが複数マーカーとして規則的に用いられていること,短縮形が多くみられることが指摘できる。なお,世代間の変異から,人称代名詞の変化のプロセスを突き止めることができた。
著者
真田 信治 簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.69-76, 2008-04-01 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
2

日本語と台湾のアタヤル語との接触によって生まれた日本語クレオールが台湾東部の宜蘭県大同郷と南澳郷に住む一部のアタヤル人(のすべての世代)によって用いられていることが観察される。が,その日本語クレオールの存在はほとんど知られておらず,今日までこれに関する学術的な研究は皆無である。本稿では,日本語クレオールの存在を指摘し,その運用状況を紹介するとともに,その言語構造について,公表された教科書3冊を主たる対象として,語順,語彙,名詞の語形,動詞(ヴォイス,アスペクト,テンス等)などに関する分析を行った。これまでのクレオール研究では主に欧米諸語を基盤としたクレオールが取り上げられ,日本語が視野に入れられたことはほとんどなかった。その意味で,本研究は斯界に貴重な事例を提供するものである。
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.3-20, 2002-03-31 (Released:2017-04-27)

本稿は,言語接触のただなかにある台湾をフィールドとし,4つの言語集団による言語使用意識をもとに,アタヤル語・閩南語・客家語・北京語・日本語など諸言語の機能的分布の変化について考察したものである.その結果,台湾において次のような異なった再編成のパターンが同時に観察されることがわかった.(1)[言語シフト]アタヤル族・客家人の言語生活においては,北京語が「公的な場」→「暗算・祈り」→「隣家」→「家庭」という順番で浸透しつつあり,言語シフトが進行中である.(2)[二言語併用]閩南人の場合,閩南語と北京語の二言語併用へと再編成が行われている.なお,閩南語の使用はほかの言語集団にも伝播している.特に「公的な場」において閩南語が北京語と競り合っているのが注目される.(3)[言語維持]外省人の言語生活において,閩南語の受容も見られるが,EGLの北京語が絶対的な優勢であり,言語維持が観察された.(4)[第三言語の採用]使用者の年齢層が限られているが,かつて「国語」として普及した日本語は,現在,老年層において(1)異なるグループの間の共通語,(2)暗算する際の言語,(3)隠語,という役割を果たしている.
著者
簡 月真 真田 信治
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.140, pp.73-87, 2011 (Released:2022-03-08)
参考文献数
22

台湾東部,宜蘭県の山間部に日本語とアタヤル語とが接触して形成された新しい言語が存在する。われわれは,この言語を「宜蘭クレオール」とネーミングして記述調査をおこなっている。本稿では,まず,この宜蘭クレオールの概況を説明し,社会・歴史的背景および言語的特徴から,それがまさに「クレオール」であることを示す。次に,「宜蘭クレオール」の独自の体系を示す事象として否定辞を例に考察をおこなう。考察の結果,基層言語であるアタヤル語の「既然法」「未然法」といった範疇の中に上層言語(語彙供給言語)である日本語の否定辞「ナイ」と「ン」の2形式が巧みに取り込まれ,「発話以前(既然)の事態・行為」と「発話以後(未然)の事態・行為」を,それぞれnayとngによって弁別して描写するといった新しい体系化が図られていることが明らかになった。
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.3-20, 2002

本稿は,言語接触のただなかにある台湾をフィールドとし,4つの言語集団による言語使用意識をもとに,アタヤル語・閩南語・客家語・北京語・日本語など諸言語の機能的分布の変化について考察したものである.その結果,台湾において次のような異なった再編成のパターンが同時に観察されることがわかった.(1)[言語シフト]アタヤル族・客家人の言語生活においては,北京語が「公的な場」→「暗算・祈り」→「隣家」→「家庭」という順番で浸透しつつあり,言語シフトが進行中である.(2)[二言語併用]閩南人の場合,閩南語と北京語の二言語併用へと再編成が行われている.なお,閩南語の使用はほかの言語集団にも伝播している.特に「公的な場」において閩南語が北京語と競り合っているのが注目される.(3)[言語維持]外省人の言語生活において,閩南語の受容も見られるが,EGLの北京語が絶対的な優勢であり,言語維持が観察された.(4)[第三言語の採用]使用者の年齢層が限られているが,かつて「国語」として普及した日本語は,現在,老年層において(1)異なるグループの間の共通語,(2)暗算する際の言語,(3)隠語,という役割を果たしている.
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.50-65, 2019

<p>本稿は,日本語を上層(語彙供給)言語とする「宜蘭クレオール」の指示詞について論じるものである.「東岳村」で得たデータをもとに考察を行った結果,次のようなことが明らかになった.まず,宜蘭クレオールの指示詞は,日本語由来の形式が取り入れられているが,アタヤル語と同じく近称と非近称の二項対立をなしている.次に,日本語と同様,指示代名詞・指示形容詞・指示副詞にわけることができるが,基層言語であるアタヤル語からの影響や傍層言語である華語からの影響,習得の普遍性からの影響を受け,日本語とは異なる用法に変化している.そして,世代間変異の様相から,変化のプロセスを捉えることができた.</p>
著者
真田 信治 簡 月真
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.38-48, 2012-07

アジア・太平洋の各地においては,戦前・戦中に持ち込まれた日本語が,長きにわたって現地諸語との接触を保ちながら使われ続けてきた。その接触によって最も大きな変化を遂げたのは,台湾東部の宜蘭県に住むアタヤル人とセデック人が用いている,日本語を語彙供給言語とするクレオール(「宜蘭クレオール」)である。本論文では,われわれの共同研究プロジェクト「日本語変種とクレオールの形成過程」の一環として,この「宜蘭クレオール」に焦点を当て,これがまさに「クレオール」であることを,その形成の歴史的・社会的背景から検証し,その言語的特徴に関する近年の研究成果を総括する。