著者
若松 美智子 佐野 遙 伊藤 亜希子 中村 和子 松倉 節子 蒲原 毅
出版者
金原出版
巻号頁・発行日
pp.160-163, 2020-02-01

64歳,女性。初診時,右拇指に爪甲の肥厚,粗糙化,破壊と爪甲下の膿疱が認められた。病理組織学的にKogoj海綿状膿疱がみられたが,当初は皮膚カンジダ症が合併していたことなど,診断に苦慮した。無菌性膿疱が慢性に繰り返してみられたこと,再度皮膚生検を施行し病理組織学的にKogoj海綿状膿疱が確認できたことからHallopeau稽留性肢端皮膚炎と診断することができた。エトレチナート20mg/日内服で膿疱は速やかに消失し,ほぼ正常な爪甲の再生がみられた。これまでエトレチナート減量や中止で汎発化した既報告例が散見されるため,今後も注意深い経過観察が必要であると考えられた。
著者
若松 美智子
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.107-119, 2008-09-16

作家石牟礼道子の名前は水俣病と結び付けられ,彼女の作品は告発文学として一般に受け入れられることが多い。しかし石牟礼文学の真骨頂はその高い叙情性,詩情性にあることを,『椿の海の記』の分析を通して示す。幼児期に幼女の目でとらえた人の世の悲しみの諸相の中心に,祖母である盲目の狂女の存在があり,彼女と幼女であった道子との魂の交感が石牟礼の美学の中心にあることを,この自伝的作品は示している。幼時のかなしみの原体験を美へと昇華せねばならない必要性が石牟礼の創作欲の源になっている。本論文では『椿の海の記』の音楽的構成,自然風景描写,演劇的想像力といった手法と,この作品のいくつかの主題,神話的世界観,差別されるものの世界,祖母おもかさま,生命のみなもとへの希求といったモチーフを例示しながら,石牟礼文学の美の世界の内実をしめす。それは他者のかなしみを自分の悲しみとして受け入れる彼女の共感能力に由来する,悲しみの美学である。不知火海沿岸に生きる無辜の民の苦しみかなしみや,狂女の不条理の世界を描く石牟礼は,背中あわせに人間社会の権力の支配構造の不条理をも照らし出す。社会から差別されるものが生きるもう一つの世界,それは海と空と大地に連なる根源的な魂の世界に通じる。その魂の世界に生きる弱者の逆転の生を,彼女はかなしみの中に咲く花として描くのである。
著者
若松 美智子 Michiko Wakamatsu 東京農業大学生物産業学部教養分野所属英米(アイルランド)文学 Field of Humanities Faculty of Bio-Industry Tokyo University of Agriculture
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.35-40,

『海に駆け行く者』(1902)はシングが最初に手がけた「農民劇」であり,アラン島体験の直接の成果であると同時に,アラン島を舞台とした彼の唯一の劇である。彼は劇の言語として島民の方言を用い,又彼の心を掴んだ島民のいきいきとした言い回しをせりふに取り入れている。さらに彼はプロットの中心に妖精信仰を組み入れている。劇は人物描写,舞台セット,演劇言語等,現実を再現するリアリズムの手法で進行して行く。しかし劇の筋書き,プロットは馬に乗った妖精達が人間を海の下の妖精の国に連れて行くという民衆の想像的世界に依拠している。自然と超自然が絡み合い,人と妖精が作用しあう民衆の物語的想像力の世界に惹き付けられたシングはまた,島の葬儀の独特の儀式に人間的悲惨を超克するための理想的表現形式への洞察を得た。彼は巧みに劇的山場を組み立てることによって,女主人公が,すべての息子を飲み込んでしまった海との生涯にわたっての闘いの人生を語ることによって,徐々に精神の平安を得てゆく様を描く。『海に駆け行く者』は自然と人間の根源的関係,自然の中の死すべき人間の原型的闘いを描いている。女主人公は海に囲まれた小さな島に生きる貧しい老女である。しかし彼女は悲劇的体験を生き抜くことによって女司祭の風格をもつ。すべてを失い,もう失う物が何もなくなった時,彼女は自我としての存在から解放され,偉大な敵であった海そのものの一部となり,彼女の魂は海と融合する。シングは普通の女性の苦しみを通して,悲劇的美の世界を創り上げた。そのことによって彼は,自然の中のすべての生き物が威厳をもつこと,そしてそれは愛の喜びと死の悲しみの激しい感情を生き抜くことから由来するということを示唆したのである。Riders to the Sea (1902), Synge's first peasant drama, proceeds in the manner of realism, yet its story and plot are based on the folk imagination that fairy riders come to take humans to their country under the sea. Riders to the Sea deals with the fundamental relations of man and nature, an archetypical struggle of the mortal living in nature. The heroine is a poor old woman who lost all of her six sons devoured by the sea, but through her life-long tragic experiences she attains the stature of priestess. When she finds herself with nothing to lose any more, she frees herself from being as the ego to become a part of the sea herself ; her mind unites with her great opponent, the sea, finally. SYNGE created a world of tragic beauty through ordinary woman's suffering, and in so doing he suggested that every life in nature has moments of dignity that stem from intense feelings of love and death.