著者
薮田 直子
出版者
THE JAPAN SOCIETY OF EDUCATIONAL SOCIOLOGY
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.92, pp.197-218, 2013

本稿は,公立中学校とNPOでのフィールド調査から,外国にルーツを持つ生徒のアイデンティティに関わる教育実践の現状を描くことを目的とする。<br> 調査地では,近年ベトナムルーツの生徒が「通名」を使用する事例が散見される。そこで具体的に「本名を呼び名のる実践」を挙げ,教師や支援者が生徒の「通名」にどう向き合うかを描く。分析から2つの「転換」が明らかになった。<br> まず,従来の実践が象徴としてきた「通名から本名へ」という物語の揺らぎである。在日コリアン生徒を対象とした実践では,本名を表明することが重視されていた。しかしダブルの生徒にとって,また歴史的経緯を別とするベトナムルーツの生徒にとっての表明すべき「本名」とは何か。ここから実践目標に転換が生まれていると位置付けた。<br> 次に浮かび上がる2つ目の転換は,名乗りという主体的な行動に介入することへの配慮である。本人や保護者の決定に介入しない実践スタイルは,「特定の名乗り:民族名」を過度に期待することで生まれる「教条的」な関わりを避けたいという実践手法の転換であった。<br> 以上の分析から,オールドカマー,ニューカマー両者を対象に据えた新たな実践の形が明らかになった。また公立学校と同校区内のNPOを事例とすることによって,実践の中心的役割を担ってきた2つの場を比較検討することができた。こうした教育実践の現状を記すことは,「在日外国人教育」の発展に有益な視点を提供すると考える。