著者
西野 浩史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.26-37, 2006-04-20 (Released:2007-10-05)
参考文献数
62
被引用文献数
1

広い動物界にあって聴覚を有し, これを同種間コミュニケーションに役立てている動物は前口動物の頂点に位置づけられる昆虫と, 後口動物の頂点に位置づけられる脊椎動物に限定される。系統的に大きく隔てられたこれらの動物が聴覚を発達させていることは, 収斂進化の典型例とみなされてきた。しかし近年の研究からは, 音を処理する感覚細胞は動物間共通の分子機構を持つことが明らかとなってきている。むしろ収斂進化のもっとも顕著な部分は音エネルギーを効率良く感覚ニューロンに伝えるための体構造の修飾にある。鼓膜がその良い例である。本稿では最近10年の聴覚研究の新発見を広くとりあげ, 昆虫の聴覚器官の進化について論じてみたい。
著者
下澤 楯夫 青沼 仁志 西野 浩史
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

神経系はなぜ多数の繊維からなる束なのか?多細胞生物としての当然の帰結なのか?これらの疑問は、つまるところ、神経系は進化の上での如何なる淘汰圧への適応の産物なのか、またその適応にはいかなる拘束条件が付きまとったのか、を問うことである。情報の生成(観測)にはエネルギー散逸が避けられず、感覚細胞における情報のエネルギーコストは統計熱力学上の理論限界である0.7K_BT[Joule/bit]に近い。本研究は、細胞の熱雑音感受性は進化を通して達成した適応ではなく、生命の起源に遡る拘束であることを明らかにし、資源や危害が時間的空間的に偏在する生存環境は情報伝送(観測)速度増大の淘汰圧として働くこと、それに対する唯一の適応方策は神経細胞の並列化であること、を次のように明らかにした。1)気流感覚毛で、揺動散逸定理に従ったブラウン運動を観察できることを光学計測によって示した。コオロギ尾葉上の近傍にある二つの気流感覚毛のブラウン運動の無相関性の計測は達成できなかった。2)気流感覚毛のブラウン運動と感覚細胞の電気的応答の相関(コヒーレンス)の実証には至らなかった。3)神経細胞は熱雑音領域で動作しており、情報伝送素子としての信号対雑音比が極めて低いことを、実証した。4)計測と平行して、信号対雑音比の極めて低い神経細胞のパルス列からでも、介在神経へのシナプス加重によって信号を再構成できることを理論的に示した。確率統計学や情報理論で、標本の平均値が母集団の真の平均値から外れる確率が標本数の平方根に反比例して少なくなる「加算平均原理」に着目し、熱雑音に拘束された細胞でも多数による加算平均によって、熱雑音以下の信号の検出精度が向上することを示した。もちろん「束」の前提として多細胞化は必要であるが、多細胞化の直接的生存価自体も、「加算平均原理」で説明できることを示した
著者
藍 浩之 西野 浩史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.110-121, 2007 (Released:2007-12-10)
参考文献数
58
被引用文献数
2 2

フォン・フリッシュがミツバチのダンス言語を発見してはや60年,ハチはダンスを“見る”のではなくダンスのときに生じる翅音を“聞く”ことによって蜜源までの方向と距離を計算していることが明らかになりつつある。この聴覚情報処理にあずかる感覚器官が触角基部にあるジョンストン器官である。われわれはダンス言語情報処理システム解明のための第一歩としてジョンストン器官の一次感覚中枢の同定に成功した。ジョンストン器官の感覚線維の投射パターンは従来考えられていた以上に精緻で,多数の並列情報処理経路を形成していることが示唆される。本総説では比較形態学の観点からジョンストン器官の研究のトレンドを広く紹介したい。
著者
西野 浩史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.26-37, 2006-04-20
参考文献数
62
被引用文献数
1

広い動物界にあって聴覚を有し, これを同種間コミュニケーションに役立てている動物は前口動物の頂点に位置づけられる昆虫と, 後口動物の頂点に位置づけられる脊椎動物に限定される。系統的に大きく隔てられたこれらの動物が聴覚を発達させていることは, 収斂進化の典型例とみなされてきた。しかし近年の研究からは, 音を処理する感覚細胞は動物間共通の分子機構を持つことが明らかとなってきている。むしろ収斂進化のもっとも顕著な部分は音エネルギーを効率良く感覚ニューロンに伝えるための体構造の修飾にある。鼓膜がその良い例である。本稿では最近10年の聴覚研究の新発見を広くとりあげ, 昆虫の聴覚器官の進化について論じてみたい。
著者
下澤 楯夫 西野 浩史 馬場 欣也 水波 誠 青沼 仁志
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

機械受容は、動物と外界との相互作用の「基本要素」であり、機械刺激の受容機構を抜きにして動物の進化・適応は語れない。従来、機械受容は「膜の張力によるイオンチャネルの開閉」といった「マクロで単純すぎる」図式でとらえられて来た。また、機械感覚の超高感度性の例として、ヒトやクサカゲロウの聴覚閾値での鼓膜の変位量が0.1オングストローム、つまり水素原子の直径の1/10に過ぎないことも、数多く示されてきた。しかし、変位で機械感度を議論するのは明らかに誤っている。感覚細胞は外界のエネルギーを情報エントロピーに変換する観測器であり、その性能はエネルギー感度で表現すべきである。エネルギーの授受無しの観測は「Maxwellの魔物」で代表される統計熱力学上の矛盾に行き着くから、いかなる感覚細胞も応答に際し刺激からエネルギーを受け取っている。コオロギの気流感覚細胞は、単一分子の常温における熱搖動ブラウン運動)エネルギーkBT(300°Kで4×10^<-21>[Joule])と同程度の刺激に反応してしまう。機械エネルギーが感覚細胞の反応に変換される仕組み、特にその初期過程は全く解明されていない。この未知の細胞機構を解明するため、ブラウン運動に近いレベルの微弱な機械刺激を気流感覚毛に与えたときの感覚細胞の膜電流応答の計測に、真正面から取り組んだ。長さ約1000μmのコオロギ気流感覚毛を根元から100μmで切断し、ピエゾ素子に取付けた電極を被せてナノメートル領域で動かし、気流感覚細胞の膜電流応答を計測した。長さ1000μmの気流感覚毛の先端は、ブラウン運動によって約14nm揺らいでいることは計測済みである。先端を切除した気流感覚毛を10-100nmの範囲で動かしたときの膜電流応答のエネルギーを計測し、刺激入力として与えた機械エネルギーと比べたところ、すでに10^6倍ほどのエネルギー増幅を受けていた。従って、機械受容器の初期過程は細胞膜にあるイオンチャンネルの開閉以前の分子機構にあることが明らかとなった。