- 著者
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辻 英史
- 出版者
- 法政大学公共政策研究科『公共政策志林』編集委員会
- 雑誌
- 公共政策志林 = Public policy and social governance (ISSN:21875790)
- 巻号頁・発行日
- no.2, pp.117-130, 2014-03
ドイツでは2000年代以降,市民参加を拡大する試みが続けられている。参加政策と総称されるこの試みは,市民の行政参加やボランティア活動を促進するため,法的条件整備だけでなく政治文化や社会福祉制度,国家の役割にいたるまで全面的に改革しようとするものである。本稿は,このようなドイツの現状を踏まえて,ドイツの市民参加がどのようなものであったのか,その実態を歴史をさかのぼって検証することで,現代の参加政策の立ち位置を探ろうとするものである。19世紀におけるドイツの市民参加は市民層を中心とし,社会福祉領域に中心があった。民間では社会改良主義的な関心の強い民間福祉団体が活躍し,都市自治体ではエルバーフェルト制度の名で知られる名誉職官吏による公的救貧事業が盛んにおこなわれた。このような市民参加の「古典主義時代」は,第1次世界大戦前後を境に大きな変化を遂げた。より教育と訓練を受けた専門職の比重が高まり,各民間団体や自治体は国家の社会福祉システムのなかに組み込まれる傾向が強まった。こうして市民参加の専門職化と組織化を特徴とする社会国家と呼ばれる社会福祉体制が形成され,その後のナチ期や戦後の西ドイツにおいても基本的に維持されてきた。1960年代から70年代にかけて,西ドイツでは新しい市民参加のスタイルが出現した。それは1968年に頂点を迎えた学生運動をはじめとする対抗文化や政治的批判運動の時期を経て,1970年代には,新しい社会運動と呼ばれる平和・環境・ジェンダーなどの問題を扱うオルターナティヴな志向を持つ市民グループが叢生した。このような「参加革命」と呼ばれる現象により,1980年代以降草の根民主主義型の政治文化が社会のなかに広まっていった。このような歴史的概観から見ると,現代ドイツの参加政策は20世紀初めから続いてきた社会国家型の市民参加のあり方を改め,1970年代以降の新しい社会運動に見られるような現状批判的・改革主義的なエネルギーを公的な領域に吸い上げることを目指していると考えられる。その試みの歴史的な評価はなお今後の課題である。