著者
都留 康
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.314-327, 2006-10

本稿の目的は,自動車販売会社A社の事例を取り上げて,職能資格制度に基づく人事制度から成果主義的人事制度への変化の内容とその経済的帰結を分析することにある.分析の結果,以下の点が明らかとなった. A社は,人件費の変動費化の推進,ならびに年齢・勤続に応じた処遇から成果に応じた処遇と成果責任の明確化という理念に基づき,2000年に人事制度を抜本的に改定した.その内容は以下の3点からなっていた.① 職能資格制度の廃止と「職務ベース」システムの導入,とりわけバンドと職務ステージの組み合わせによる賃金制度への変更,② 基本給に積み上げる形の単純な業績給からドロー・ライン(基本給とみなし時間外手当の合計値)まではいっさい業績給のでない仕組みへの変更,③ 保有能力と個人業績を総合的に評価していた人事考課制度から個人業績特化型の人事考課制度への変更,ならびに業績考課結果による職務ステージの決定,がそれである. そうした人事制度改革は以下のような帰結を伴った.① 人事制度改革の前後で,特に40歳未満層での賃金格差の拡大が顕著になっている.② 制度改革による販売台数(客観的業績指標)の変化をみると,新車に関しては約28%,中古車に関して約25%販売台数が増加している.③ ドロー方式業績給の導入は,特に従来低業績であった社員の生産性を向上させている.④ 業績考課の推移をみると,下位の職務ステージでは上位の考課結果がつきやすく,上位のステージでは下位の考課結果が相対的に多い,というパターンが認められる. 以上の結果から,新たな人事制度の導入により,営業スタッフの個人業績を向上させるというA社の人事制度改革の意図はほぼ実現した結果となっていることが判明した.This paper examines the nature and the economic consequences of performance-oriented HR system reform at a large Japanese auto dealership. Company A, the auto dealer, changed its HR system in 2000. The main objectives were to reduce the rigidity of personnel costs and to put more emphasis on individual performance rather than seniority and experience. Three major components of the reform were as follows: (a) the company transformed the wage system from a skill-based to a job-based system; (b) the company changed the commission system for the sales force from a linear compensation scheme to one kinked around the "draw" line; and (c) the company modified the performance rating system from conducting an overall evaluation of each employee's ability and performance to focusing on utilizing evaluations of individual performance. Econometric analysis of the personnel data has revealed the following points. First, following the reform, wage differentials increased for employees under forty years of age. Second, productivity effects amounted to a 24-percent increase in new car sales and a 12-percent increase in used car sales. Third, the reform had a stronger motivating effect on the new car sales force, while it had little motivating effect on the used car staff. Fourth, the new performance rating system strongly tended to generate improved results for most employees in lower-level job ranges while lowering results for poorly performing employees in higher-level job ranges, thus reducing wage rigidity for higher-paid staff. These findings indicate that Company A's new HR system has been effective in motivating and stimulating greater effort by the new car sales force. However, the productivity effect is not clear for the used car staff, and the higher draw line has negative effects on sales volume. Therefore, while A's transformation has proved partially successful, it has been accompanied by unintended side effects.
著者
中島 賢太郎 上原 克仁 都留 康
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.18-34, 2018-01

本稿は,企業内の社員間コミュニケーション・ネットワークの構造,およびそれが業務成果に与える影響について定量的に分析することを目的とする.ウェアラブルセンサによって,法人顧客向けソフトウェア・サポート業務を行う企業の2つの事業所の社員同士の対面コミュニケーション行動データを収集した.このデータを用い,まず,ソシオグラムによってコミュニケーション・ネットワークの構造を明らかにした.次いで,各社員の成果データ(生産性)を用い,コミュニケーションが個人および事業所の生産性に与える影響を分析した.その結果,コミュニケーション・ネットワークにおける媒介中心性の上昇は事業所の成果に頑健に正で有意な影響を持つことが示された.このことは,知的業務におけるコミュニケーションが知識・情報交換であるがゆえに,直面した問題に対し,適切に他の社員からコミュニケーションによって情報収集することが重要であることを示唆する.This paper empirically investigates the structure of communication networks among employees within a firm and the impact of the communication networks on their productivity. To collect information on face-to-face communication among employees quantitatively, we use wearable sensors that automatically record data on face-to-face communication among employees wearing them at two offices of a company that provides software support to corporate clients. Using the data, we first show the structure of the communication network using sociogram. Next, we investigate the impact of the communication network on productivity. The results show that an increase in betweenness centrality in a communication network has a positive and significant impact on office performance. Communication between employees can be interpreted as the transfer of their specialized knowledge. Thus, it is considered that an employeeʼs high betweenness centrality indicates that the employee efficiently gathers information from various colleagues through the communication network. These results imply that the efficient gathering of information through face-to-face communication with various colleagues who have specialized expert knowledge improves productivity by helping to solve complicated problems that employees face.
著者
都留 康
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.42-52, 2005-01

本稿の目的は,機械関連のメーカーA社が1993年度と96年度に実施した2回の希望退職募集を分析対象とし,希望退職応募者と在職者全体ならびに自己都合退職者とを比較することにより,両者の査定点などにどのような差異があるのかを分析することにある.A社人事データを分析した結果,以下のことが明らかとなった.まず,第一次雇用調整においては,在職者全体と希望退職者との比較,ならびに自己都合退職者と希望退職者との比較から,希望退職者の職能資格等級や給与は相対的に高いにもかかわらず,査定点は在職者と同等程度であり,自己都合退職者よりも低いことが判明した.つまり,この回は,希望退職者は会社にとって辞めてほしい人だったといえる.次に,第2次雇用調整においては,同様の比較から,管理職層では在職者全体と希望退職者との間の査定点はほぼ同等程度であったが,非管理職の資格の低い層では希望退職者の査定点が有意に高く,自己都合退職者と希望退職者との間には査定点の差はないことが明らかとなった.これから,非管理職層で能力の高い者が流出している可能性があるといえる.希望退職には指名解雇とは異なり「誰が辞めるかわからない」面がある.A社の事例は,優遇条件や勧奨活動によっても,会社が辞めてほしい人だけが辞めるのではなく,成績優秀者も流出するという逆選択現象が希望退職には伴うことを明らかにしている.
著者
都留 康 阿部 正浩 久保 克行
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.264-285, 2003-07

従業員個々人に支払われる月例給与,賞与,年収などの報酬は何によって決まるのか.また,近年,日本企業においては,人事戦略変更や人事制度改革が盛んだが,それは結果的に報酬構造にどのような影響を及ぼしているのか.この論文では,従来ほとんど用いられることのなかった企業内人事データに基づき,この2つの問題への接近を試みた.第1の問題に関しては,年齢や勤続年数も少なからぬ影響を与えているものの,日本企業の報酬構造を決定するもっとも重要な要素は,職能資格であることを明らかにした.第2の問題については,過去数年間において,日本企業は賃金に対する年齢や勤続年数の効果を小さくし,査定や役職の効果を大きくするという方向に報酬構造を変化させてきたという証拠を提示した.とりわけ,人事制度を職能資格制度から職務等級制度や役割等級制度へと移行させた企業では,査定の効果を強めるという前提のもとで,賃金の下方硬直性を是正し,賃金と仕事とのより直接的な関連づけが目指されていることを示した.
著者
都留 康
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.314-327, 2006-10

本稿の目的は,自動車販売会社A社の事例を取り上げて,職能資格制度に基づく人事制度から成果主義的人事制度への変化の内容とその経済的帰結を分析することにある.分析の結果,以下の点が明らかとなった. A社は,人件費の変動費化の推進,ならびに年齢・勤続に応じた処遇から成果に応じた処遇と成果責任の明確化という理念に基づき,2000年に人事制度を抜本的に改定した.その内容は以下の3点からなっていた.① 職能資格制度の廃止と「職務ベース」システムの導入,とりわけバンドと職務ステージの組み合わせによる賃金制度への変更,② 基本給に積み上げる形の単純な業績給からドロー・ライン(基本給とみなし時間外手当の合計値)まではいっさい業績給のでない仕組みへの変更,③ 保有能力と個人業績を総合的に評価していた人事考課制度から個人業績特化型の人事考課制度への変更,ならびに業績考課結果による職務ステージの決定,がそれである. そうした人事制度改革は以下のような帰結を伴った.① 人事制度改革の前後で,特に40歳未満層での賃金格差の拡大が顕著になっている.② 制度改革による販売台数(客観的業績指標)の変化をみると,新車に関しては約28%,中古車に関して約25%販売台数が増加している.③ ドロー方式業績給の導入は,特に従来低業績であった社員の生産性を向上させている.④ 業績考課の推移をみると,下位の職務ステージでは上位の考課結果がつきやすく,上位のステージでは下位の考課結果が相対的に多い,というパターンが認められる. 以上の結果から,新たな人事制度の導入により,営業スタッフの個人業績を向上させるというA社の人事制度改革の意図はほぼ実現した結果となっていることが判明した.
著者
大湾 秀雄 川口 大司 都留 康 都留 康 鈴木 勘一郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009-04-01

内部労働市場の機能や人事制度の効果を計測するために、従業員個人レベルの生産性/評価、報酬などが利用できる人事データのアーカイブ構築を目指した。大手企業向けERPパッケージの開発・販売会社ワークスアプリケーションズと(独)経済産業研究所との間の産学官連携プロジェクトとしてスタートし、平成25年度までに、製造業2社の人事データを用いた分析を進めた。(1)組織内で男女賃金格差が生じている背景として、出産後のキャリアの中断、および男女の労働時間格差がある、(2)就職氷河期に同期入社人数の減少を経験した世代は、長期的には昇進確率の改善により将来の報酬にプラスの影響がでる、等新たな知見を明らかにした。