著者
豊島 よし江
出版者
了德寺大学
雑誌
了德寺大学研究紀要 = The Bulletin of Ryotokuji University (ISSN:18819796)
巻号頁・発行日
no.10, pp.77-86, 2016

本研究の目的は、江戸時代の人口調節としての間引き・堕胎の実態、また通過儀礼としての産育習俗から見た日本の子育て、日本人の子ども観について文献を通して考察することである。歴史を通して見えてきたのは「堕胎・間引き」は全国的に慣習として存在したこと。堕胎法としては子宮収縮作用のある植物を用いる・冷水に浸かるなどであった。間引き法としては濡紙を口に当てる、手で口をふさぐなどの直接的なものとネグレクトなど間接的方法があった。これらの根底には貧しさがあり、親たちが生きるためのやむにやまれぬ選択であった。そして、そこには「7歳までは神の領域に属するもの」として「子どもを神に返す」という古来の日本人の精神があった。また、七五三に見られる通過儀礼は、子どもが無事に生まれ、無事に育つことの困難な時代にあって不安定な時期を乗り越えた節目の儀礼であった。そこには生まれた子どもを慈しんだ日本人の英知と祈りがあった。

言及状況

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https://t.co/pF0Ug47TyZ たまに何で日本にはこんなにお寺があるんやろうとか昔の人って信仰心強いんやろう、偉いなぁって思ったりするけど、きっとこういうことを知ってるからなんやろうな。
ネットの検索で出てきた資料で一番参考になったのはこちら これによると、江戸時代に堕胎目的で使われていたのは、漢方・ホウセンカの実・シャクヤク・ボタン・ムラサキ・はっか・するめ・蚕・唐辛子・水銀・黒鉛 だそう https://t.co/rNJhN3K60Q
江戸時代後期の堕胎・間引きについての実状と子ども観(PDF) 遊郭を語るのであれば当時の庶民の生死感も学んだ上、清濁併せ持った感覚で論じなければ不誠実。 https://t.co/YyScLWwbld
「女が産まれても労働力として役に立たないから殺す時代の再来」 みたいな未来予想の話っすか? 引用画像出典元: 江戸時代後期の堕胎・間引きについての実状と子ども観(生命観) https://t.co/NIDuiro5Vg https://t.co/UyU8dBizP0 https://t.co/VooeWIZCo2
@KGTpj3JXglOkKHV 飲み薬、挿入薬、(現代で言う)コンドーム、ベッサリーとか色々あったらしいですが やはり妊娠してしまうこともあって「中条流」という堕胎専門医もいたとか https://t.co/fDXlbsefPf
なるほど面白い https://t.co/YYb0IW6cpz
@vvvooolllkkk @No9musashi @k2c74613363 @h_sud @jupiterthunder_ @leothecat690915 @sft78856 @fatenanoha2011 @ihcuamay3747 @LDHJustice ある植物 を用いる・冷水に浸かるなどであった.間引き法としては濡紙を口に当てる,手で口をふさぐなどの直接 的なものとネグレクトなど間接的方法があった.https://t.co/VXrv8hv4kX
江戸中期頃は飢饉や大量死なんかあると藩が率先して「間引き禁止令」を発令したり、間引きは良くないと言ったポスターが貼られるようになったり、養育料や「子孫繁盛手引き草」と言ったテキストを配られるようになる。 pdf https://t.co/KKBEMYZJ54
「江戸時代の出産のうち10~15%が死産であった.さらに1歳までの乳児の死亡率が特 に高く,5歳までの幼児の死亡率は20~25%であった」 https://t.co/e7m5Edihts
当時は全国的に慣習として嬰児を間引くことが定着していたらしいし、諸藩もそれを禁止しようと動いてる。 豊島よし江(2016)「江戸時代後期の堕胎・間引きについての実状と子ども観(生命観)」『了徳寺大学硏究紀要』第10号 了徳寺大学pp.77~86 https://t.co/O3ESfq6Vff
#一日一回ぼたもち ここぼたもちポイント。 なお内容は堕胎と間引きの話の模様。 時代背景があるとはいえ、辛いなヤス... https://t.co/3d9P2skhrU https://t.co/TpPLC8LEOc

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