著者
崔 宗煥 ジョンホァン チェ JONG-HWAN CHOI
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.1-20, 2016-09

2015年7月21日,韓国の朴大統領は,「公共」,「労働」,「金融」および「教育」などの4大部門における改革を2015年下半期の国政運営の核心的課題として宣言し,同年8月20日,国民向けの談話を発表した。この政府の方針を巡っては,当初から多くの批判や指摘が絶えず,今に至るまでに具体的な成果はみられていないといえる。とりわけ,労働部門改革に注目すれば,すでに,「通常賃金・勤労時間の短縮・定年延長」などの3大原案を巡り,いわゆる大統領直属の経済社会発展労使政委員会(経済社会発展労使政委員会法(法律第8852号)により設立された大統領所属の諮問委員会であり,1998年1月15日,第1期労使政委員会が開かれ,主に,労働政策とこれと関連する経済・社会政策などを協議することを目的とし,大統領に対する政策諮問の役割をも遂行する)では,経済界と労働界の意見の隔たりがあまりにも大きく,政界でも野党からの強力な反発が続き,課題解決への展望は決して明るくない。朴大統領は,「労働市場,雇用市場の構造改善のために推進している定年延長と賃金ピーク制など賃金体系の改変をいち早く終えなければならず,労働改革は,つまり働く場の維持及び新しい仕事の創出,とりわけ青年の働く場の創出にとって要となるから…」とした。本稿では,戦後の韓国経済の成長に伴って変化してきた労働市場における環境変化を振り返りながら,とりわけ,現状における労働市場の最大の課題といえる若者の失業率問題に焦点を当て,その実態把握と,問題発生の背景にどのような要因があるのかについて分析することを目的とする。
著者
尾上 修悟 オノエ シュウゴ ONOE SHUGO
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.1-48, 2015-12

ギリシャは周知のように,巨額の公的債務を抱えたことから,2010年以来,再三にわたってディフォールトの危機に晒された。それを回避するために,ギリシャはEU,ECB,並びにIMFから成るいわゆるトロイカ体制によって金融支援を受け,それと引換えに厳しい引締め政策と構造改革を強いられた。ギリシャの一般市民の生活は,この5年間で困窮ぶりを極めた。失業の増大や賃金・年金の減少は,一挙に人々を貧困に追い込んだのである。それは,ほとんど人道的危機とも言える状況であった。ギリシャ市民は,そのような悲惨な生活を送る中で,既成政党の政策に対する反感を非常に強めた。こうした市民の動きが,ついに新しい政権を誕生させたのである。2015年1月25日のギリシャの総選挙において,A.ツィプラス(Tsipras)の率いるシリザ(Syriza)が勝利を収めた。一般に急進左派連合と称されるシリザは,2012年の選挙で急激に台頭してから3年でついに政権を握った。既成政党以外の左派政党が勝利したのは,戦後のギリシャで初めてであった。それが欧州全体,及び全世界に与えた衝撃は極めて大きかった。ただ,ギリシャ国内においては,戦後の左翼勢力の継続的な大きさからして,とりたてて驚くほどのものではなかった。とりわけ2012年の欧州による第2次金融支援以降におけるギリシャの経済・社会状況の著しい悪化は,人々の気持を,彗星の如く現れたシリザの支持に傾かせた。かれらこそが,我々を救ってくれるという思いを一般市民は抱いた。そして,そうした思いはギリシャのみならず,スペインを代表とする他の南欧諸国の人々,ひいては欧州全体の左翼を支持する人々に伝
わったのである。一体,シリザはどのようにして勝利したか,かれらを勝利に導いたのは何であったか,かれらの基本方針は何であるか,あるいはまたその勝利の影響はどのように現れたか。思い浮かぶ問いは尽きない。本稿の目的は,これらの問題を検討しながら,ツィプラス政権がギリシャで成立したことの経済・社会・政治的意味を総合的に考えることである。
著者
崔 宗煥 ジョンホァン チェ JONG-HWAN CHOI
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.21-47, 2016-09

近年,韓国経済は,中国経済の成長鈍化に伴う世界的な不況が懸念されている中で,その経済成長率の下落が危惧されている。いわゆる「チャイナ・ショック」による世界的な不況の兆しが,韓国経済のあらゆる部門において露呈し,その影響は拡大しつつある。第2次大戦後の日本経済の高度経済成長を追いかけるように,「ハンガン(漢江)の奇跡」ともいわれた高度経済成長を成し遂げてきた韓国経済の成長は,近年,その成長の勢いを失いつつあるのではないかという状況が続いている。本稿では,近年における韓国経済の成長率鈍化とそのパターンの変化に注目して,戦後から最近に至るための成長を振り返ることによって,成長パターンの変化がいつからであったのか,そして,その変化の背景にはどのような要因があるのかについて,主としてマクロ的な視点,つまり国民所得統計データから探ってみることを目的とする。
著者
尾上 修悟 オノエ シュウゴ ONOE SHUGO
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.49-96, 2016-09

ツィプラス政権は,シリザのマニフェストで明らかにされたように,欧州と決別するつもりはなかった。かれらは,あくまでもユーロ圏に留まることを前提として,これまでに遂行されてきた緊縮政策から脱出し,自律的で内発的な構造改革を推進することを意図した。その上で債権団に対して金融支援を求めること,これがツィプラス政権の基本的なねらいであった。果して,それはスムーズに達せられたであろうか。そこには様々な問題が潜んでいた。首相のツィプラスにしても財務相のヴァルゥファキスにしても,対外的な交渉は初めての経験であった。ヴァルゥファキスに至っては,政治家としての経験も皆無であった。かれらにとって,交渉の直接的対象となるユーログループがいかなる組織でどのように運営されているかを知る由もなかった。主たる交渉相手が,政治家というよりはむしろEUのテクノクラートであったことも,かれらにとって大きな障害になったことは容易に想像できる。他方で,他のユーロ圏のパートナーが,そもそもツィプラス政権の基本的政策に対して反対する姿勢を強く示したことは,交渉を一層難しくさせた。ドイツはもちろんのこと,南欧の盟主であり,ギリシャをサポートできるはずのフランスさえも,規律を守る責任と義務を強調しながらかれらに譲歩する姿勢を示さなかったのである。さらには,ツィプラス政権が一枚岩の政策を打ち出すことができなかったことは,大きなマイナス耍因となった。シリザの党内において,穏健派と過激派の対立が当初より見られたし,また連立与党内においても,シリザと独立ギリシャ人党との間で意見の食違いが生じたのである。以上のような様々な要因が絡む中で,ギリシャと債権団の金融支援交渉は初めから難航し,最終的に決裂した。本稿の目的は,そのプロセスを詳細に追跡しながら,一体,両者の間で何が問題になったかを明らかにすることである。そうすることによって,それらの問題が,ギリシャと欧州にとって何を意味するかを考えること,それが本稿の間接的動機となっている。
著者
近藤 春生 コンドウ ハルオ KONDO HARUO
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.103-124, 2014-12

我が国では,特にバブル崩壊後の1990年代に景気対策として公共投資が積極的に用いられてきたにも関わらず,景気回復が思わしくなかったこともあり,公共投資の有効性や,社会資本の効率性について懐疑的な見方がなされるようになって久しい。しかしながら,2012年の総選挙で約3年ぶりに政権に復帰した自民党は「国土強靭化」をスローガンに,再び公共投資を増額する意向を示している。少子高齢化を背景に,我が国の財政状況はより厳しくなることが予想され,効率的な予算配分を実現するためには,公共投資(もしくは社会資本)の質を高めることは喫緊の課題であるといえる。また,不況局面に入ると,特に公共事業への依存度が高い,非都市圏において,地域経済対策として公共投資を求める声も依然として聞かれ,公共投資(社会資本)が地域経済にどのようなインパクトを与えているかを分析することは今なお重要であると考えられる。公共投資を含む公的支出や社会資本と地域経済の関係について実証的に分析したものとしては,例えば,土居(1998),林(2004a,b)や近藤(2011)があげられる。これらの研究では,都道府県単位のパネルデータを用いて,社会資本を含んだ生産関数の推定や,ベクトル自己回帰(VAR)モデルによる分析を行っている。ただし,公共投資の効果や社会資本の効率性は,その内容(産業基盤か生活基盤か,道路か住宅か)によっても大きく変わるであろう。そこで,本稿では,地域経済への貢献がしばしば期待され,事業規模が最も大きい道路に着目して,社会資本ストックとしての道路資本と地域経済との関係について,都道府県単位のパネルデータを用いたVARモデルによって明らかにすることを試みる。具体的には,道路資本と生産量,民間資本,雇用との相互関係を明らかにする。また,道路の種類による違いを考慮すべく,国道と地方道に分けて分析するほか,地域および時期による違いも考慮に入れるべくサブサンプルを用いた分析も行うこととする。本稿の構成は,以下の通りである。第2節では,社会資本や道路資本の経済効果に関する先行研究を概観し,論点整理を行う。第3節では,実証分析の枠組みとデータを説明し,推定結果について述べる。第4節はまとめである。
著者
三宅 伸治 ミヤケ シンジ MIYAKE SHINJI
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学経済学論集 (ISSN:02863294)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.73-97, 2015-09

若年失業の問題は広く知られている.若年世代の失業率が他の世代の失業率よりも高いことは多くの国に共通する特徴である.若年失業は,所得分配の問題だけでなく,人的資本蓄積の阻害を通じ経済成長とも関連があると考えられ,将来の雇用問題やGDPへ与える影響が懸念される.このような状況のもとでは,若年失業と経済成長の関係を分析することは自然な流れのように思えるが,そのためには,労働者の世代を明示的に区別した経済成長モデルが必要となる.しかしながら,そのような経済モデルは,筆者の知る限り,それほど多くない.近年,失業を含む世代重複モデルが様々な分野に応用されるようになった.例えばBean and Pissarides(1993) は失業と経済成長の関係,Ono (2010) は年金と経済成長の問題,Yakita(2014) は財政赤字の持続可能性の問題,Azariadis andPissarides(2007) およびHiraguchi(2011) は国際資本移動の問題を世代重複モデルによって分析している.しかしながら,このようなモデルは,労働する世代を区別しない.すなわち,若年期に労働を供給するのみで,翌期は引退するという設定になっている.複数の世代が労働を供給するモデルとしては,Modesto(2008) やGorry(2013) があるが,資本蓄積も同時に分析する目的には適していない.三宅(2010) では,若年の労働者と壮年(2 期目) の労働者を明示的に分けて失業と資本蓄積の関係を描写しようとした.しかしながら,三宅(2010) にはモデル内で資本蓄積が生じにくいという問題があった.これは分析を簡単化するため,引退世代を捨象,すなわち,存在する2世代ともに労働を供給すると仮定したことが原因であった.この仮定は二つの経路から経済全体の資本蓄積を阻害する.一つは,壮期にも所得を受け取るため若年期に貯蓄が少なくてもすむことである.もう一つは,壮年期の翌期は存在しないため,壮年期にも貯蓄をする誘引がないことである.このような理由から,経済全体として貯蓄が増えず資本蓄積が進まなかった.そこで,貯蓄を発生させるために,壮年期の所得が著しく少なくなる,あるいは,壮年世代の失業率が高くなるようなパラメータを設定した.三宅(2010) は異なる世代の失業率が変化していく様子を分析可能であるという利点はあるものの,現実的な政策的含意を得るためには,この問題点を改善する必要がある.本稿のモデルの特徴は,(1) 引退し労働を供給しない世代(老年世代),および,(2) 外部性として学習効果(Learning by Doing) を導入したことである.(1) は,前述の通り資本蓄積を促進させる効果を持つ.引退前の世代は貯蓄をすることになり,経済全体の貯蓄水準を引き上げるからである.しかしながら,(1) の設定により動学的性質は均衡経路は3 階差分方程式として描写されることになる.そこで(2)仮定により,均衡経路を2 階差分方程式に簡単化することが可能になった.(2)の設定は内生的成長を生む源泉となることが多いが,本稿の設定のもとでは内生的成長は発生せず,定常状態へと収束していく.また,一定の条件のもとで,定常均衡が少なくとも一つ存在する条件を示した.さらに,定常均衡が安定的であることを数値例によって示し,その過程で,両世代の失業率が推移していく状況を示した.本稿の構成は次の通りである.第2節でモデルの設定を述べる.第3節で競争均衡を描写し,数値例により定常均衡の存在およびその安定性について分析する.第4節はまとめである.