- 著者
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藤本 隆宏
- 出版者
- 東京大学大学院経済学研究科
- 雑誌
- 経済学論集 (ISSN:00229768)
- 巻号頁・発行日
- vol.81, no.3, pp.2-19, 2017-02-01 (Released:2022-01-25)
- 参考文献数
- 11
- 被引用文献数
-
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本稿では,実態としての産業経済,とくに中小中堅企業を含む戦後日本の製造業において多く観察されてきた「現場指向企業」が,現代の標準的な教科書に登場する利益最大化を目指す資本指向企業とは行動パターンを異にしていることに着目し,企業の「現場指向性」(genba-orientedness)を前提とした簡単な古典派経済学的なモデルでその特性を分析してみる.ここで現場とは付加価値を生む場所であり,地域に埋め込まれ,自らの存続と雇用維持を目指す集団的意思を持ったある種の経済主体である.したがって「現場指向企業」の目的は,利益最大化を指向する教科書的企業の場合とは異なり,①企業の一部としての自らの存続(目標マークアップ率の確保)と,②地域の一部としての雇用量の維持の2つとなる.より具体的には,実際に観察される現場指向企業の行動を抽象化する形で,製品市場と労働市場における価格と数量,すなわち財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N),を4軸とする4象限グラフを作成し.これを「PXNWモデル」と呼ぶ.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理を伴う古典派経済学的な生産価格),右下がりの需要曲線(製品差異化を前提とした独占的競争),リカード的な労働投入係数を介したリニアな必要労働力曲線,水平の労働供給曲線,および労働投入係数を介したリニアな賃金・費用曲線が仮定される.次にこのモデルを用いて,現場指向企業が,冷戦期の価格安定状況における生産性向上・賃金向上・有効需要創出を経て,利益率と雇用数という2つの目標を同時に満たすある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.次に,冷戦後のグローバル競争による価格低下状況における現場指向企業も,価格低落・生産性向上・有効需要創出を経て,ある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.要するに,現場指向企業が,一定の利益率と雇用数の確保,及び実質賃金の向上を目指すのであれば,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行うことが必須であることを,この古典派経済学的モデルは示唆している.すなわち,実際の戦後日本の製造企業の典型的な行動パターンをよりよく描写できているのは,教科書的な利益最大化企業のモデルよりはむしろ,一定の利益率と雇用数を同時に追求する「現場指向企業」モデルである可能性を,本稿は示している.