著者
塚本 泰造
出版者
熊本大学文学部国語国文学会
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.409-419, 2002-02-23

本稿では、本居宣長の著述に見られる「から」の考察(塚本(二〇〇一)に引き続き、賀茂真淵の著述に見られる「からに」「からは」(以下これを「から」系とする)を取り上げ、擬古文という表現の背後に、日本語の、論理的性格への変貌がどのようにうかがわれるかを考察する。
著者
堀畑 正臣
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.1-16, 2012-02-10

室町期の「生涯」の意味とその変遷について、本稿ではまず、『看聞日記』に於ける「生涯」の中、熟語を形成する「及生涯」「懸生涯」「失生涯」「生涯谷」等の用例を示し、その意味を考察する。
著者
塚本 泰造
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1-49, 1988-09-10

いわゆる「陳述論争」の帰結の一つは、文法用語としての「陳述」の定着である。現在の構文論において、「陳述」を項目として論ずべき部分は多いであろう。ところで、この論争の過程で、論者が必ずなさねばならない作業があった。それは、山田文法の「陳述」「統覚作用」これら二つの文法用語の関係を見極める事であった。文法用語としての「陳述」が山田博士によって初めて取り入れられたとされる以上、論者自身の「陳述」(あるいはそれ相当の何か別の言葉)のオリジナリティを明確にし、山田文法の批判克服に向かうためにも、右の語義の検討は重要なことであった。そして、論者の「陳述」「統覚作用」の関係の理解は、統一されているとは言えないのである。
著者
塚本 泰造
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1-49, 1988-09-10

いわゆる「陳述論争」の帰結の一つは、文法用語としての「陳述」の定着である。現在の構文論において、「陳述」を項目として論ずべき部分は多いであろう。ところで、この論争の過程で、論者が必ずなさねばならない作業があった。それは、山田文法の「陳述」「統覚作用」これら二つの文法用語の関係を見極める事であった。文法用語としての「陳述」が山田博士によって初めて取り入れられたとされる以上、論者自身の「陳述」(あるいはそれ相当の何か別の言葉)のオリジナリティを明確にし、山田文法の批判克服に向かうためにも、右の語義の検討は重要なことであった。そして、論者の「陳述」「統覚作用」の関係の理解は、統一されているとは言えないのである。
著者
坂田 一浩
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.80-93, 2003-03-25

現代語において「AもBは」という形式をとる、『彼も数学は苦手だ。』『そっくりな二人も、歯の色は違う。』『あの鬼社長もカミさんには滅法弱い。』『君もやる時はやるんだね。』のような諸例には、共通した或る特徴的な意味構造が見出される。そしてそれは、ここに現れている助詞「も」「は」がそれぞれ、「極端例の提示」および「対比・限定」という含みを帯びることによってはじめて明示され得るものと考えられる。本稿ではこのような現象と、その要因について、古典語、とりわけこの形式を意図的に修辞技法として用いたと見られる古典和歌に遡って検証することをその目的とする。
著者
藤本 憲信
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.267-284, 2014-03-06
著者
徳岡 涼
出版者
熊本大学
雑誌
国語国文学研究 (ISSN:03898601)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.19-32, 2003-03-25