著者
大野 雄康
出版者
日本救命医療学会
雑誌
日本救命医療学会雑誌 (ISSN:18820581)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.14-22, 2023 (Released:2023-04-10)
参考文献数
17

Physician-scientistとは,臨床現場で医師として働きながら基礎医学研究を行い,基礎と臨床の橋渡しをする研究者である.救命救急の臨床現場で日々患者に向き合い,真剣に臨床に取り組んでいると,ふと「この生命現象はなぜ起きるのだろう」と疑問が湧いてくる事がある.第一線の臨床現場から出てくるこのような疑問こそが,真に重要な「問い」であり,この「問い」の検証こそがphysician-scientistが行わなければならない研究である.基礎医学と実臨床を橋渡しするためには,両方の世界を知っていなければならない.救命救急医がやらなければならない基礎研究は,確実に存在している. 筆者は救命救急医としてのキャリアを積むなかで,「なぜ重症患者に骨格筋萎縮が発生するのだろう」という臨床的な疑問を抱くようになった.この疑問を解決するために,薬理学の大学院に入学し基礎研究を進め,この「問い」に自分なりの回答を見出すことができた.そこで得た経験と,仲間と「一緒に大切な事を成し遂げた」経験は,自分にとってかけがえのない財産である. 基礎研究の醍醐味は,分子レベルから疾患のメカニズムを明らかにし,その本態にせまり,このような「問い」にクリアに答えることにある.臨床研究よりもデザインの制約は少なく,自由度が高い.さらに処置群と対照群の背景をそろえることができるため,きれいな結果が期待できる. しかし基礎研究の大部分は,実験室での地道な手作業に費やされ,時間も費用も労力もかかる.多大なコストを払って行った実験が結果にたどり着かず,失意を味わうこともある.筆者自身「こんなこと,やめてやる」と思ったことは,1度や2度ではない.しかしそれでもなお,地道な努力や苦労の結果得た,「新しい発見」の喜びは何にも代えがたいものである. 輝かしい「救命医療の未来」を作るために,そのようなphysician-scientistの存在はかかせない.さて,あなたにとってphysician-scientistは良い選択だろうか? 本稿では,筆者の経験を踏まえ判断材料を提供する.
著者
浦瀬 篤史 上田 敬博 生越 智文 岩本 博司 福田 隆人 一ノ橋 紘平
出版者
日本救命医療学会
雑誌
日本救命医療学会雑誌 (ISSN:18820581)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.1-6, 2023 (Released:2023-03-08)
参考文献数
13

【背景】 全国的に熱傷患者はIH (電磁誘導加熱 : induction heating) や温度設定式給湯器などの普及や, 安全技術の進歩により減少している. 熱傷センターを開設して1年が経つが, 南河内地域を診療圏とする当センターには多くの小児熱傷の患者が受診・搬送されている. 熱傷患者が減少している昨今, なお発生する小児熱傷の原因を精査して発生予防や啓発のためこれらを分析した. 【対象と方法】 2018年9月から2019年9月までに当センターに搬送された熱傷患者は60例で, そのうち18歳未満の23例の小児熱傷について就学児と未就学児の2群に分けて, 性別・TBSA (熱傷面積 : Total body surface area), 受傷時間, 受傷機転について有意差の有無を評価した. 全ての検定はEZR (埼玉, 日本) を用いて行った. 【結果】 主要評価項目として, 未就学児と就学児間で, TBSA には有意差を認めなかった (P=0.78) . しかし, 未就学児に比べて就学児では男児の割合が多かった. 23例の受傷機転としては高温液体によるものが16例と最多であった. 高温液体による受傷の多くは食事時間と重なっており, 夕食時が最多であった. 【考察】 小児熱傷では重症例は少なかった. 未就学児童が多く, 食事時間帯に好発し, 高温液体による受傷が最多であった. これらの情報を基に注意喚起するべきだと考えた.
著者
清水 光治 若杉 雅浩 渕上 貴正 波多野 智哉 川岸 利臣 松井 恒太郎
出版者
日本救命医療学会
雑誌
日本救命医療学会雑誌 (ISSN:18820581)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.23-28, 2023 (Released:2023-04-28)
参考文献数
11

【目的】 院外心肺停止への器具を用いた気道確保の是非や最適なタイミングには, いまだ十分なエビデンスがない. JRC蘇生ガイドライン2020では初期心電図波形と関連づけての器具を用いた気道確保の実施タイミングの検討が必要としている. そこで実際の病院前救護での器具を用いた気道確保完了時間に影響を与えている因子を明らかにする目的で本研究を実施した. 【方法】 2013年1月から2021年12月の9年間に白山野々市広域消防本部管内での全心肺停止事案のうち, 外因性を除き内因性かつ器具を用いて気道確保された事案を対象とした. 気道確保完了時間に影響を与える可能性のある因子 (電気的除細動適応可否, 発生場所, 出動隊員数, 救急救命士乗車数, 実施特定行為内容) について, 気道確保完了時間の中央値を算出し, 求めた中央値を基準に器具を用いた気道確保完了時間が短時間群と長時間群の2群に分けて比較検討した. 【結果】 調査対象となった全心肺停止傷病者事案は880件, うち検討対象となった事案は542件であった. 器具を用いた気道確保完了時間の中央値は4分 (最小値1分-最大値24分) であった. 単変量解析では救急救命士2名以上乗車群は救急救命士1名乗車群に比べて (p<0.01), 活動隊員4名以上群は3名群に比べて (p<0.05), 有意に器具を用いた気道確保完了時間が早い結果となった. さらに, 多変量解析を行ったところ, 救急救命士乗車数2名以上 (vs 1名, オッズ比2.809 [95%信頼区間1.889-4.179]) が気道確保完了時間に影響していることが明らかとなった. 【考察】 救急救命士が2名以上乗車することで, 並行して器具を用いた気道確保および静脈路確保・薬剤投与の処置を行えたため, 1名乗車に比べて器具を用いた気道確保完了時間が有意に早い結果となったと考えられる. 【結語】 病院前救護における気道管理戦略において, 単に乗車人数を増やすのではなく, 救急救命士の乗車人数の増加が迅速な器具を用いた気道確保に繋がることが示唆される.
著者
吉田 稔 平 泰彦 尾崎 将之 斎藤 浩輝 吉田 徹 桝井 良裕 藤谷 茂樹
出版者
日本救命医療学会
雑誌
日本救命医療学会雑誌 (ISSN:18820581)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.14-18, 2022 (Released:2022-09-30)
参考文献数
6

集中治療領域での分離肺換気 (independent lung ventilation, 以下ILV) は稀であり, 適切な呼吸器設定は不明である. 近年, 人工呼吸器関連肺障害に関連する因子を統合したエネルギー量を示すMechanical power (以下MP) が注目されている. MPは駆動圧や1回換気量に加え, 呼吸数, 最高気道内圧から計算され, MPと死亡率の関連が報告された. われわれは片側に偏った重症肺炎2例に対し, double-lumen tubeを用いて左右別々の呼吸器設定で患側肺のrest lungを念頭においたILVを行い, 良好な結果を得た. ILVでの肺保護戦略を探索するため, MPを用いて後ろ向きに2例を検証した. ILV後の左右合計したMPはILV前に比べ低減した (症例1: 28.7 J/分→9.3 J/分, 症例2: 8.8 J/分→5.2 J/分). また, 障害肺のMPは1.0 J/分以下であった (症例1: 0.1 J/分, 症例2: 0.7 J/分). 患側rest lungの設定では, 左右合計のMP はILV前と比較し低減, さらに, 患側のMPは1.0 J/分以下であった. ILVによる患側rest lungが健側に大きな影響を及ぼさずに管理でき, MPの観点からも, 適正な人工呼吸器設定であった可能性が示唆された.