- 著者
-
岩橋 尊嗣
- 出版者
- 社団法人 におい・かおり環境協会
- 雑誌
- におい・かおり環境学会誌 = Journal of Japan Association on Odor Environment (ISSN:13482904)
- 巻号頁・発行日
- vol.41, no.3, 2010-05-25
巻頭に掲載したさまざまなバラの写真,印象はいかがですか? 印刷インクにバラの香りのマイクロカプセルを使用すれば,臨場感は増したのですが,それは次の機会に取っておきます.<BR>2009年11月,「青いバラ」が満を持して市場に出され,クリスマス商戦に花を添えた.開発に着手してから,およそ20年の歳月が流れたという.2004年,青いバラが出来たというプレス発表を記憶されている方も多いのではないでしょうか.同年4月から10月に静岡県浜松市で開催された"浜名湖花博"に,この青いバラは展示された.私事で恐縮であるが「百聞は一見に如かず」生来の野次馬根性も手伝って,さっそく花博会場を訪れた.「青いバラ」はガラス製のケースに収められており,風で揺らぐこともなく,勿論香りは全く伝わってこない.言葉は悪いが,一瞬目の前に造花が現れたように感じたことを記憶している.青いバラの開発については,開発中のさまざまな苦労話も含めて,中村氏ら(サントリーホールディング(株)他)に執筆していただいた.研究開発は粘り強く,そして継続性が大切であることを思い知らされる.<BR>"花の女王(香りの女王)"とも呼ばれるバラ,古代エジプトの女王クレオパトラは,バラを浮かべた湯船につかっていたとか.当時もバラは最高級の花の一つであったに違いない.日本の有史以前,ギリシャ,エジプト,ローマ時代に,すでにバラは珍重されていたのである.上田氏(岐阜県立国際園芸アカデミー)には人類とバラとのかかわりを歴史的な背景を織り交ぜて執筆していただいた.<BR>紀元前の時代から親しまれてきたバラは,品種も膨大で,系譜図もかなり複雑である.バラの香りは花弁から発散される.しかし,バラの長い歴史の中で,香りは勿論であるが,それよりも視覚にうったえる品種の開発が優先されてきた経緯がある.蓬田氏ら((株)蓬田バラの香り研究所)は,バラの香りを詳細に解析し,香気特徴を9つのノートに分類することを試みている.執筆内容から並々ならぬ努力の結実であることがうかがえる.そして今,より芳香の優れたバラの開発に傾注されている.<BR>バラの香りの主成分として重要なフェニルエチルアルコールは,嗅覚検査に使用されるT & Tオルファクトメーターのにおい物質の一つである.臭気分野に携わっている者にとって,ある意味最も身近な香りの一つであるかもしれない.それともう一つ,バラの香りで重要な成分がダマセノンである.現在最高級の精油といわれる "ブルガリアローズ油",その主成分の一つがダマセノンで,バラ様の強い芳香を有している.小林氏ら(メルシャン(株)他)は,このバラ様香気であるダマセノン成分量を促進させた甲州ワインの醸造法を確立した.本論では,醸造の実用化に至る研究過程の詳細について執筆していただいた.<BR>前述したとおり,バラの花は香りよりも視覚にうったえる華やかさが優先されてきた.事実,市場に出回るバラの内,香りの良いバラは2割程度に過ぎないという.理由は,長時間の流通に耐え,花持ち・花色が良いこと,生産性が良いことなどを必須条件に,数多くの品種が作り出された結果であるといわれる.花き業界で活躍されている宍戸氏((株)大田花き)は,バラを含めて花の香りの重要性を主張されている.本論では,それらの活動の一端を紹介していただいた.<BR>以上,5編の組み立てで"バラの香り"を特集した.是非,本論をご熟読願いたい.ご多忙中にもかかわらず,ご執筆を快諾していただいた著者の方々には,本紙面を借りて厚く御礼申し上げる次第です.最後に一提案です.次の休日に一度バラ園(植物園)などに足を運んでみてはいかがでしょうか.にわか知識になるかもしれませんが,本誌からの若干のバラ情報を詰め込み,華やかさを観るだけではなく,鼻を近づけて香りのするバラ,しないバラ,そしてさまざまなバラの香りと歴史にふれてみて下さい.