著者
香川 由紀子
出版者
名古屋大学国際言語センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
no.28, pp.97-111, 2021-03-31

本稿では2019年度に実施した、名古屋大学国際言語センター全学向け日本語プログラムの入門講義「日本文学」について、作品の選択と学習者の表現活動および学習者の反応について報告した。留学生向けの文学の授業では、日本語運用能力が高い学習者を、読解に留まらず周辺知識を得て作品を味わい楽しむことに導くことが望まれる。そのためには教師の解説のみでなく、学習者が参加する活動が必要である。「日本文学」の授業ではこれに向けて、文化比較やジェンダーの観点から話し合いができる作品を近代文学を含めて選択し、表現活動として短歌の現代語訳を行った。学習者のアンケートからは、テーマが明確で平易な日本語で書かれた作品が読みやすいとは限らず、難解でも内容に共感し表現を味わっていることがわかった。古文や近代短歌を現代語訳する活動に関心のある学習者もおり、オノマトペや役割語など通常の日本語の授業で産出までは扱わない表現を、学習者が実際に使ってみる場にもできることが確かめられた。
著者
石﨑 俊子
出版者
名古屋大学国際言語センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
no.28, pp.39-61, 2021

本稿は、3人の教師のオンライン授業インタビューから中級のオンライン日本語授業の受講者の満足度に影響を及ぼす諸要因を明らかにすることを目的とし、インタビューデータをもとに、KH Coderを用いて分析した。結果、中級の日本語授業は以下の点に留意して行うと、学習者の満足度を向上させることが明らかになった。まず、大前提として予習型の授業を行う。その際、(1)学習者には授業前までには必ず提出を義務付ける、(2)教師は、授業までに必ず目を通し、学習者の間違いの傾向を見極める。フィードバックについては(1)宿題、課題のフィードバックは必ず授業で行う、(2)フィードバックは個人の学習者の答えを共有する、(3)フィードバックは対応できる範囲内で丁寧にする、(4)フィードバックは正答を与えずに誘導する。の4点に留意する。また、これは人数にもよるが、ある程度の人数のクラスでは積極的にZoomのブレークアウトセッションなどを利用した学習者中心型のアプローチの授業を取り入れる。
著者
松岡 みゆき
出版者
名古屋大学国際言語センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
no.25, pp.37-57, 2017

本稿は、従来の品詞分類で「感動詞」に分類される一音節語「あ」について、それが運用されることの意味(聞手の解釈にどう影響するか)という観点から考察し、その機能を提示したものである。「あ」は (1)弁別刺激の同定・描写、(2)弁別刺激に関連する情報の取出し、(3)弁別刺激からの状況判断といった話手の反応(これをまとめて本稿では「気づき」と表現する)を示すマーカーであると考えられる。このマーカーを用いることで、聞手に対して(聞手のおこなう解釈に対して)特定の働きかけをおこない、結果として、言語場の創設または聞手に配慮することによる言語場の保持に貢献する。
著者
永澤 済
出版者
名古屋大学国際言語センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.27-44, 2017-03-31

複合動詞「Vおく」衰退の実態を、資料から得た実例とコーパスにおける用例数推移により示した。「Vおく」は、古代から近代まで前項Vに多様な動詞をとる生産性の高い複合動詞として多用され「送置」「差遣し置く」「要求し置く」等の形で、(a)存在、(b)効力持続を広く表すものであった。しかし、現代には、前項Vに立つのは「書く」「取る」等の限られた動詞のみとなっている。この変化について近代コーパスで調べた結果、「Vおく」の用例数は、1895年の300例あまりから徐々に減少し、1925年時点では約10分の1の30例であった。このことから、「Vおく」は近代に用法が限定化し、現代のような生産性の低い複合動詞に変化したと結論した。
著者
馬場 典子
出版者
名古屋大学国際言語センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.17-36, 2018-03-31

本稿は、感情を表す動詞のうち、「嫌悪」の感情を表す動詞「嫌う」が持つ複数の意味について記述し、それらの意味の関連性を明らかにすることを目指した。分析の結果、「嫌う」には7つの別義が認められた。それらの別義は「メタファー」と「メトニミー」という比喩により動機づけられている。また、拙論では「感情を表す用法」と「感情以外のものを表す用法」に分けて考察していたが、本稿では「放射状カテゴリー」の概念を援用することにより、包括的な記述をすることができた。また「嫌う」には、他の動詞「避ける」と意味が近いものもあり、他の感情である「困る」との連続性が感じられるものもあることがわかった。さらには「感覚」という別の領域との繋がりもある例も認められた。
著者
浮葉 正親
出版者
名古屋大学留学生センター
雑誌
名古屋大学日本語・日本文化論集 (ISSN:1348804X)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.1-18, 2013-03-29 (Released:2013-03-26)

本稿は、韓国、欧米、日本における在日朝鮮人文学(以下、「在日文学」と略す)の研究動向を並列的に紹介し、それぞれの地域における研究の特色を抽出することで、将来の共同研究の可能性を提示することを目的にしている。韓国では、1990年代から2000年代にかけて在日文学を「民族文学」として捉える国文学の分野での研究が盛んになった。その一方、日本文学の分野では2000年代後半から在日文学を「ディアスポラ文学」として捉え直す新しい動きが見られる。在日文学をディアスポラ文学として捉える視点は欧米でも共有されているが、欧米では柳美里など一部の作家の作品が紹介され始めたばかりである。日本における在日文学研究は過去5年間を見ても、資料の発掘や綿密な検証作業が行われているが、その成果は韓国や欧米での研究とほぼ接点がないまま行われているのが現状である。今後の共同研究に向けて必要なのは、朝鮮語ではなくホスト国の言語(例えば、日本語)で作品が発表されることの意味を考え直すこと、また「ディアスポラ」概念を人の移動の経験を生き生きと描き出すことができるものに更新していくことである。