著者
楠 幹江 山田 俊亮 Mikie Kusunoki Shunsuke Yamada
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.23, pp.171-182, 2018-03-31

衣・食・住などの生活は,生きる基本であり,幸せの基盤でもある。家政学はこの人間の生活を研究対象としており,生活の向上と人類の福祉を目的としている。「人類の福祉」の「福」「祉」は,共に幸せを意味する言葉であり,このため,家政学そのものを,幸せを追求する学問として捉えることができる。幸せとは何か?を検討する場合,健康をキーワードとすることは意味があることだと考える。ここでの健康は,WHO 憲章における内容を意味している。すなわち,「肉体的,精神的,社会的に完全に良好な状態である」ことが,健康の意味する内容である。したがって,衣・食・住それぞれの生活において,肉体的,精神的,社会的に良好な状態を維持することが,幸せな生活に繋がると考える。そのために,個人でできることは,家庭生活の営み行動を重視することである。
著者
澤田 英三 Hidemi Sawada
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.24, pp.29-43, 2019-03-31

The present study considered the following aspects of young people’s relationships: vertical dyadic ‘Tate’ relationships between the young person and his/her parents or homeroom teacher, diagonal dyadic ‘Naname’ relationships between the young person and other adults, and horizontal dyadic ‘Yoko’ relationships among his/her peers. Recently, diagonal dyadic relationships between the young people and other adults have undergone a reduction in intimacy. Firstly, for young people, the roles of the diagonal dyadic partners were defined as follows: (1) a conversation partner or a playmate, (2) a mentor, (3) a translator, (4) a mediator, (5) a purveyor of other views, lifestyles, or values, and (6) a role model. Secondly, we note that various teachers other than the homeroom teacher were able to develop a diagonal dyadic relationship with the student at school, and that these relationships were worked out during student guidance and career guidance. Finally, we find a need to develop systems in which busy teachers can exchange various kinds of information about their students with each other.
著者
藤村 猛 Takeshi Fujimura
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.25, pp.118-111, 2020-03-31

宮本輝の「ホット・コーラ」は、喫茶店〈アトラス〉の須藤英夫と奇妙な女性客との物語である。ある日、喫茶店に一人の女性客が訪れ、ホット・コーラを注文する。英男は彼女に好意(妄想)を持つが、他の客たちは、彼女が精神病院の患者だと噂する。実は、近くに住む息子を見るためにやって来ていた。それを突き止めた英男は、店の営業のために、女性客の来店を諦める。英男の心情―商売の苦悩や人生への不満、女性客への好意など―や、人目を避けて会う母子の姿も印象的だが、英男の女性客への好意や交流が一方的で深まらない点に、作品の特徴と限界(弱さ)がある
著者
王 娜婷 増田 知之 Nating Wang Tomoyuki Masuda
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.25, pp.110-101, 2020-03-31

本稿は、平安時代の代表的書論である空海『遍照発揮性霊集』および藤原教長『才葉抄』を取り上げて、日本における中国書論の受容の実態ならびにその変遷について検討を加えたものである。尚、本稿は二〇二〇年一月に提出した、王娜婷の修士論文「奈良・平安時代における中国書法の受容について―唐代を中心に」の第三章「日本の書論に見る中国書論の受容」に基づいている。
著者
藤村 猛 Takeshi Fujimura
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.24, pp.99-106, 2019-03-31

宮本輝の「暑い道」は、語り手である「私」の回想や友人のゲン(尾杉源太郎)との会話で成り立っている。「私」たちは大阪のスラム街出身であり、当時の貧しい生活を背景として、マドンナであった「さつき」との交流や、四人の仲間との友情や葛藤などが描かれている。さつきの美しさや「愛情」が印象的であり、その思い出が「私」たちの青春への郷愁を醸し出している。
著者
内田 誠一 Seiichi Uchida
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.24, pp.91-98, 2019-03-31

久邇宮朝彦親王が広島御謫居中に揮毫された新出の和歌短冊について紹介し、短冊の内容について分析・考察する。和歌の内容から、親王が広島にまず御到着になられたのが宮島であったこと、宮島から浅野家の別邸である古江の翠江園にお入りになった可能性が高いことを論じた。また、京都御還住以後に揮毫された、これまた新出の和歌短冊を紹介し、通行の親王歌集と文字の異同があることを指摘した。
著者
青木 克仁 Katsuhito Aoki
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.24, pp.79-89, 2019-03-31

私達は,「生きるために働く」という理屈によって,自分の労働を正当化しようとする。日々,生活の糧を得るために,嫌な仕事であろうが辛い仕事であろうが,「生きるためには働かなければ」と自分に言い聞かせながら働き続けている。しかし,「過労死問題」は,「生きるために働く」という,この正当化の陰にあって決して光が当てられることのなかった選択肢の存在,即ち,「生きるか,あるいは働くか」に気付かせてくれる。高橋まつりさんが亡くなる前に残した「生きているために働いているのか,働くために生きているのかが分からなくなってからが人生」と書き込みに表現されているように,彼女の場合,「働くこと」と「生きること」は,あたかも鳥もちで分かち難く貼り付いてしまっており,「生きる」ために「働く」を選択しないという可能的なあり方に向かう扉が閉ざされてしまっていた。本論考では,「生きるか,あるいは働くか」という選択肢に示される可能性を,ハーマン・メルヴィルの小説『書記バートルビー』の読解によって得られる政治的な可能性と重ね合わせることによって追求する。バートルビーのように,「生きること」と「働くこと」に分断線を刻み入れることで見えてくる「非意味」という名の政治的抵抗の可能性に道を開く。
著者
青木 克仁 Katsuhito Aoki
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.26, pp.41-51, 2021-03-31

ハラリが指摘している通り,人間は「フィクション」を操ることでこの世に君臨する生き物になった。「フィクション」という夾雑物なしでは,生きることのできない,実に不可思議な生き物となったのだ。それゆえ,個人の問題に関しても,人間は自分の「自己イメージ」という,自己にまつわるフィクションを介して自分自身と関係する生き物になった。フロイト経由で,ラカンが指摘しているように,人間関係はどうしても4者関係になってしまう。私とあなたの間に私の「自己イメージ」とあなたの「自己イメージ」が介在してしまうからだ。本論考は,「イメージ」を介在させずに,人間関係を築くことは可能なのだろうか,という問いを立て,その答えを見出すべく議論を展開している。
著者
川岸 克己 Katsumi Kawagishi
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.24, pp.1-12, 2019-03-31

終助詞「ね」は自己(話し手)と非自己(聞き手)とのコミュニケーションを通じてどのような目的を成し遂げようとしているのか,について,行動生物学的な視点を参考にしつつ,その本質的な機能の解明を試みた。その結果,終助詞「ね」は非自己の領域に自己の情報を仮想的に「自己拡張」させ,自己の生存と存続の可能性を高めることを企図する動的な機能を有すると結論づけた。
著者
川岸 克己 Katsumi Kawagishi
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.25, pp.1-10, 2020-03-31

なわ張り理論においては,終助詞「ね」のみがその基本的な概念に関与している。しかし,終助詞は相互に意味的な構造を構築しており,ただ「ね」のみが関与するというのは考えにくい。そこで,なわ張り理論の本質である情報の所有権を情報の帰属と捉え直し,情報の帰属と終助詞全体の構造の関係を再構築した。その結果,話し手と聞き手の間の情報の帰属状況によって,終助詞「よ」「ね」「か」,そして「かね」が整合的な構造を構築することが分かった。
著者
青木 克仁 Katsuhito Aoki
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.23, pp.153-169, 2018-03-31

本論文では,動物を正義論の文脈の中で捉え,少なくとも残酷な扱いから動物を守るというプラグマティックな目的のために,動物に権利を付与することは可能かどうかという問いに答えを見出そうと思う。特にこの論考において,「虐待されない権利」と「機会の自由」を人間以外の動物に付与する道を検討する。もし「正義の原理」を選択するための手続きに参加する能力がないような存在者だとしても「誰のための正義なのか」という正義の受益者としての地位が与えられる可能性は十分にあるとしたら,動物をそうした受益者の集合に組み入れることは可能だろうか,という問いの下,その可能性を論じていく。
著者
山本 文枝 西 まゆみ 藤沢 敏幸 船津 守久 Fumie Yamamoto Mayumi Nishi Toshiyuki Fujisawa Morihisa Funatsu
出版者
安田女子大学大学院
雑誌
安田女子大学大学院紀要 = The journal of the Graduate School, Yasuda Women's University (ISSN:24323772)
巻号頁・発行日
no.23, pp.127-140, 2018-03-31

大学など高等教育機関で発達障がいの学生は増加しており,中でも自閉症スペクトラムに代表される社会性の発達障がいが問題となっている。しかし学業面で問題がない学生は,学生相談等の支援につながりにくい。よって,大学教育で自閉症スペクトラムの大学生の存在に配慮した社会性やコミュニケーション能力の育成を目的とするカリキュラムの開発を検討する。その基礎資料を得るため本研究では,大学教員を対象に配慮や支援が必要な大学生に対する意識と取り組みについて調査を行った。その結果,発達障がいの知識の中でも自閉症スペクトラムの知識をあまり持たない教員が多かった。また自閉症スペクトラムの知識の程度によって,支援が必要な学生の存在への気づきや支援の取り組み状況に違いがみられた。学生の支援を進めていく上で,大学教員の発達障がいの学生に関する知識及び支援に関する情報提供が重要であることが示唆された。