著者
大石 高典 山下 俊介 内堀 基光 Takanori OISHI YAMASHITA Shunsuke UCHIBORI Motomitsu
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.63-75, 2013-03-21

2011年度放送大学学長裁量経費による研究助成を得て、放送大学に保管されている放送大学特別講義『HUMAN:人間・その起源を探る』の一部素材映像のアーカイブ化を行った。一連の作品は、撮り下ろし現地取材に基づく単発のシリーズとしては、放送大学のみならず、日本におけるこれまでで最大の教育用人類学映像教材作成プロジェクトであった。未編集のものを含む当該講義取材資料のうち約40%に当たる部分のアーカイブ化を行うとともに、当時現地取材や映像資料の作成に関わった放送大学関係者と自らの調査地に取材チームを案内した研究者らを中心に聞き取り調査を行った。「ヒューマン」シリーズ撮影から、既に15年以上が経過しているが、狩猟採集民、牧畜民、焼畑農耕民など、アフリカ各地の「自然に強く依存して生きる人びと」に焦点を当てた番組の取材対象地域では、取材後も撮影に関わった研究者自身やその次世代、次次世代におよぶ若手研究者が継続的に研究活動を行っている。これらの研究者との議論を踏まえれば、「ヒューマン」シリーズのラッシュ・フィルムの学術資料としての価値は、以下にまとめられる。(1)現代アフリカ社会、とくに生態人類学が主たる対象としてきた「自然に強く依存」した社会の貨幣経済化やグローバリゼーションへの対応を映像資料から考察するための格好の資料であること。(2)同時に、ラッシュ・フィルムは研究者だけでなく、被写体となった人びとやその属する地域社会にとっても大変意味あるものであり、方法になお検討が必要であるものの対象社会への還元には様々な可能性があること。(3)映像資料にメタデータを付加することにより、調査地を共有しない研究者を含む、より広範な利用者が活用できる教育研究のためのアーカイブ・データになりうること。本事例は、放送教材作成の取材過程で生まれた学術価値の高い映像一次資料は、適切な方法でアーカイブ化されることにより、さらなる教育研究上の価値を生み出しうることを示している。このような実践は、放送大学に蓄積された映像資料の活性を高めるだけでなく、例えば新たな放送教材作成への資料の再活用を通じて、教育研究と映像教材作成の間により再帰的な知的生産のループを生み出すことに貢献することが期待される。
著者
奥宮 清人 稲村 哲也 木村 友美 Kiyohito Okumiya Tetsuya Inamura Yumi Kimura
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.69-79, 2015-03-20

インドのラダーク地方において、チャンタン高原(標高4200-4900m)の遊牧民、都市レー(標高3600m)の住民、及び農牧地域のドムカル谷(標高3000-3800m)の農民・農牧民を対象に医学調査を行なった。その結果、①生活習慣病(糖尿病、高血圧など)が都市でより多く発症していること、②標高が高いほど高血糖の率が高いこと、③高カロリー食・高ヘモグロビンの群に高血糖の率が高いだけでなく、低カロリー食・低ヘモグロビンの群においても高血糖が多い、などが明らかになった。①についてはエピジェネティックスや節約遺伝子の考え方によってある程度説明できる。しかし、②や③については説明がつかない。そこには、高所における低酸素への適応が作用しているからである。 Beallによれば、高所への遺伝的適応の方式として、チベットの住民は、肺活量を大きくし、低酸素に対する呼吸応答を調節し、血管を拡張して多くの血液を体に流す「血流増加方式」をとっており、アンデスの住民は、「ヘモグロビン増加方式」をとってきた。 私たちの健診の結果、Beall仮説を指示する結果がでた一方、高齢者の場合、都市レーや生活スタイルが変化しはじめたドムカルで、多血症(高ヘモグロビン)が多くみられるという、Beall仮説に矛盾する結果がでた。また、多血症と糖尿病の相関が認められた。 そこで、その原因を究明した。その結果、高所における酸化ストレスの実態、低酸素と酸化ストレスの関係、酸化ストレスと糖尿病の強い関連がわかってきた。チベット系住民は、NO増加による血管拡張と血流増加によって、低酸素に対する有利な適応をしてきた。ところが、高齢とともに、生活スタイルの急激な変化によって適応バランスが崩れると、多血症や高脂血症を発症して体内低酸素を生じ、その結果、NOの過剰な増加等により酸化ストレスが高まり、かえって糖尿病や老化を促進する。糖尿病と酸化ストレスは相互に影響しあい、症状は重篤化するのである。
著者
島内 裕子 Yuko Shimauchi
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.31, pp.130-119, 2013

本稿では、近世に出版された数ある徒然草の注釈書の中から、『徒然草句解』(1661年刊)に焦点を当てて、この注釈書の特徴を明らかにするとともに、徒然草自体に内在する問題意識を掘り起こすことを目指す。 近世前期に刊行された各種の徒然草注釈書と『徒然草句解』を比較することによって、『徒然草句解』の注釈態度が、従来言われてきたような、儒学の立場からの注釈というよりは、むしろ『源氏物語』や『枕草子』や和歌などを通して、徒然草の本質に迫ろうとする傾向が顕著である事実を明らかにする。 また、『徒然草句解』は、数多くの箇所で、徒然草の連続する章段間の照応に着眼する注釈を付けており、この点に『徒然草句解』の新しさと達成があると評価できる。 さらに、徒然草注釈書を、研究的な詳細なものと、読みやすさに力点を置いた一般向けの簡略なものに大別するならば、『徒然草句解』がその中間に位置すること、および、そのスタンスこそが、徒然草という作品を広範な読者たちに開くと同時に、徒然草の奥深い世界に分け入る道標となっていることを明らかにする。