著者
関本 照夫 清水 展 内堀 基光
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1994

本研究は、重点領域研究『総合的地域研究』の計画研究「外文明と内世界」に関連する公募研究で、東南アジアの近代において、西欧からもたらされたナショナリズムが内に取り入れられ、民族や国民の文化についての集団的自意識が生み出される過程を研究している。昨年度に行った理論・概念の検討につづき、本年は、現地調査や東南アジア各地の出版物その他メディアの収集を通じ、いくつかの事例研究を進めた。その第1の発見は、国や地方のさまざまなレベルで「われわれの文化」についての語りの制度化が、今非常な速度で進行していることであり、われわれの当初の予想が裏付けられた。インドネシアでは、この過程はすでに1世紀以上にわたって進行している。現在の特徴は、経済・技術面で国境の壁が弱まって行くのに反比例して、文化のナショナリズムが強まっていることである。「グロバリゼーション」という言葉が流行する反面で、地球時代だから民族の文化価値を守らねばならぬという言説が、マスメディアを通じて氾濫している。東マレーシアのサラワク州では、最大の集団イバンのあいだで、慣習法典の編纂やイバン文化会議の開催など、「民族文化」を意識的に画定し制度化する仕事が進んでいる。人々はこうした過程を、過去から受け継いできた伝統を維持する作業と意識している。しかしわれわれの研究から明らかになったのは、至る所で「伝統」が新たに発見され創出されている事実である。ピナトゥボ火山の噴火災害により従来の生活基盤が破壊されたアエタ・ネグリートの場合には、深刻な状況のなかでアエタ意識が強化され自分たちの文化についての語りが、今新たに生成しつつある。こうした事例を通じ、文化が、単に出来上がったものの保存ではなく、たえず新しい状況のなかで再発見・再創造される流動性を確認した。
著者
内堀 基光
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.3, pp.373-389, 2009-12-31

私にとっての民族学/人類学は、極ミクロと極マクロという2つの認識地平からなる学問領域である。この2つの地平を無理に接合させる必要もなく、またその間を安易に埋める必要もない。むしろその断絶と乖離を嘉し、それとして見つめることのなかに、人間の存在と活動に関して、他の隣接学問領域のそれとは異なるこの学問独自の接近法があると考えている。これを前提にして、文化人類学会賞受賞の機会を利とし、より広い人類学の領域のなかで「資源」という研究対象がどのような位置を占めるのか、それを、死、「もの」、民族、進化という4主題にからめて語ることにする。資源はこれらの主題に挟まれて析出してくる対象とみなすことができる。進化という極マクロの時間尺度から、民族と死というそれぞれが類と個(ミクロ)を結ぶ回路に関わる、たがいに密接に結びついた2主題を経て、4主題のなかではより直接的に資源に関わる「もの」に至る。「もの」の研究に人間中心主義からの脱却を展望し、進化、民族、そして死からなる主題の正三角形のなかに、消滅というかたちで頂点を極めるようにみえる形態生成の過程を追究するのが、民族学/人類学研究における私の願望である。
著者
深澤 秀夫 内堀 基光 杉本 星子 森山 工 菊澤 律子 飯田 卓
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

2002年から2006年に渡り、研究分担者それぞれが、マダガスカルを中心に、<マダガスカル人>と深い歴史的あるいは政治-経済的な繋がりを持つフランス、レユニオン、モーリシャス、マレーシアの各地域において実地調査を行い、資料を独自に収集した。2002年にマダガスカルにおいては、地方独立制を導入した大統領を選挙で破り、新大統領が就任した。しかしながら、新大統領も地方独立制政策を継承したのみならず、顕著な新自由主義的な経済政策を採用したため、マダガスカルに生活する人びとの間における貧富の格差はこの調査期間中にさらに増大し、生活のための資源の獲得をめぐる競争はますます激化する様相を呈している。このような生活をめぐる状況の中で、私たちが調査を行ってきたマダガスカルの人びとが資源の獲得と配分について共通に生み出しつつある生活戦略の特徴は、<アドホック>と<小規模性>の二語に集約されるであろう。経済学のようなマクロな視点から捉えるならば、このような単語には効率化や計画性の対極に位置されるべき否定的な属性だけが付与されるかもしれない。けれども、<生活者>としての個体に視点を据えるならば、経済学的な<資本>を持たない人びとにとって、自分の身近にあるありとあらゆる<物>を生存資源とし、さらには売買される<商品>と化すことの可能性を常に保持しておくことこそが、あたかも自己の手の届かないところから突然降ってくるような米をはじめとする物価の急上昇および法律と言う名で課せられるさまざまな拘束あるいは剥奪に対し、自己の生存を保障してくれる唯一と言ってよい生活戦略に他ならない。現在の政治・経済状況の中では、国家公務員でさえこのような生活戦略と無縁ではない。一つの生産活動や生活形態に依存しないこと、何時でも他の生産活動や生活形態に従事したり移行したりすること、余剰生産を目指すわけではないが余剰のある時はその物をすばやく<商品>として提供すること、このような生活様式は、農村であれ都市であれ現代マダガスカルの大半の人びとの中に、深くしみこんだものである。それゆえ現代マダガスカルの人びとの間では、めまぐるしく<資源>となる物が新しく登場しあるいは移り変わっている。本研究は、このような現象に対し一つの道筋をつけたと言えるが、人間の想像力が生み出す多彩な生活戦略の一端に触れたにすぎず、さらなる資料の蓄積と分析の深化が必要である。
著者
菅原 和孝 松田 素二 水谷 雅彦 木村 大治 舟橋 美保 内堀 基光 青木 恵里子 河合 香吏 大村 敬一 藤田 隆則 定延 利之 高木 光太郎 鈴木 貴之
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

「身体化された心」を軸に、フィールドワークと理論的探究とを統合することによって、社会の構造と実践の様態を解明することを目的とした。フィールドワークでは「心/身体」「文化/自然」といった二元論を克服する記述と分析を徹底し、理論探究では表象主義を乗り超える新しいパラダイムを樹立した。「身体化」に着目することによって、認知と言語活動を新しい視角から照射し、民族誌的な文脈に埋めこまれた行為と実践の様態を明らかにした。
著者
大石 高典 山下 俊介 内堀 基光 Takanori OISHI YAMASHITA Shunsuke UCHIBORI Motomitsu
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.63-75, 2013-03-21

2011年度放送大学学長裁量経費による研究助成を得て、放送大学に保管されている放送大学特別講義『HUMAN:人間・その起源を探る』の一部素材映像のアーカイブ化を行った。一連の作品は、撮り下ろし現地取材に基づく単発のシリーズとしては、放送大学のみならず、日本におけるこれまでで最大の教育用人類学映像教材作成プロジェクトであった。未編集のものを含む当該講義取材資料のうち約40%に当たる部分のアーカイブ化を行うとともに、当時現地取材や映像資料の作成に関わった放送大学関係者と自らの調査地に取材チームを案内した研究者らを中心に聞き取り調査を行った。「ヒューマン」シリーズ撮影から、既に15年以上が経過しているが、狩猟採集民、牧畜民、焼畑農耕民など、アフリカ各地の「自然に強く依存して生きる人びと」に焦点を当てた番組の取材対象地域では、取材後も撮影に関わった研究者自身やその次世代、次次世代におよぶ若手研究者が継続的に研究活動を行っている。これらの研究者との議論を踏まえれば、「ヒューマン」シリーズのラッシュ・フィルムの学術資料としての価値は、以下にまとめられる。(1)現代アフリカ社会、とくに生態人類学が主たる対象としてきた「自然に強く依存」した社会の貨幣経済化やグローバリゼーションへの対応を映像資料から考察するための格好の資料であること。(2)同時に、ラッシュ・フィルムは研究者だけでなく、被写体となった人びとやその属する地域社会にとっても大変意味あるものであり、方法になお検討が必要であるものの対象社会への還元には様々な可能性があること。(3)映像資料にメタデータを付加することにより、調査地を共有しない研究者を含む、より広範な利用者が活用できる教育研究のためのアーカイブ・データになりうること。本事例は、放送教材作成の取材過程で生まれた学術価値の高い映像一次資料は、適切な方法でアーカイブ化されることにより、さらなる教育研究上の価値を生み出しうることを示している。このような実践は、放送大学に蓄積された映像資料の活性を高めるだけでなく、例えば新たな放送教材作成への資料の再活用を通じて、教育研究と映像教材作成の間により再帰的な知的生産のループを生み出すことに貢献することが期待される。
著者
大石 高典 山下 俊介 内堀 基光 Takanori OISHI YAMASHITA Shunsuke UCHIBORI Motomitsu
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.63-75, 2013-03-21

2011年度放送大学学長裁量経費による研究助成を得て、放送大学に保管されている放送大学特別講義『HUMAN:人間・その起源を探る』の一部素材映像のアーカイブ化を行った。一連の作品は、撮り下ろし現地取材に基づく単発のシリーズとしては、放送大学のみならず、日本におけるこれまでで最大の教育用人類学映像教材作成プロジェクトであった。未編集のものを含む当該講義取材資料のうち約40%に当たる部分のアーカイブ化を行うとともに、当時現地取材や映像資料の作成に関わった放送大学関係者と自らの調査地に取材チームを案内した研究者らを中心に聞き取り調査を行った。「ヒューマン」シリーズ撮影から、既に15年以上が経過しているが、狩猟採集民、牧畜民、焼畑農耕民など、アフリカ各地の「自然に強く依存して生きる人びと」に焦点を当てた番組の取材対象地域では、取材後も撮影に関わった研究者自身やその次世代、次次世代におよぶ若手研究者が継続的に研究活動を行っている。これらの研究者との議論を踏まえれば、「ヒューマン」シリーズのラッシュ・フィルムの学術資料としての価値は、以下にまとめられる。(1)現代アフリカ社会、とくに生態人類学が主たる対象としてきた「自然に強く依存」した社会の貨幣経済化やグローバリゼーションへの対応を映像資料から考察するための格好の資料であること。(2)同時に、ラッシュ・フィルムは研究者だけでなく、被写体となった人びとやその属する地域社会にとっても大変意味あるものであり、方法になお検討が必要であるものの対象社会への還元には様々な可能性があること。(3)映像資料にメタデータを付加することにより、調査地を共有しない研究者を含む、より広範な利用者が活用できる教育研究のためのアーカイブ・データになりうること。本事例は、放送教材作成の取材過程で生まれた学術価値の高い映像一次資料は、適切な方法でアーカイブ化されることにより、さらなる教育研究上の価値を生み出しうることを示している。このような実践は、放送大学に蓄積された映像資料の活性を高めるだけでなく、例えば新たな放送教材作成への資料の再活用を通じて、教育研究と映像教材作成の間により再帰的な知的生産のループを生み出すことに貢献することが期待される。
著者
宮崎 恒二 内堀 基光 床呂 郁哉 山下 晋司 清水 展 伊藤 眞 山下 晋司 石川 登 伊藤 眞 清水 展
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、高齢者および退職者の海外への移動の実態を探ると共に、人口移動を、日本を含む地域間および世代間の相互循環および交換という視点から考察する可能性を追求するものである。文献資料調査ならびにマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、オーストラリアなどにおける、政府ならびに関連機関、長期滞在者ないし移住者である日本人、関連業者に対する面接・聴取調査の結果、5に示す学術成果を公開した。その大要は次の通りである。老後の医療・介護に対する不安から、国際移住は定住よりも長期滞在へとシフトしつつある。他方、メディカル・ツーリズムの拡大を含め、滞在先での医療・介護の可能性も開け、日本で最期を迎えることに拘泥しない考え方も見られるようになっている。海外での長期滞在の選択は、経済的には費用対効果という観点から、より豊かな、あるいはより困難の少ない生活を求めた結果である。他方、壮年時の海外生活ならびに海外旅行経験者の増加は、海外在住をライフスタイルの選択肢の一つと考える傾向が生じていることを示している。海外での長期滞在については、滞在先の政府・業者、日本国内の旅行業者などにより広報されており、「ゆったりとした第二の人生」というイメージを多用している。長期滞在者は、不動産投資を目的とする場合もあるが、多くは日本での多忙な生活との対照を強調し、家族、とりわけ夫婦の間の関係の再構築に言及することが多い。長期滞在の対象国は、家族構成・生活形態等の相違により大きく異なり、フィリピン、タイは単身男性が、バリは単身の女性が、そしてその他の地域では夫婦単位であることが多い。一般に、一部の日本語教育のボランティア活動等を除き、受け入れ社会との接触は最小限にとどまる。本研究により、人と空間の関係が固定的でなくなっており、移動がライフサイクルの一部として組み込まれつつあり、かつ家族の再編を促す兆候が示された。
著者
飯田 卓 内堀 基光 吉田 彰 伊達 仁美 久保田 康裕 久保田 康裕 村上 由美子 シャンタル ラディミラヒ ルシアン ファリニアイナ
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

マダガスカル国内では森林保護の動きが急速に高まっているが、村落部では木材を今なお生活のために必要としており、資源の持続と生活文化の持続の双方が求められている。本研究では、両者の調和をはかるため、村落生活者による木材利用の実態と、その経年変化の傾向を明らかにした。An Ethno-Xylological Perspective on Madagascar Area Studies In Madagascar, where the movement of forest conservation is active these years, inhabitants of rural areas are obliged to use wood materials to make their living, and therefore it is necessary to sustain both forest resources and rural life. This research, aiming at balancing the both targets, clarified actualities of rural people's wood use and the tendency of its change.
著者
窪田 幸子 曽我 亨 高倉 浩樹 内堀 基光 大村 敬一 杉藤 重信 丸山 淳子 PETRRSON Nicolas ALTMAN Jon
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、20 世紀末から力を持つようになった国際的なイデオロギーとしての「先住民」概念を視野に入れつつ、国際世論と国家の少数民族政策のもとで、少数者である当事者の人々が、どのように先住民としての自己のアイデンティティを構築していくのかをあきらかにすることを目的とするものである。その結果、先住民としてのアイデンティティを選び取る・選び取らないという選択の幅がみられる現状には、グローバリゼーション、なかでもネオリベラルな経済的影響が大きいことが明らかになった。最終年に開催したとりまとめの国際シンポジウムではこのスキームをベースとして、代表者、分担者そして海外研究協力者の全員が研究発表を行った。