著者
廣瀬 俊介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.139, 2023 (Released:2023-09-28)

造園学は、近代の市民社会における公共空間の創出を契機として創始された。公共空間は、民主主義や社会的に公正な資源配分からもたらされるが、造園学における史的研究の対象となる庭園には、各時代に権力と富を集中的に得た者たちが所有していたり、植民地で教化空間として用いられたりした例が含まれる。そして、造園学領域における既往の研究では、一部を除いて庭園の所有者と非所有者の間の非対称性を批判的に検討した例があまり見られない。ことに、わが国では前近代性を残存させた社会階級構造が成立し、富と権力の集中の結果でもある庭園の評価に基づく景観の価値形成が、社会階級構造の維持ひいては文化的再生産に結びつくことが懸念される。このような問題意識を持って、本研究は、造園学の研究と実践において庭園がどう扱われてきたかに着目し、そのことによる歴史認識が景観の価値形成とどう結びつき、そこにどのような問題が含まれるかについて考察するものである。
著者
松岡 農
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.141, 2023 (Released:2023-09-28)

1.研究経過 松岡2022は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後に,仙台市若林区の災害危険区域である荒浜地区で展開される震災伝承活動について,震災伝承施設を用いた行政による活動と元住民による活動の双方に着目し,2020年から2021年かけて調査を行った。この結果,災害危険区域に立地する震災伝承施設には,震災以前の地域の景観や生活のすがたを記録,展示する機能,いわば「地域伝承」の機能が,他の地域に立地する震災伝承施設に比べ,充実していた。しかし,荒浜地区の震災伝承施設には元住民が来訪者と対話し,語り部活動等に取り組む機能,いわば「体験対話」の機能は設けられていなかった。その一方,居住が禁止された災害危険区域では,元住民が住宅の跡地に活動拠点を設け,その拠点に通うことで,休日を中心に来訪者との対話を中心とした震災伝承活動に取り組んでいた。このように,災害危険区域では行政と元住民の2者がいわば役割分担するかたちで震災伝承活動に取り組んでいた。しかし,両者は区域内に別々に拠点を有し,両者が連携した活動も無いに等しい実態であった。この背景には,震災後の災害危険区域指定をめぐり,行政と元住民が対立し,結果的に元住民が集落の現地再建を断念したという経過があった。この結果から,松岡2022は行政が震災伝承施設に「地域伝承」の機能を設け,元住民に一定の配慮を示した一方,未だ行政と元住民が協力関係を構築できていないことを指摘した。そして,2021年時点で,行政が災害危険区域で進める防災集団移転跡地利活用事業により,集落の痕跡の消滅と,震災の記憶の風化が進むと考えられるなかで,元住民が取り組む対話を中心とした震災伝承活動が岐路に立たされていると主張した。 本報告は,2023年に改めて荒浜地区で実施した現地調査をもとに,災害危険地域における土地利用と地域で行われる震災伝承活動の変容を明らかにする。2.集落の痕跡の消滅と震災伝承施設の充実 震災以前の荒浜地区は,東側の大字荒浜は半農半漁村,西側の荒浜新1丁目・2丁目は仙台市郊外のニュータウンとしての性格を持つ集落であった。しかし,津波により集落全域が壊滅したのち,行政が2011年12月に荒浜地区全域を災害危険区域に指定し,元住民の所有地を原則としてすべて買い上げ,内陸部に防災集団移転させた。そして,行政は買い上げた荒浜地区において,防災集団移転跡地利活用事業を進めた。しかし,2020年9月時点では荒浜新1丁目・2丁目に県道10号線の嵩上げ道路(東部復興道路)や避難の丘,JR東日本の関連企業が運営する観光果樹園(ただし,一般向けの営業開始は2021年3月)が整備されたが,大字荒浜の大半は未利用地であり住宅基礎や外壁の一部が残されていた。 2023年の調査の結果,未利用地は防災集団移転跡地利活用事業で計画された市民農園やバーベキュー場を造成するために更地となり,集落の痕跡は震災伝承施設として保存された一部を除き,消滅した。一方,荒浜地区の震災伝承施設は,2023年1月に展示を改装し,元住民が荒浜地区に対する複雑な思いを語る動画が新たに展示され,「地域伝承」の機能がより充実した施設となった。しかし,行政と元住民の関係に着目すると,未だ両者の協力関係は構築されたとは言えない状況であった。
著者
河本 大地
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.86, 2023 (Released:2023-09-28)

中山間地域におけるジオパーク設立の意義と課題を、ルーマニアの「ブザウの地ユネスコ世界ジオパーク」の事例を中心に検討する。
著者
村越 貴光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.63, 2023 (Released:2023-09-28)

I. はじめに これまでの研究(伊藤2003;橋詰ほか2005)では,地名認知は居住地からの距離減衰効果が働いており,鉄道の路線網,他人からの口伝えも影響していることが明らかにされている.しかしながら,それらの認知理由は,調査対象者の実証分析が不十分である.そのため,実際に通学途中や居住経験での地名認知については詳しく解明されていない.また,従来の空間認知研究のアンケート用紙は,白地図に番号を振っただけであり,全体的に位置認知の回答率が低い傾向である.駒澤大学の学生は,出身地が東京都,かつ現在の居住地も東京都である学生が少なく白地図のみでは位置認知の回答が難しいと判断した.そのため,地理的な事象を白地図に記載すれば,地名認知に影響すると考え,鉄道路線とランドマークを記載した.大学生を対象とした東京都の空間認知研究は少なく,大学生は中学生,高校生よりも行動圏が広いため,広範囲の地名を認知していると考えられる.地名認知研究の多くは2000年代以前であり,現在と比較すると,スマートフォンが普及し,SNSやメディアによって大学生の情報ツールが変化している.本研究では,駒澤大学の学生を対象とし,地名認知理由に着目して東京都の地名認知調査を行った.II. 研究方法 伊藤(2007)は,駒澤大学の学生に東京の地名認知調査を行っているが,筆者の担当科目「人文地理学」の受講生を対象とした.その対象者は,地理学に興味のある学生が多く受講していると考え,地理学に精通していない学生にも調査した網羅的な研究が必要と考えた.そこで,2022年9月に,協力が得られた専門教育科目,教職課程,教養科目の講義で,受講学生を対象に,20分程のアンケート調査を行った.認知の対象としたのは,東京都の島嶼部を除く53市区町村である.アンケート調査では,回答者が知っている地名を10個回答し,知っている理由を選択肢から1つ選んだ.また,回答した地名の位置を調査用紙の白地図の番号で回答し,その理由も選択肢から1つ選んだ.アンケートの白地図に,地下鉄以外の鉄道路線と本研究の事前調査で多くの回答が得られたランドマークを記載した.事前調査は,「東京都のランドマークといえばどこですか」という設問を設けた.アンケート回収数は438で,有効回答数は355であった.III. 結果名称認知率を見ると,駒澤大学が東京都世田谷区にあることから,世田谷区の地名の認知率が他の市区町村と比較すると極めて高い.多摩地区は,町田市と八王子市を除くと,東京23区と比較すると認知率が低い.東京23区は網羅的に認知されており,特に,新宿区,渋谷区が認知され,墨田区,港区の認知率も高い.名称認知理由は,訪問経験,居住経験,メディア・SNSが見られた.位置認知に関しては,名称認知と比較すると回答率は低い。つまり,名称は認知していても位置まで認知していないことが明らかになった.位置認知理由に関しては,訪問経験,居住経験,白地図にランドマーク,鉄道路線図を載せたことが認知に影響している.つまり,位置についてはヒントがあれば回答できることが判明した.事前調査で得られたランドマークは,大学生の余暇活動に関連する場所であり,位置まで回答できたと考えられる.回答者の居住地別の地名認知を見ると,居住地からの距離減衰が確認できた.多摩地区居住者に関しては,JR中央線が認知境界線であり,中央線を含む南部地域が顕著に認知されていた.多摩地区居住者以外は,東京23区を中心に地名認知されていた.また,多摩地区の地名認知は,主に八王子市と町田市の認知率が他の多摩地区の市町村と比較すると高いことが分かった.
著者
大西 健太
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.126, 2023 (Released:2023-09-28)

国内外問わず,創造産業やコンテンツ産業といったクリエイティブな産業は大都市に集積していることが指摘されてきた.日本においても,アニメーション産業やビデオゲーム産業は大都市である東京都に産業集積を形成している.本発表で扱うアニメーション産業も東京都に85%が集中しており,都内の制作会社の数は2020年時点で692社に及ぶ.東京都の制作会社数は増加傾向にある一方,全国の制作会社数に占める割合は減少傾向にある.これは,アニメーション産業の地方進出を示しており,地方圏においてもアニメーション制作ができる環境が形成されるようになったといえる. アニメーション制作会社の地方進出に関する研究の蓄積は未だに浅い.現段階で地方に進出している企業に関する学術的な分析は,今後の地方圏における産業誘致策やアニメーション制作会社の立ち上げに大きな意義をもたらすと考えられる.以上のことから,本研究では地方圏に立地するアニメーション制作会社の取引ネットワークや成立過程,地域とのつながり等に着目し,現時点での地方でのアニメーション制作の現状を整理することを目的とする.本研究はアニメーション制作に関連する企業や団体・個人に対する聞き取り調査をもとに分析・考察を行った. 課題を整理すると,地方で制作を続ける上で問題になってくるのは,取引ネットワークの構築と市場の確保であった.取引ネットワークが構築されていなければ,仕事を請けることも発注することもできない.また,地方において市場が確保されていなければ,東京の制作会社の下請けとしての機能が大きくなり,地方で制作を行うメリットが薄れてしまう.これらの二つの問題を解消することが,地方での制作を持続的に行うために必要な要素である. なお本発表は,地方におけるアニメーション制作現場に関する調査の経過報告であり,あくまで事例に過ぎない.今後調査をさらに進め,地方進出が進むアニメーション産業の全体像の把握に努めていく.
著者
畔蒜 和希
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.35, 2023 (Released:2023-09-28)

1. 問題の所在 厚生労働省の報告によれば,2022年4月における全国の待機児童数は2,944人であり,2017年(26,081人)以降減少傾向にある.その一方で,近年は希望する保育所に入所できなかった世帯や育児休業の延長によって対応した世帯など,待機児童の定義や数値には含まれない「潜在的待機児童」が耳目を集めている.保育所に入所させるための活動が「保活」と称されるように,保育サービスの利用は世帯の就業や生活の状況と密接に関係しており,社会的再生産において重要な位置を占める.したがって保育ニーズを議論する上では,待機児童数や保育所の定員数・利用児童数といった量的指標に拠るのみならず,サービス利用者の具体的な経験に内在する需要をとらえる視点が重要となる.これを踏まえて本報告では,ウェブサイト上に公開されている保育所利用者の体験談を読み解くことで,東京大都市圏(東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県)における保育ニーズを質的側面から検討し,その実態と保育労働との関係性を考察することを目的とする.2. 分析対象 分析対象とするデータは,マンション購入等のコンサルティング会社が運営するサイト「住まいサーフィン」内の「パパ・ママ保活体験談」ページ上に,2022年1月から2023年6月までに投稿された165件の記事である.投稿者の属性は母親が129件,父親が36件であり,フルタイム勤務者が全体の約73%を占める.投稿者が利用した保育所はすべて東京大都市圏内に所在しており,うち約78%が認可保育所であった.投稿者の多くは2019年から2022年にかけて「保活」を経験しており,入所当時の子どもの年齢は0歳から2歳までが全体の約88%を占めていた. 保育所を利用した契機は,家計のために共働きが必須であった点,および身近に預けられる親族や知人がいなかった点が共通する傾向にあった.他方で,あらかじめ職場復帰を念頭に置いていた,日中子どもから離れるために就職先を探すといった,自らのキャリアやライフスタイルを重視する過程で保育所の利用を選択した例もみられた.3. 保育所利用者の体験談 保育所入所後の体験談からは,行事イベントや保護者会の実施,連絡帳によるやり取りが必要か否かといった,相反する保育ニーズの実態が描き出された.また,子どもを預けなければ働けない状況である一方,集団生活が基本となる保育所では子どもが体調を崩す頻度も多く,休園対応に苦労する声も散見された.保育所の利用にあたっては,厳格な送迎時間が1日のタイムスケジュールを規定している状況が示唆され,夫婦間での送迎役割の分担や,ベビーシッターサービスなどの積極的な利用を推奨する意見が挙げられていた. 投稿内容でひときわ目を引くのが,子育てをする上での息抜きに関する記述である.ここでは,父親の投稿者が自身のリフレッシュや家族で過ごす時間を挙げている点に対し,母親の投稿者は家事や育児から解放された「ひとりの時間・空間」をいかに作り出すかを重視している点が特徴的である.これに加えて,有給休暇等で平日に休みを取得した際に,子どもを保育所に預けることで自身の息抜きの時間を作り出すような例も多くみられた.4. 考察 多くの子育て世帯にとって,保育所の利用は日常生活を維持する上で必要不可欠となっており,保育サービスには従来の福祉的な側面にとどまらず,いつでも・どこでも利用可能な社会インフラとしての側面が求められている.その背後には本報告の事例が示唆するように,依然として母親に育児負担が偏っている状況がある.母親の多くは自身の子育てから解放された時間・空間を必要としており,それは時に,休日に子どもを預けることで実現されている.加えて,保育所には単に預ける以上の役割が求められるようになり,ニーズが相反するような状況も見受けられる. こうした状況に対応を迫られるのは,まさしくサービスを提供する保育所側であり,そこで働く保育労働者である.社会インフラとしての保育サービスを支える保育労働者の就業や生活の状況,保育ニーズの質的多様化と保育所の労働力編成との関係性などを明らかにしつつ,保育サービスの需給構造や社会的再生産をめぐる議論を展開していく視座が求められる.