著者
福田 晴夫 二町 一成
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告 (ISSN:05495210)
巻号頁・発行日
no.6, pp.35-68, 1988-09-30
被引用文献数
3

1)日本におけるリュウキュウムラサキの採集記録は年々増加の傾向を示しているが,実際の飛来個体数はあまり変化していないと思われる.近年の個体数変動が目立つのは,一時的な発生個体数の変化が大きく関係していると考えられる.2)日本で採集される型を大陸型,台湾型,フィリピン型,赤斑型,海洋島型としてその年次変化を見ても,とくに著しい変化は指摘できない.3)ただし,1983年は海洋島型を除く各型とも異常に多く,赤斑型だけで51頭が記録されたので,この型について次のようなことを明らかにした.i)これらの飛来は7月から10月にわたって3ないし4波に分けられる.ii)供給地として最も可能性が高いのはボルネオで,パラオ諸島はやや可能性が低く,マリアナ諸島以北は海洋島型の生息地であるので可能性はさらに少ない.4)13科にわたる食草の記録を検討した結果,本種の自然状態における主要食草はイラクサ科,ヒユ科,アオイ科,ヒルガオ科,キツネノマゴ科の植物である.5)パラオ諸島,ボルネオ(サラワク)における赤斑型の調査結果では,生息地は湿地,水田,人家周辺などで,主食草であるツルノゲイトウ,エンサイの多い環境である.6)赤斑型の分布拡大の過程を次のように推定した.i)個体群内における単性系♀の比率変化および生息環境の拡大による個体数の著しい増加.ii)それに伴なう周辺部への分散個体の増加(とくに乾季型的個体の分散).iii)強い気流による分散個体,とくに未交尾個体の運搬(長距離移動).iv)到着地における先住亜種が利用していない環境(湿地)への定着.v)森林性の先住亜種との間のすみわけの成立,ところによってはその接触地付近で両型の交雑による子孫の発生.7)亜種間交雑では,赤斑型×フィリピン型,赤斑型×台湾型のF_1は,相反交雑を含めて,両型の中間的斑紋となる.8)♀が多い異常性比は本種のほとんどの分布域で見られるが,同じ亜種でも地域によって性比は異なる.集団内の性比異常の原因は単性系♀,両性系♀と♂少産系♀の比率によるらしい.9)大陸型とフィリピン型に間性が見られるが,その発現機構はまだ不明である.
著者
久保 快哉 室谷 洋司
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告
巻号頁・発行日
no.3, pp.67-77, 1967

1) 1965年4月,中華民国台湾省において,ヒョウマダラTimelaea maculata formosana Fruhstorferの幼生期の観察を行なった。野外において生態観察を行なう一方,材料を飼育することによって幼生期の形態についても研究した。2) 産卵は概して背丈の低いニレ科のタイワンエノキCeltis formosanaの葉に1卵ずつ行なわれる。幼虫は静止する際に胴部をゆるやかなN字形に彎曲させる習性を有する。3) 卵および若齢幼虫からの飼育は,室内で行なったが,卵期約6日,幼虫期約30日,蛹期約14日であった。4) 幼生期の形態について判明したことは,(a)卵の概形はコムラサキ亜科Apaturinaeのものと大差ない。約25本の隆起条がある。産卵直後の卵の色彩はクリーム色である。径0.92mm,高さ0.94mm。(b)終齢(5齢幼虫はナメクジ状であり,腹部第3~6節でもっとも肥大する特異な形態を有する。体色は淡緑色で,亜背線と気門線は黄白色であり,他に斑紋や突起はない。体長29mm位。(c)蛹の色彩は淡緑色で隆起部分は黄褐色をおびる。全面に白粉を装う。体長18mm位。左右に著しく扁平であり,他のコムラサキ亜科の蛹と比較して小さく且つ,背稜は非常に凹凸が激しい。
著者
宮田 渡 小山 長雄
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告 (ISSN:05495210)
巻号頁・発行日
no.5, pp.1-27, 1971-08-31

日本産のSphingidae,Saturniidae,BrahmaeidaeおよびBombycidaeの4科55種の後頭形態を研究し,それによって類縁関係を検討した.1.上記4科の後頭部はいずれも,側溝部,縁毛帯および内側板を備え,PPP・PPA・PAA・APP・APA・AAAの6後頭型に分けられる.2.スズメガ科の後頭型はPPP,PPA,PAA,APA,AAAの5型からなる.本科は節板に分枝をもつ点において他の蛾類といちじるしく異なっている.また,Macroglossum,Gurelca,Cephonodes,およびHemarisの4属は小個眼部をもつ点でスズメガ科の他の種と異なっている.3.スズメガ科を除く3科は後頭形態に共通性があり,なかでもイボタガ科(PPA型)とカイコガ科(APA,APP型)が近縁である.4.各科における各種の類縁関係は図19〜20に示した通りである.分類上問題になる属はスズメガ科ではPsilogrammaとMeganotonで,この両属は後頭形態からみるとたがいに同属である.ヤママユガ科ではRhodinia属のR.fugax fugaxとR.jankowskii hattoriaeとは別属としてよい程異なっている.カイコガ科では,OberthueriaがBombyxとまったく異なるものであることはまちがいないが,これとPseudandracaまたは他の科との類縁関係は未詳である.
著者
TSUNEKI KATSUJI
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告 (ISSN:05495210)
巻号頁・発行日
no.1, pp.167-172, 1965-12-30

白水隆博士の送付された3頭の蜂類を検した結果をここに記録した.これらのうち1頭はPsen属の新亜種であり,1頭はホソギングチバチ属の新種であった. 1. クロバネセイボウ Chrysis (Chrysis) fuscipennis RULLE. ♀. 原種は金緑色の青蜂であり,日本本土の亜種murasakiは濃紫色である.標本は両者の中間状を呈し,琉球産のものに近い.台湾産のものは多くは原種に属する. 2. 夕イワンプセンバチ Psen (Psen) koreanus formosensis subsp. nov. ♀. (付図1-4) チョウセンプセンバチの亜種であるが,第3触角節が長幅比でやや大である点(=より長い),胸部の点刻がより小である点で区別できる.本土産のハクサンプセンバチPsen hakusanus TSUNEKIにも類似するが,本亜種では点刻が遥かに粗大である点で異なる.なお,比島産のPsen coriaceus LITH, ジャバ産のPsen elisabethae LITH(両者は亜種関係のようである)にも近似するが,体に青味を欠くことによって容易に区別でき,点刻・中節の彫刻も異なる. 3. シロウズギングチRhopalum (Latrorhopalum) shirozui sp. nov. ♀. (付図5-15) ホンギングチ属の中で,ク口ホソギングチ亜属は外部生殖器の構造・体に光沢を欠くこと,額域が明瞭であること,腹柄が後転・腿節の和より長いこと等の特徴で明らかな自然群をなすものであり,アジアの特産群である従来インド(高地)・チべット・日本・朝鮮・樺太から計5種が知られていた.台湾(渓頭(ケイトウ), 約1150m)から6番目の種類が発見されたことは興味深い.本種は前胸前側角が歯状に突出している点で,極めて容易に全ての既知種から区別できるが,また頭楯・触角・前中肢の第1附節・第8腹面節等にも顕著な特徴がある.触角節および脚の変形度からみると,本種は日本および朝鮮の2種より進化の度がやや低く,インドのものより高いことが結論される.ギングチバチには日本列島とヒマラヤ地方とに共通するもので,しかも他地方にその類を見ない亜属が幾つかあるが,台湾は調査不十分のため何も分っていなかった.今回白水博士の採集品により,台湾がその1グループに関連して浮び上ったことは,大いに意義あることである.
著者
田中 蕃
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
日本鱗翅学会特別報告 (ISSN:05495210)
巻号頁・発行日
no.6, pp.527-566, 1988-09-30
被引用文献数
7

1)ZELINKA&MARVAN(1961)が底生動物相による河川の水質汚濁度を調査するために開発した手法を応用し,蝶類群集を指標とする新しい環境評価の一方法を提示した.すなわち,群集を構成する種群とその生息数を調査し,これに種別生息分布度と指標価を導入した式によって環境階級存在比(ER)を算出する.本法による評価方法の特徴は,この式によって調査地内に不均質に分布する環境階級要素を抽出し,その比率からその地の環境を綜合的に判定するところにある.2)環境は,人類営力のかかわりの深浅によって,四つの階級に分類した.また,日本産蝶類各種がどの環境階級をどの程度選択して生息しているかによって「生息分布度」を提示した.ついで,この生息分布度の偏り方を基準として「指標価」を種ごとに定めた.3)1983年に愛知県猿投山において,本法による実践的な研究を行い,本法が環境の相観的な把握による評価とよく一致した評価を与えることを証明した.4)本法を既存の個体数調査資料を用いて,その汎用性と妥当性を検討した.その結果,ER値と環境階級の関係グラフに,環境状況に応じて一定の型があることがわかり,その特徴から環境判定のためのモデルグラフを提示した.これにより,評価を視覚的かつ直観的に行えるようにした.5)環境の判定に常用される優占度指数および多様度指数によって,本法の有効性を検定した.本法による評価はこれら指数とは整合的な関係にあり,生態学的な裏付けを確認した.6)精度については,まだ事例が少なく明確ではないが,既存資料を適用した場合の結果から考察すれば,環境の人工的改変が徐々に行われた場合のモニタリング的な評価方法としてはかなり有用と思われる程度と判断される.7)本法において誤差をもたらすと思われる諸要素(生息分布度,指標価,個体数補正,調査時刻,調査回数,個体数年次変動)について考察を加えた.8)水域という閉鎖系で成立したZELINKA-MARVAN法の陸域という開放系での適用について,諸々の問題点をあげて検討した.