著者
五嶋 良郎
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama Medical Journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.35-44, 2016-01-31

脳は数千億個のニューロンとその₁₀倍もの数に上るグリア細胞,血管などから構成されており,その機能は神経細胞のネットワークとそこで行われる神経伝達によって支えられている.一方,神経変性疾患をはじめとする様々な神経疾患を対象とする治療薬は,神経伝達に関わる抗うつ薬,抗精神病薬,睡眠薬,抗てんかん薬など,多彩な神経機能からみれば,極めて限られている.私達は神経伝達に加え,神経回路形成や細胞極性という細胞機能に及ぼす薬物開発の可能性を模索してきた.その1つが軸索輸送である.本総説では,我々が1997年以来,取り組んで来たセマフォリン3 A がひ,き起す軸索輸送と神経回路形成の役割を軸に,神経変性疾患研究の今後の展望を試みたい.
著者
水口 剛
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama Medical Journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.635-643, 2019-10-30

希少遺伝性疾患の原因は,現在でも全体の40-60%程度の疾患について未解明のままである. 疾患を引き起こす遺伝子変異の種類やサイズは多様で全てを網羅的にカバーするゲノム解析技術は存 在しない.従って未解明の疾患については既存の解析技術の穴をうめるような新規解析技術の適用が 有用である.実際,染色体核型分析,FISH法,キャピラリーシーケンサー,マイクロアレイ,次世 代ショートリードシーケンサーに代表される染色体・ゲノム解析法はそれぞれ異なる解像度を有し, 新規解析技術の登場が新たな種類・サイズの病的変化を明らかにしてきた.本稿ではこれらの解析技 術を駆使して筆者が行ってきた遺伝性疾患の原因・病態解明を目的とした多角的取り組みについて紹 介する.
著者
臼元 洋介
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama Medical Journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.645-651, 2019-10-30

法医学の分野では,死後経過時間の推定は重要な鑑定項目の1つである.これまでに,死後, 死体に現れるさまざまな化学的,物理的な現象を用いて,死後経過時間は推定されてきた.その中で も,現在広く用いられているのは,死斑や死後硬直,直腸温を用いた推定法である.しかしながら, 死斑や死後硬直については評価が主観的であり,直腸温については周囲の環境(気温や日当たりなど) の影響を強く受けるため,精密な死後経過時間の推定は容易ではない.筆者は,死後変化に影響を与 える因子の探索およびより精度の高い死後経過時間の推定法を確立することを目的として,様々な方 法を用いた死後変化の検討ならびに死後経過時間の推定法の研究を行ってきた.本稿では,これまで 検討を行った4つの方法(測色,髄液の電解質濃度,臓器重量,CT画像)による死後変化ならびに 死後経過時間推定法について詳述する.
著者
菱本 明豊
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = YOKOHAMA MEDICAL JOURNAL (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.83-87, 2021-04-30

本邦における10~54歳の死因上位を自殺が占める.今般のCOVID19パンデミックの影響による経済状況の悪化・社会的孤立・心理的ストレス等が引き金となり,自殺率のさらなる悪化が強く懸念される.個人が自殺に至る背景は失業・貧困・病苦・いじめなど様々であるが,家族・双生児・養子研究から自殺には生来の遺伝負因が存在するといわれてきた.我々は遺族の深いご理解の下,世界最大規模 1 ,250例超の自殺者血液試料を保有し,精力的に自殺の遺伝学的研究に取り組んできた.最近,日本人自殺者746名(vs対照者としてバイオバンクジャパン14,049名)のゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い,これまで疫学レベルでしか示されてこなかった「自殺の遺伝負因」のエビデンスをGCTA解析やポリジェニックリスクスコア(PRS)解析等により世界で初めて実験科学的に証明した.同研究で日本人自殺について,遺伝負因が強い統合失調症や双極性障害に匹敵する約40%という一塩基多型由来遺伝率を検出した.さらにGWASデータから算出できる個人ごとの自殺PRSが,個人の自殺リスクを予測できる可能性を見出した.今後,自殺GWASのサンプルサイズが向上していくことで,強いストレス下の自殺リスクに寄与する遺伝子領域の同定や,PRS算出による確度の高い自殺リスク判定が可能となることが強く示唆される.
著者
日暮 琢磨 中島 淳
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama Medical Journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1・2, pp.35-46, 2017-05-30

大腸癌の罹患率,死亡率は本邦のみならず世界中で増加傾向であり対策が求められている.特定の栄養素や医薬品の投与によって癌を積極的に予防するという方法を化学予防というが,糖尿病の治療薬のひとつであるメトホルミンを用いた大腸癌の化学予防の取り組みを概説する.メトホルミンは複数の大規模疫学研究により内服者は非内服者と比較して大腸癌を含む種々の癌の発生が少ないことが報告されている.我々はこの事実に着目し,2つの大腸発癌モデルマウスを用いてメトホルミンの予防効果を実証し,その機序がAMPKの活性化とmTORの抑制にあることを示した.更にトランスレーショナルリサーチとして臨床研究を行い,大腸癌の代替指標であるヒト直腸にあるAberrant Crypt Foci が減少すること,ポリープ切除後の新規ポリープの発生を抑制することを,無作為比較試験を実施し報告した.大腸癌の罹患,死亡の抑制に向けて今後更なる発展が期待される.
著者
土田 哲也 福島 亮介 金子 尚樹 伊藤 秀一
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama Medical Journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1・2, pp.29-34, 2017-05-30

IgA血管炎は,小児に好発する血管炎で川崎病に次いで多く,紫斑,腹痛,関節痛,糸球体腎炎を特徴とし,自然治癒が多く重症例は少ない.私たちはステロイド薬で症状は改善したが,ステロイド薬の減量中に突然の消化管出血を来たしショックに陥った一男児例を経験した.8 歳男児.紫斑と腹痛で来院し,IgA血管炎の診断で入院加療となった.ステロイド薬で症状は改善したが,ステロイド薬の漸減中に突然の腹痛,大量の血性下痢,顔色不良,末梢冷感,頻脈,さらに紫斑の再燃を認めた.腹部超音波検査と腹部造影CT検査で小腸から上行結腸にかけての腸管壁の肥厚と腹水の貯留を認めたが,出血源の特定は困難だった.ショックに大量輸液,濃厚赤血球輸血を速やかに行い循環動態は安定した.血管炎にステロイド薬の増量と第XIII因子の投与を行い,翌日以降の再出血はなかった.血液濃縮所見と腸管の浮腫や腹水より,ショックの原因は血管炎に伴う消化管出血と血管透過性亢進による血管内脱水の双方が推定された.消化器症状の改善とともに腹部超音波検査所見も改善した.ショックに至る例は成人を含め報告例は少ないが,本症例と同様にステロイド薬で症状が軽快した後にショック状態を呈した例がみられた.IgA血管炎は,ステロイド薬の減量中に消化管出血をきたすことがあり,身体所見,血液検査所見だけでなく,腹部超音波検査所見を定期的に観察することが重要であろう.
著者
鶴﨑 美徳
出版者
横浜市立大学医学会
雑誌
横浜医学 = Yokohama medical journal (ISSN:03727726)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.585-589, 2017-03-30

₂₀₀₅年以降,次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer,NGS)が順次市場に登場し,主にメンデル遺伝性疾患(単一遺伝子疾患)の責任遺伝子が次々と同定されている.特に,NGSを利用した全エクソーム解析(Whole Exome Sequencing,WES)により,様々なメンデル遺伝性疾患の解明が,その周辺技術の開発とも相まって,現在も精力的に行われている.本総説では,筆者が携わった遺伝性難治疾患のうち,原因不明なメンデル遺伝性疾患のWESを用いた責任遺伝子の同定,および病態解明の自験例(Coffin-Siris 症候群,脊髄性筋萎縮症,習慣性流産)を紹介する.