著者
井上 紗奈 KABURU Stefano S. K. NEWTON-FISHER Nicholas E.
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.9, 2012 (Released:2013-11-01)

野生チンパンジーにおいて、同群の成熟個体を殺すことはまれである。特に、在位中のアルファオスが群れのメンバーによって殺される、という事例はこれまで報告されたことがない。本研究では、タンザニア・マハレ山塊国立公園のMグループでおきた殺害行動の概要と、死後の死体へのメンバーの反応について報告する。事件は、2011年10月2日におきた。アルファのPM(23歳)は在位4年目で健康なオスであった。事件は、PMと第二位のオス(PR)の喧嘩からPRが他のオスに助けを求めたことを発端とし、オス2個体を中心としたPMへの攻撃が始まった。攻撃は断続的に約2時間つづき、PMは死亡した。発表者はPMの死後直後に到着し、群れが現場から移動するまでの間、群れの観察をおこなった。到着時、PMの死体は水のない川岸すぐ脇の川底にあった。川岸15m程度頭上の木の枝に、攻撃時にPM擁護にまわったオスが座っていた。10m以内の藪にはPMを攻撃したオス数個体がいたが、数分でその場を離れた。その後、死体より3m以内の川岸にて、攻撃に加わっていないワカモノオスが枝を振り回して走り抜けるディスプレイをおこなった。直後に、数個体のメスが反対の川岸より15m~10m距離を横断した。そのうち1個体が向きを変えて死体の方へ接近したが、ワカモノオスのディスプレイにより離れた。つづいて来た子ども連れのメスが、死体に最接近した。顔に触れそうな距離で臭いを嗅ぎ、1m距離でしばし座った後、その場を離れた。一緒に来た子どもは、2m距離まで近づいたもののそれ以上は接近せず、少し離れた所から枝を振ったり、立ち上がってのぞきこむような行動をとった。事件は突発的におこったものだが、結果として現役アルファオスの死をもたらした。死後の死体への反応は、いずれも、通常ならアルファオスに対して絶対にとらない行動である。激しいけんかをしたと
著者
澤田 晶子 佐藤 博俊 井上 英治 大谷 洋介 半谷 吾郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.108, 2012 (Released:2013-11-01)

ニホンザルの主要食物である植物と異なり、単独で点在するキノコは絶対量が少なく、あっという間に食べ尽くされてしまうため、学習のチャンスが極めて少ない食物である。菌類相の多様性が高い屋久島において、ニホンザル (Macaca fuscata yakui) は何らかの手段で毒キノコを識別して忌避しているのだろうか。本研究では、ニホンザルが食べたキノコ・食べなかったキノコの分子種同定結果を基に、ニホンザルのキノコに対する選択・忌避の傾向とその基準について解明した。 調査は屋久島に生息する野生ニホンザルAT群を対象とし、2009年8月から2010年9月にかけて実施した。キノコはニホンザルの採食時間のわずか2.2%を占めるにしかすぎなかったが、年間を通じてニホンザルは少なくとも67種 (31属) という非常に多様なキノコを食べていたことが判明した。採食時の行動に着目したところ、ニホンザルは手に取ったキノコに対してにおいを確認する、かじって吐き出すという検査行動を取ることがあった。そこで、採食時の行動パターンを、ニホンザルがキノコに遭遇したとき・手に取ったとき・検査行動を見せたとき・食べたときと4段階に分けて分析した。結果は、ニホンザルが検査行動なしですぐに食べるキノコは毒キノコである割合が低く、ニホンザルが途中で採食を止めたキノコは毒キノコである割合が高いことを示すものであった。これらのことから、ニホンザルはキノコに対してある程度事前の知識を有しており、味覚とあわせて毒キノコ回避において重要な役割を果たしている可能性が示唆された。 さらに、キノコの属性や系統について詳細な解析をおこない、ニホンザルのキノコに対する選択・忌避の傾向との関連性を検証する。
著者
菊池 瑛理佳 三輪 美樹 中村 克樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.37, 2012 (Released:2013-11-01)

ヒトの子どもには、おもちゃの選好性に性差があることが報告されている。例えば、男の子はミニカーなどの動くおもちゃを好み、女の子はぬいぐるみや人形などを好む。これらの選好性が親の教育方針などによって左右されるという見解も多くあったが、こうした選好性は、出生前のホルモン暴露の影響を強く受けていることなど生物学的要素が影響しているという考えが支持されている。さらにヒト以外の霊長類でも、ベルベットモンキー(Alexander and Hines, 2002)やアカゲザル(Hassett, Siebert, & Wallen, 2008)でもヒト用おもちゃに対する選好性の性差が報告されている。ヒト以外の霊長類がおもちゃの意味を理解しているとは考えにくいが、こうした物体の何らかの要素に対する選好性の性差が存在することを示唆する。本研究は、小型新世界ザルであるコモンマーモセットが物体の選好性に関する性差を示すか否かを、ヒト用おもちゃを刺激として調べることを目的とした。実験には1歳半以上のコモンマーモセットのオス9頭、メス9頭を対象に実験した。刺激として、ぬいぐるみ(ヒトの女児用おもちゃ)とミニカー(ヒトの男児用おもちゃ)を用いた。実験は飼育ケージで行なった。実験1では、ぬいぐるみとミニカーを同時に30分間個体に提示し、実験2では、ぬいぐるみ2つとミニカー2つを用意し、一つずつ5分間個体に提示した。おもちゃの提示期間中、コモンマーモセットの行動をビデオ撮影した。結果、実験1において有意差は見られず、実験2においてメスがぬいぐるみに接触する時間がオスよりも有意に長かった(Mann-Whitney’s U test, P
著者
小島 龍平
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.74, 2012 (Released:2013-11-01)

ニホンザル広背筋の筋線維タイプ構成を検索した.骨格筋試料は10%ホルマリンによる注入固定を施され,同液中に約14年間保存された標本から採取した.筋線維タイプの判別は免疫組織化学手的手法を用いて行った.筋の起始と停止の中央付近で筋腹の全横断面をカバーするように切片を作成した.一次抗体として市販のモノクローナル抗体(抗速筋型MHC抗体としてclone MY-32,Sigma,抗遅筋型MHC抗体としてclone NOQ7.5.4D,Sigma)を用いて間接蛍光抗体法により染色した.筋線維タイプ構成をあらわすパラメータとして遅筋線維の数比(%ST)を求めた.広背筋の%STは35~40%程度の値を示した.背側部の筋束に比べ腹側部の筋束の方が速筋線維の比率がやや高いようにも思われたが,その違いは大きなものではなかった.すでに検索した同一個体の他の骨格筋の%STは,腓腹筋外側頭:21%,ヒラメ筋:96%,僧帽筋頭側部:56%,同尾側部:34%,板状筋内側部:58%,同外側部42%,腹直筋:25~30%,外腹斜筋:24~39%,内腹斜筋:25~32%,腹横筋:25~33%であった.広背筋の筋線維タイプ構成は,腓腹筋外側頭に比べればやや遅筋線維の数が多いが,比較的速筋線維優位の構成を示した.広背筋は上腕骨近位部に停止し,肩関節を伸展する(上腕骨を尾方に引く)大きな筋である.速筋線維優位の筋線維タイプ構成を示すことは,四足移動時の駆動力として,あるいは樹上活動時に短時間に大きな力を発揮するような働きが優位であることを示唆する.また,広背筋は広い範囲にわたって起始する.今回の検索では,背腹方向で部位により筋線維タイプ構成に大きな違いはみられなかったが,さらに部位間の機能的な特性の違いについてより詳細に検討する必要があると考える.また体幹と肩帯や上腕骨とを連結する筋群の中での広背筋の特性について検討する必要があると考える.
著者
杉山 幸丸 栗田 博之 松井 猛 木本 智 江川順子 順子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第28回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.19, 2012 (Released:2013-11-01)

1960年代から1970年代前半にかけて餌付けされた野生ニホンザル(Macaca fuscata)で高頻度に奇形個体が誕生した。多いところでは新生児の40%を超えたという。高崎山でも5%に近づいた。初期には近親交配と人工餌、とくに特定国からの輸入大豆に付着した農薬がその原因として指摘されたが、特定できないままその発生頻度が減少して話題に上らなくなった。しかし減少してもゼロに帰したわけではない。最近5年間の高崎山は0.2%である。私たちは奇形発生が頂点に達した1970年代後半以降の高崎山個体群の資料を中心に、その発生頻度の変化を分析した。奇形児の発生は投与餌量と相関を示した。これは個体数増加の著しい時期とも一致する。しかし総個体数とも出産率とも相関していない。すなわち、高栄養条件で出産率が向上して奇形胎児が流死産せずに誕生したという説は必ずしも適切ではない。最終的な究明にまでは至らなかったが、投与餌が原因として残された。また、多発時にも指摘された遺伝的要因も家系集積の存在からその原因の一部として残された。奇形は雄に多く発生したが統計的な有意差には至らなかった。また多くの奇形が手足とも第4指に圧倒的に多く見られたが、その原因は不明だった。