著者
馬場 美穂子
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.68-84, 2020-02-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
17
被引用文献数
1

本研究では、コミュニケーションの「ずれ」1、特に、コミュニケーションや人間関係にマイナスの影響を及ぼし得るずれに着目し、それらを残さないための方策を検討すべく、やりとりの中で生じた違和感を指標として、ずれの実態を探った。調査方法としては、近年日本において増加している接触場面に焦点を当て、3組の日本語母語話者・非母語話者の初対面ペアに30分間会話をしてもらい、後日、協力者双方にフォローアップ・インタビューを実施した。そして、その語りから違和感が生じた場面およびその後のやりとりに関する意識を質的分析法により抽出し、同場面での相手の意識と比較しながら会話データを詳細に観察することで、そこで起きていたずれの様相とその行方を分析・考察した。調査で得た20件の違和感のデータを分析した結果、マイナスの違和感の背後には複数のずれが生起しており、自身の認識する違和感の原因が実際のずれと一致していない場合が多いことが分かった。そのずれの原因としては、違和感を覚えた相手の言動を自身の持つ「前提」2を基準として解釈し、実際のずれの所在を探る働きかけをしなかったことや、相手の働きかけに気づかなかったこと、相手への配慮から違和感を表出しなかったことが挙げられ、それにより相手の意図を誤解したまま違和感として残るケースが確認された。つまり、違和感をやり過ごすことが少なくない現状は、結果として問題のあるずれが残ることにつながっていると言える。逆に、やりとりの中で違和感が解消された件においては全て、ずれの所在を探り、解消するための働きかけがなされていたことから、違和感を覚えた際には、全く表出しないという配慮ではなく、感じたずれを伝えるための工夫や、共にずれを解消していくための工夫をするという配慮をしながらやりとりしていくことの重要性が示された。
著者
柳 東汶
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.34-50, 2023-04-01 (Released:2023-04-01)
参考文献数
18

待遇コミュニケーションは、コミュニケーションを捉える理論の一つとして、数多くの研究・教育の成果を残してきた。しかし、その成果は、学会誌『待遇コミュニケーション研究』を確認する限り、言語に集中しており、「コミュニケーションは、言語だけで成り立つものではない」という我々の直感と通じないものになっている。言語以外のコミュニケーション行為も視野に入れた、待遇コミュニケーション研究・教育を考えることが、これからの課題になってくるといえる。そこで、本稿では、マルチモーダルの観点を取り入れた待遇コミュニケーションと、待遇コミュニケーションとしてのマルチモーダル・コミュニケーション研究のあり方について、考察を行った。研究課題1「マルチモーダルの観点を待遇コミュニケーションの理論に取り入れた場合、どのように捉え直すことができるか」に関しては、形式(かたち)に関する概念である「媒材」「言材」「文話」について、マルチモーダルの観点から考察した。媒材に関しては、音声・文字以外にも表情や視線などの媒材があり、複数の媒材化が互いに関係性を持って同時に行われることを述べた。言材に関しては、コミュニケーション材という概念を提示し、それによって「〈コミュニケーション=行為〉観」というコミュニケーション観が考えられると論じた。文話に関しては、マルチモーダルの観点を取り入れると、手話やモールス符号など、文章・談話に含まれないものを視野に入ると述べた。研究課題2「マルチモーダル・コミュニケーションの研究を待遇コミュニケーションとして捉えた場合、どのようなあり方が考えられるか」については、第4章で、二つの研究を採り上げて考察を行った。考察の内容としては、(1)音声・文字以外の媒材によるコミュニケーション行為と、それに関する5つの要素の連動についての研究、(2)ポライトネス理論や敬意コミュニケーションの観点から捉えた研究、(3)教育・学習場面を、コミュニケーションの場面として捉えた上での待遇コミュニケーション研究、が考えられると論じた。
著者
高木 美嘉
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.17-33, 2023-04-01 (Released:2023-04-01)
参考文献数
23

本稿は、現在、広く使用されている「やさしい日本語」の既存のガイドラインの中で、敬語はどのように取り扱われているかを検証した上で、「やさしい日本語」における敬語の取り扱い方の課題を提示するものである。このテーマを取り上げたのは、筆者が授業等で「やさしい日本語」を解説する際、一般書籍や資料の中では、敬語の使用に関して、「使わない」とただ書かれていることが多く、理論的な説明があまりなされていないことに気付いたことが契機になっている。敬語の運用に関する指針についても明確に作成することで、「やさしい日本語」がさらに使いやすいものになることが期待できると考え、現状を調査、整理することにした。調査と考察は次の手順で行った。まず、既存の「やさしい日本語」の中で敬語がどのように扱われているか、現状を整理した。現状を知る資料として、一般に販売されている「やさしい日本語」を解説した一般書籍6冊と行政組織がホームページなどで一般市民に公開している「やさしい日本語」の7つのガイドラインの中から、敬語に関する記述内容を検索、抽出し、整理した。その結果、全体的な傾向として、尊敬語と謙譲語は使わないこと、文末の「です・ます」は欠かさないようにすること、依頼表現は「〜てください」に統一することといった、一定の傾向があることがわかった。最後に、「やさしい日本語」における敬語の扱いについて、「丁寧さの原理(蒲谷2013)」と「敬語の指針(文化審議会答申2007)」などと照らし合わせて考察し、今後の「やさしい日本語」における敬語の使い方の検討課題を提示した。
著者
杉崎 美生
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.1-17, 2019-02-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
13
被引用文献数
1

「なんか」は日常的に会話に用いられる語で、従来多くの機能が取り上げられ、分析されてきた(鈴木2000、内田2001、飯尾2006)。しかし「なぜ「なんか」という語を発話するのか」という話し手の動機づけに関しては、未だ明確な答えは示されておらず、十分に議論が尽くされていないと考える。本研究では、「びっくりしたこと」を語る会話データを用い、特に会話参与者が自らの経験を語る自己開示場面において、「なんか」と共に現れる語や表現などの言語現象に着目し、「話し手がどのように「なんか」を用いているのか」を考えることから、そのコミュニケーション上の働きを分析した。その結果、話し手は心的に漠然とではあるが、これから話そうとする内容をイメージとして持っているときに、「なんか」を発話していることが確認された。自己開示場面において、話し手は過去の出来事を想起しながら話すことが多いため、発話内容が順序立てられていない場合や、正確ではない表現を用いる場合もある。そのような場面で、「なんか」は言いよどみや修復と共起し、「漠然としたイメージで話を進めているため、正確とは言えないかもしれないが」という話し手の内的な感情を聞き手に伝えつつ、談話を進めていく働きを担っていた。また「なんか」は、発話内容に対して、その時感じた心の内を表現するとき、心内発話、オノマトペ、発話の引用などの直接経験と共に発話され、聞き手に対し、「正確とは言えないかもしれないが、このように感じた」と、自らの認識を示すことに貢献していた。これらのことから、「なんか」は、話し手の語りがまだ漠然としていることを聞き手に示しながら、語りを駆動させる働きを持ち、心内発話、オノマトペ、発話の引用などの直接経験を導きながら、発話内容に対する自らの認識を伝えるという、コミュニケーション上の重要な役割を果たしていると考えられる。
著者
勝 成仁
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.102, 2020

<p>日本語では、相手を呼ぶとき呼び捨てで名前を呼ぶだけでなく、「自身の性別」「相手の性別」「立場関係(年上・同世代・年下)」「親疎関係」など、様々な要因によって「~さん」「~くん」「~ちゃん」と呼ぶこともあり、これらの要因は複雑に絡み合っている。先行研究では、日本語の呼称の待遇的機能に着目したものは多く見られるが、日本人大学生や日本語学習者の呼称の使用実態に着目した研究は少ない。そこで本研究では、日本の大学に所属している日本人大学生(79人)と日本語学習者(34人)に対し、「①呼称選択に関して、日本人大学生と日本語学習者の間にどのような差があり、それはどのような要因によるものか」「②日本の大学に所属している日本語学習者の中で日本語のレベルや日本への滞在期間によって呼称選択の要因に変化はみられるか」という2点を明らかにするためにGoogle-formによる質問紙を用いた調査を行い、決定木を用いて分析した。</p><p>全体の結果から、呼称を選択する際に「自身の性別」は結果に影響を与えておらず、呼称を選択する最も強い要因は「立場関係」であり、<年上>に対して「苗字さん」(35%)が最も多く使われていたことが分かった。次に<同世代、年下>に対しては「相手の性別」による影響が強く、<同世代、年下>の<女性>に対しては「苗字さん」(30%)が最も使われていた。その中の<親しい相手>に対して、日本人大学生は「呼び捨て(名前)」(37%)を、日本語学習者は「名前ちゃん」(35%)を最も使用しており、この結果から日本語学習者が名前に「ちゃん」を付け加えることで相手への親しみを表している可能性が示唆された。次に日本語学習者のみの結果から、「日本語のレベル」は結果に影響を与えていないことが分かり、呼称を選択する最も強い要因は「自身の性別」であることが分かった。<男性>の日本語学習者(13人)は「呼び捨て(名前)」(32%)を、<女性>の日本語学習者(21人)は「苗字さん」(51%)を最も使用していることが分かった。また、「滞在期間」によっても有意な差は出たが、結果が「<1年未満><3年以上>」と「<1~2年><2~3年>」で分かれ、長さに比例して変化が見られたわけではなく、この結果からだけでは「滞在期間」が呼称選択要因に与えている影響について明らかにできなかった。今後は日本人大学生や学習者へのインタビュー調査を通して、今回の調査で明らかにできなかった点や呼称を選択する際の困難点などについて調べていく必要があると考えられる。</p>
著者
坂本 惠
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.91-96, 2019-02-01 (Released:2020-02-01)

本稿では「待遇コミュニケーション」「敬語コミュニケーション」でのいくつかのキーワードについて考察した。「丁寧」と「配慮」は同じ文脈で使われることもあるが、意味、用法の違いがある。「丁寧」は「乱暴でなく、心を込めて十分に考えて行う」というような意味で、相手を想定していない場合も多く、行動の仕方、方法、行動するときの様式を表している。一方「配慮」は「ある状況に対して、多くは特別な状況や、不十分な状況であることを理解して、それに合った、特別な扱いをする」というような意味で、必ず相手を必要とする。「尊敬」は人に対して使われ、「その行動、言動がすばらしいものだと感じられ、その人を真似したいと思い、仰ぎ見る存在であると思う」ことを表し、「尊重」は対象は人とは限らず、「何かを特別なものとして軽視せず、そのものとして大事に扱う、認める」という意味で、行動を伴うものである。「敬意」は「尊敬」に近いが、主に人に使いその人を「尊重」する気持ちである。「誠意」は自分自身の相手に対する気持ちであるが、それをどのように示すかという意味で関連表現である。「誠意」をどのように示すかは文化、言語によって異なることが知られている。これらの語はよく使われているが、実際には定義が難しく、他の言語に翻訳することも難しい。注意して使う必要がある。
著者
李 婷
出版者
待遇コミュニケーション学会
雑誌
待遇コミュニケーション研究 (ISSN:13488481)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.85-101, 2020-02-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
14

本研究の目的は、待遇コミュニケーション論の観点から、これまでそれぞれが個別に研究されてきたメタ言語表現とコミュニケーションのメタ認知の関係を明らかにすることである。そのために、収集した自然談話資料で実際に使用されたメタ言語表現について、コミュニケーションの当事者にそれぞれフォローアップインタビューを行った。まず、1)メタ言語表現の生成過程においてどのようなメタ認知的活動が行われうるのかを示し、2)メタ言語表現の使用とコミュニケーションのメタ認知の関係について4パターンにまとめることで、分析の射程と留意点を明確にした。それから、1)と2)を踏まえた上で、「人間関係」、「場」、「意識」、「内容」、「形式」に言及するメタ言語表現(「僕も人のことを言える立場じゃないけど、」、「やっぱ、家族を持ってる方は、言うことが違うなあ!リアルだわ。」、「ちょっと食事の前であれなんだけれども、」、「別にうちの娘を自慢してもしょうがないんだけど、」、「青春時代に傷ついたことがあって、」、「簡単に言うと、」)を取り上げ、コミュニケーション主体に実施したフォローアップインタビューで得られた語りからコミュニケーションのメタ認知を探った。結果として、メタ言語表現の使用に関わるメタ認知的知識とメタ認知的活動が確認でき、「事後段階」の深い内省と本人でしか語れない示唆が得られている。部分的、断片的ではあるが、コミュニケーション主体の語りには、メタ言語表現の使用とコミュニケーションのメタ認知の結びつきが示されている。また、コミュニケーション主体として持っているメタ認知的知識に基づいた上で、コミュニケーション行為を遂行しながらメタ認知的モニタリングの下で、メタ言語表現によってコミュニケーションを調整し、メタ認知的コントロールを行うというプロセスは、コミュニケーション主体の語りによって具現化されたのではないかと思う。