著者
水島 淳
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.21-44, 2023-05-15 (Released:2023-06-02)

本論文は、反出生主義の精緻化を目指し、その上で切り捨てられることになる感情、特に〈生まれてこない方がよかった〉に注目し、そのケアも同時に目指したものである。反出生主義を「人間、場合によってはすべての有感生物から苦痛を取り除く思想」とし、現代反出生主義が感情の範疇である可能性と理性と論理だけで組み上げた反出生主義の冷酷さ示す。そして理性によって退けられる感情である〈生まれてこない方がよかった〉を3つの視点からケアする道を探っていく。その3つの視点とは「基本的自尊感情」、「いるからいる」、「死にたい」へのケア方法の応用である。
著者
南学 正仁
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.12-20, 2023-05-15 (Released:2023-06-02)

Imagine a situation in which a patient asks a doctor “Why must I die?” and the doctor stands there stunned. Physicist Schrödinger claimed that scientists unconsciously put “I” as the subject of recognition outside the objective world. Both doctor and patient put “I” as the subject of recognition outside the objective world. In medicine as a science, doctors eliminate the fact that each patient is “I” for himself. Also, doctor puts himself outside the objective world and thinks as if he himself will not die. By doing so, doctors can continue their clinical practice in which they get close to people’s death. On the other hand, patients spend their days as if they will not die, by putting “I” outside the objective world.
著者
渡辺 恒夫
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.5-18, 2019 (Released:2021-03-15)

Takahashi (2016) found “miscarried epistemological revolution” in Gestalt psychology. To examine her idea, this paper investigated the nature of the psychological explanation in Gestalt psychology. The law of proximity, one of the Gestalt laws of perceptual organization, was examined. As a result, two points were suggested. First, this “law” does not refer to the causal relationship in the so-called scientific explanation, but to the meaningful relationship between two subjective impressions. Second, the latter relationship can be phenomenologically elucidated on the basis of “figure and ground,” the most fundamental phenomenological structure in perception. Phenomenological elucidation is a process of identifying phenomenological structures behind each individual case of experience. This method may be applied not only to Gestalt psychology but also to other domains with psychoanalytic concepts such as “identity.” Finally, the possibility of rewriting the history of psychology was discussed, while reexamining a considerable number of psychological concepts and explanations by the method. This effort of “rewriting” would make a starting point from the “miscarried epistemological revolution” toward an alternative psychology.
著者
黄 信者
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.18-32, 2022-06-05 (Released:2022-06-05)

本論は日本大正期の雑誌『変態心理』の分析を通して、1990年代から非西洋文化の中でみられるようになった新しい心理学の形式Indigenous Psychology(IP)を検討することを目的とする。方法としては、心理学史の視座を用いて、『変態心理』の復刻版(全34巻)を主要研究資料とし、現在のIPで言う「土着の概念・知識」と関わる文献を抽出して分析を行った。その結果、『変態心理』は「土着の概念・知識」と、それを内包する民間精神療法・心霊現象を研究対象にしていることがわかった。また時期によって論じ方が変わる傾向がみられた。抽出した論文をみると、対象だけでなく方法も、現在のIP研究と合致していることが少なくない。つまり、現在のIPの視点を取り入れながら『変態心理』を分析すると、当雑誌の心理学史における位置づけを再評価できるかもしれない。しかし、筆者の分析では、『変態心理』における「土着の概念・知識」の解釈と議論は不十分であり、特に具体的な身体経験への関心が不足している。それは同時に現在のIP研究への啓示ともいえる。
著者
渡辺 恒夫
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.45-75, 2023-05-15 (Released:2023-06-02)

異世界転生アニメの流行に促され、異世界転生は可能かを、現象学と分析哲学を用いて考えてみた。まず異世界とはSF的な平行宇宙などではない。他者「X」を存在論的な対等他者と認める時、この私が「X」として生まれたような世界の実在を認めたことになり、それが異世界と呼べるのである。現実世界では私は「渡辺*」なので、私が「X」であるような世界は可能世界に留まるが、ルイスの様相実在論は可能世界が現実世界と同等に実在すると説くので最初の手掛かりとなる。次に死生観を、終焉テーゼ、死後存続説、世界消滅説、「私の死後も存在する他者とは誰かの問い」の4タイプに分類し、最後の説のみが検討に値するとした。そこでフッサール他者論を足掛かりに、他者とは時間を異にする私であるという第一の定式化を得た。ルイスの様相実在論ではこの私と時間を異にする私との間の貫世界同一性が否定されるし、可能世界の間にいかなる時間的関係もないので、この定式はそのままでは成立しない。この難点を克服するため、八木沢(2014)の5次元主義可能世界論に着目し、他者とは世界を異にするこの私の世界切片であるという新たな定式を得た。私の世界切片としての存在論的対等他者の判別法は自我体験・独我論的体験に求められ、この定式をよき物語=死生観へ肉付けする必要性が説かれた。
著者
田中 彰吾 森 直久
出版者
心の科学の基礎論研究会
雑誌
こころの科学とエピステモロジー (ISSN:24362131)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.2-17, 2022-06-05 (Released:2022-06-05)

新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、オンライン会議システムを利用する機会が増え、テレワークや遠隔授業を通じて社会に定着しつつある。オンラインでの会話と対面での会話に違いがあることはすでに広く認知されているが、具体的にどのような質的差異があるのかは必ずしも明らかにされていない。本稿は、現象学者メルロ゠ポンティの「間身体性」の観点を応用して、この差異を解明することに取り組む。間身体性は、自己の身体と他者の身体とのあいだに潜在する相互的・循環的な関係性であり、非言語的コミュニケーションの同期と同調を通じて表出する。対面での会話場面とオンラインでの会話場面の観察データを間身体性の観点にもとづいて比較・分析すると、両者には、視線・姿勢・距離など、非言語の身体的相互作用において大きな違いが見られる。対面での会話は、自他間の身体的相互作用から創発する「あいだ」(または「間(ま)」、「場」)によって会話の過程と内容が左右され、情動や気分が参加者間で共有されやすい。これに対して、オンラインでの会話は身体的相互作用が貧弱になるものの、参加者間で創発する「あいだ」による拘束を受けにくく、明示的な言語的メッセージのやり取りや、個人的な見解に踏み込んだ意見の交換を促進しやすい。