- 著者
-
鷲見 成正
- 出版者
- 日本アニメーション学会
- 雑誌
- アニメーション研究 (ISSN:1347300X)
- 巻号頁・発行日
- vol.20, no.2, pp.35-40, 2020-03-31 (Released:2021-05-07)
- 参考文献数
- 11
人の歩行動作は身体の各部位間に生じる協応的運動関係から成り立つことから、実写映像とアニメーション映像のそれぞれについて歩行を表現する身体運動間の相関関係を調べてみた。歩行者の踵と他方の肩の運動を測って両者のプロットグラフが描く協応図を作成してみると、歩行者8名の実写映像から得た協応図は、リング状の複雑な形態を表し各人各様の細かな行為的表現を示す。一方歩行者3名のアニメーション映像から得た協応図は、三角型の単純な形態を表し相関的な結びつきの少ない各歩行者に共通する行動的表現を示した。いずれの映像にあっても意図伝達の手段として歩行動作は表現されるが、実写ではそれが複雑多様な運動形態をとりアニメーションでは単純で画一的な運動形態をとる。この違いは両者を理解するうえで重要と思われる。アニメーション映像では、実写映像に似せてより精度を高めた完成した形での動作表現が求められるのではなく、綿密に仕組まれた「未完成」が求められるからである。たとえ実写映像に比べて協応図に大きな違いがあったとしても、アニメーション映像から受ける歩行動作の印象はそれを表す実写映像と比べて大きな違いは認められない。その理由は精巧に仕上げられたアニメーション映像の「不完全」表現にあると考えられる。ここでの不完全は決して完全を欠いたものを意味するのではなく、それを受け入れた観客は心の中でより高度に完成された「完全」を認識できるよう綿密に準備された表現を意味する。アニメーション映像が実写映像と本質的異なる点は、心の働きを通して見る人に大きな感動と深い感銘を与えることができるような「不完全」表現を備えているからである。