著者
石田 美紀
出版者
美学会
雑誌
美学 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.59-70, 1999

La nave bianca (1941), il primo lungometraggio di Roberto Rossellini, Viene considerato come una delle origini del neorealismo che e il movimento cinematografico del secondo dopoguerra, anche se il Centro ministero navale lo produsse con l'intenzione della pubblicita per le armi navali. Perche questo film venne prodotto nella maniera che assomiglia a quella del neorealismo (attori non professionali, filmare all' esterni, racconti reali) e la scena della battaglia navale e molto diversa dalla retorica propagandistica. Per o dal punto di vista del suo effetto e del suo significato, ha il carattere assolutamente diverso da neorealismo, infatti e la propaganda eccellente. Usando la strategia di low politics come l'immagine di Elena, una infermiera volontaria, e il racconto d'amore tra lei e Basso, un soldato ferito, questo film pote avvicinarsi agli spettatori e trasmettere il messaggio fascistico piu efficacemente che urlare l'ideologia fascistica. In questo saggio, provo a analizzare la sua mise-en-scene e mettere a fuoco il nuovo problema nell'opera di Rossellini che si cela sotto i discorsi d' auteur, cioe la relazione tra l'immagine delle donne e l'ideologia.
著者
小林 剛一 平形 ひとみ 井上 まさよ 横山 貞子 石田 美紀 望月 栄美 高坂 寛之 関口 文子 中村 幸男
出版者
北関東医学会
雑誌
北関東医学 (ISSN:13432826)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.31-41, 2018-02-01 (Released:2018-04-05)
参考文献数
20
被引用文献数
1 1

【背景・目的】 わが国は,超高齢社会に伴う「多死社会」を迎える.増加する死亡者を全て病院で看取る事は不可能であり,最期を迎える場の選択肢として,特別養護老人ホーム(以後特養)などの高齢者施設への期待が高まっている.特養1は,常時介護を必要とし,在宅生活が困難になった高齢者が入居する老人福祉施設である.本研究の目的は,終末期医療における看取り,死亡場所としての特養の意義を明らかにすることである. 【対象と方法】 平成19年4月~平成29年1月までの施設看取り63名を対象として,診療録,看護記録,死亡診断書等より,平均寿命,死因等について分析した. 【結 果】 退所者167名中,看取り死亡者は63名(38%)であった.平均年齢は,90.07歳(男性87.4歳,女性90.7歳)で,死因は老衰が31名(49%)と最も多かった.認知症は,アルツハイマー型認知症,脳血管性認知症等,軽度~中程度を含めてほぼ全例(98%)に認められた.在所期間は,58日から18年5か月(平均4年9か月)であった. 【結 語】 我々の特養での看取り例は,日本人の平均寿命を越えた老衰死が多かった.超高齢社会を迎え,要介護高齢者の施設として,一層のニーズが見込まれる特養は,終末期の看取り場所としての役割を担う施設としても,重要な位置を占めるものになると考えられた.
著者
金田 千秋 加藤 哲弘 島本 浣 山田 俊幸 及川 智早 佐藤 守弘 石田 あゆう 岸 文和 前川 修 中谷 伸生 橋爪 節也 鈴木 廣之 太田 孝彦 石田 美紀
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、大正期に流通していた大衆的な視覚表象に関する2つの課題を、豊かな対話関係において、遂行するものである。すなわち、第1の課題は、大衆的な視覚表象が果たしていたメディア的な機能の多様性を、可能な限り広範な資料に基づいて、美術史学的に明らかにすることである。第2の課題は、「文化遺産」の概念を鍛え上げることによって、何らかの大衆的イメージが後世に継承される/るべきさいの条件・方法などを、美学的に考察することである。
著者
室崎 美紀 (石田 美紀)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

前年度に引き続き、ファシスト政権下にアフリカ各地の植民地(リビア,エチオピア,ソマリア)において製作された映画を重点的に調査した。とりわけ、砂漠が占領地の大部分を占めるリビアにおいて製作された作品の分析に傾注した。その理由は以下の二点にある。まず、当該作品群がファシスト・イタリアの推進する、植民地支配の安定と国民的メディウムとしての映画産業の整備という「近代化」の達成を計るうえで、重要なテクストであること。次に、圧倒的な光量が所与の条件としてある砂漠にてロケーション撮影されたフィルム群の視覚的肌理が、視聴覚表現媒体である映画が当時達成し、洗練された、スタジオにおける三点証明が生み出す「白く輝く」視覚的肌理が担った文化的意義を考察するための理想的な参照項となること。以上の二点をテクスト分析の主軸とし、リビア砂漠で撮影された劇映画をニュース映画における砂漠表象と照合させ以下の結論を導きだした。砂漠のシーンにてはからずも溢れた白い光はファシスト・イタリアが求める植民地他者表象を大きく裏切り、植民地経営という近代化プロジェクトの限界を予言したものであること。さらに砂漠表象分析から導きだされたこの結論を多角的に掘り下げるために、1930年代半ばから建築の分野で盛んに討論れていた「地中海性」の動向とリンクさせ、「遅れていた」はずのリビアが、ファシスト・イタリアにとって未来をも先取っていた空間であったことを論じた。以上の結果は、「ファシスト政権期イタリア映画における「白」の視覚、「白い電話」と白い砂漠」(『美学』第56巻第二号(通号222号)41-54頁)に発表した。
著者
高木 裕 石田 美紀 番場 俊 逸見 龍生
出版者
新潟大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2013-04-01

2015年4月25日に、京都国際マンガミュージアム、京都精華大学国際マンガ研究センターとの共催で国際シンポジウム「ANIMEのアイデンティティ:表現・物語・メディア」を開催し、アニメの〈声〉の表現様態と、そこに立ち現れる主体の擬似的な経験の特質について事例報告をもとに、討議と行った。アニメの場合、〈声〉の源となる仮想の身体の生成には、それに呼応する観客・視聴者・聴取者においても〈声〉の経験が不可欠であることを確認した。
著者
石田 美紀
出版者
美学会
雑誌
美学 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.41-54, 2005-09-30 (Released:2017-05-22)

From the beginning of the 1940s, Italian cinema critics have called the commercial films produced under the fascist regime "white telephones". This specific term indicates the white and brilliant visual texture many popular films shared in those days. This visual texture originated in the Hollywood cinema, which dominated the world market including Italian one. Italian cinema industries tried to assimilate a Hollywood-like production to overcome the long-lasting crisis from the 1920s. As a result, Italian screens were covered with white shining lights. This paper aims to reveal the significance of the "white" vision in the Italian cotemporary culture, focusing on the properties of cinema, namely the expressive medium of light and the most powerful economic system of the last century. From this point of view, we can discover another aspect of the first talky colonial film, Lo squadrone bianco, which is renowned for a fascist propaganda.
著者
石田 美紀
出版者
美学会
雑誌
美學 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.41-54, 2005-09-30

From the beginning of the 1940s, Italian cinema critics have called the commercial films produced under the fascist regime "white telephones". This specific term indicates the white and brilliant visual texture many popular films shared in those days. This visual texture originated in the Hollywood cinema, which dominated the world market including Italian one. Italian cinema industries tried to assimilate a Hollywood-like production to overcome the long-lasting crisis from the 1920s. As a result, Italian screens were covered with white shining lights. This paper aims to reveal the significance of the "white" vision in the Italian cotemporary culture, focusing on the properties of cinema, namely the expressive medium of light and the most powerful economic system of the last century. From this point of view, we can discover another aspect of the first talky colonial film, Lo squadrone bianco, which is renowned for a fascist propaganda.
著者
石田 美紀
出版者
新潟大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、CGIと実写映像の融合を推進するがゆえに、21世紀初頭のスペクタクル映画をもっとも象徴するモーション・キャプチャーについて、以下を明らかにした。1・その歴史的起源が1880年代の前映画史的時代にあること。2・視覚性の優位として批判されるCGI表現が演出技法としても成立していること。3・従来映画の主流であると考えられてきた実写物語映画は動画の領域の一部でしかないこと。以上の結果から、物語叙述の中心である俳優身体がCGIを纏うことによって物語映画にもたらす変容について、さらなる考察が必要であることが判明した。