著者
渡辺 智恵美
出版者
(財)元興寺文化財研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

本研究では過去に収集した耳環のデータに基づき復原製作すると共に、配合比を変えた金・銀合金の標準サンプルを製作し(Au:Ag=97:3 W%〜 15:85 W%迄9種類)、実際の遺物との色調の比較検討を試みた。平成3年度の奨励研究において自然科学的手法を用いた耳環の製作技法の解明を通して古墳時代の鍍金技法の考察を試みたが、今回さらに調査を進めた結果、(1)金、銀以外に錫、鉛、鉄を素材とした耳環の存在が指摘されていたが、銅製や鋳造による青銅製の耳環が存在すること、(2)走査型電子顕微鏡およびX線マイクロアナライザーによる調査の結果、銅芯と表面層の間に中間層を持つものが多く、中間層に銀箔や銀板を使用したものが四国地方〜中部地方で確認でき、汎日本的に存在する可能性が窺える。(3)色調的には銀製品と思われるものの中に金の含有量の高い鍍金製品が存在すること、等を確認することができた(肉眼観察ではAu:Ag=50:50 W%位でほとんど銀製品に見える)。耳環の製作技法の解明および復原製作を通して鍛接や鑞付け、鍛金あるいは金・水銀アマルガムによる鍍金方法等、古墳時代の金工技術の一端を推定することができたが、中間層の銀板や中空耳環における地板の合わせ目の処理方法(中空耳環の場合、内面では合わせ目が確認できるが外面では全く確認できない)等、多くの疑問も残った。また器形的には単純であるが、その製作に当たっては専門的知識を多く必要とするものと推測され、土器等とは異なった流通経路(専門工人の存在)が考えられる。このことは先述の中間層を持つ耳環が汎日本的に存在かる可能性や住居址からの出土例が少ないことからも推測できる。今後は自然科学的調査と考古学的調査を総合的に行い、統計学的処理により全国的な集成を行うと共に製作技法や素材の差異により耳環に正確な呼称を与え、統一を図りたい。
著者
菅井 裕子 北野 信彦 山内 章
出版者
(財)元興寺文化財研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

新岩絵具は鉛ガラスを主体し、戦後の日本画制作に多用されてきている顔料の一つである。その変色について以下の通り調査した。1.変色した日本画作品の調査新岩絵具を用いて描かれ、約20年経過した日本画の画面に、変色した部分が観察された。制作後、どの時点で変色が起こったのかは不明である。群青色あるいは緑色の部分の表面が黒銀灰色に変化していた。下地は朱である。これらの箇所をX線回折により分析したところ、変色部分には硫化鉛(PbS)が生成している可能性があることを確認した。硫黄が導入された原因としては、(1)外部からのガス等によるもの、(2)朱下地によるもの、(3)その他、が考えられる。調査結果を受けて、朱の下地と新岩絵具との相互作用を加熱した条件で調べたところ、黒っぽい変色がみられた。室温化でこれらの反応が起こるのか追跡する必要がある。2.現代日本画の現地調査制作された当時の色調を示す客観的な判断材料がなかったため、明らかな新岩絵具の変色を確認する事はできなかった。3.新岩絵具の変色・回復試験変色試験に用いた新岩絵具は最も粒子の細かい「白」で、色目は緑青・黄土・水浅黄・桃色・銀鼠の5色である。試料は主に絵具を和紙上に膠を用いて塗布した試料(礬水引きの有無、胡粉下地の有無の区別あり)を使用した。1)高湿度下、二酸化硫黄10ppm、20時間:色変化の傾向は、黄土・銀鼠は黄変、水浅黄などはやや白化するなど、絵具の色により異なっていた。生成した物質が異なるためか、着色剤の状態が変化したためとみられる。2)高湿度下、硫化水素10ppm、20時間試験に用いた5色いずれも褐色化した。鉛及びその他の金属元素が硫化したことが考えられれる。3)高湿度下、ホルムアルデヒド25ppm、20時間この条件ではほとんど変化がなかった。長期の試験が必要である。上記の3条件のうち、1)では、胡粉下地・礬水引きのある試料、2)では胡粉下地あり、礬水引きなしの試料の変色程度がやや少なかった。次に3)については、今回の条件下では変色がみられなかったが、長時間暴露による影響が懸念される。パネルに使用されることのある合板の接着剤からホルムアルデヒドが発生する恐れがあり、影響の確認が必要である。一方、二酸化硫黄で変色した試料の回復がオゾンにより可能かを調べたが、部分的に元の色に近づくものの、ムラができてしまい、完全な回復には至らなかった。
著者
山内 章 仲 政明
出版者
(財)元興寺文化財研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、膠の原料作りから膠の製造に至るまで、石灰・防腐剤・過酸化水素水などの薬品及び添加剤を一切使用せず、牛皮などの動物皮と水だけを用いた膠を製造することが出来た。また、原料作りや膠の抽出と乾燥などの製造技術と装置を開発し、入手ルートを確立したことにより、文化財の修復材料・日本画の固着材・製墨など、各々の用途に適した品質の膠を、原料や品質などの情報を明記して流通させることが可能になった。
著者
川本 耕三 石井 里佳 中越 正子 江野 朋子 中村 晋也 山岡 奈美恵 藤原 千沙
出版者
(財)元興寺文化財研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

出土遺物はその成分が失われ空隙が生じるため強度が低下している。保存処理ではその空隙に薬剤を含浸し、接着剤等の樹脂により接合あるいは補填をする。本研究では、出土金属製品・土器・石材、さらに出土品ではないが様々な環境で劣化した民具(木質材料)の保存処理を想定し、接着剤・充填剤と含浸樹脂・溶剤等の薬剤との適合性を、主として力学的な強度低下を測定することで調査研究した。まず、処理薬剤が補填剤に及ぼす影響を調べるため、エポキシ系樹脂補填剤をシート状に成型し、溶剤等の保存処理によって遺物内に残留する可能性がある薬剤に浸漬した後、その強度を打抜きによる剪断試験によって測定した。その結果、チオール系硬化剤を用いたエポキシ樹脂は極性の大きい溶剤による強度低下が大きく、アミン系の硬化剤を用いたエポキシ樹脂は強度低下が小さいことがわかった。これは、色や熱特性の変化からも裏付けられたが、赤外吸収曲線には変化がみられなかった。次に、処理薬剤が接着剤に及ぼす影響を調べるため、擬似的に接着した出土遺物を作製し、同様の薬剤に浸漬した後、その接着強さを圧縮剪断接着強さ試験と曲げ接着強さ試験によって測定した。その結果、擬似鉄器ではその錆の厚みのために接着剤の接着面への付着を阻害することが観察された。また、擬似土器は母材強度が小さいために多くの場合で母材の破壊が観察されたことからアクリル樹脂等で母材を強化して後、接着する必要があると考えられた。以上の研究を通じて、文化財の保存修復材料に求められる特性は、「保存修復する文化財本体の強度を大きくさせる働きのあるもの、負の影響を与えないもの、必要がなくなった場合には完全に除去できるもの。」と考えられるが、そのためにわれわれはそれぞれの文化財に適合した接着剤をきめ細かく選択する必要がある。