- 著者
-
北野 信彦
- 出版者
- 一般社団法人 日本考古学協会
- 雑誌
- 日本考古学 (ISSN:13408488)
- 巻号頁・発行日
- vol.7, no.9, pp.71-96, 2000-05-15 (Released:2009-02-16)
- 参考文献数
- 22
本稿では近世初頭~江戸時代にかけての近世期(17世紀初頭~19世紀中期)の出土漆器資料を題材として取り上げる。近年,江戸遺跡をはじめとする近世消費地遺跡の発掘調査では,漆器資料が大量に一括で出土することがある。出土漆器は,木胎・下地・漆塗膜面という異なる素材からなる脆弱な複合遺物であるため,個々の残存状況は土中の埋没環境によって大きく異なり,発掘調査時の検出・実測図作成等の遺物観察・保管管理・保存処理等の取り扱いにも苦慮する場合が多い。加えて漆器は,陶磁器類の古窯跡に対応するような生産地遺跡もほとんど検出されない。そのため,当該分野ではこれまで代表的な一部の資料の表面記載にとどまる場合が多かった。本稿では,これら漆器資料を生産技術面(材質・技法)から調査することを目的として,全国135遺跡,総点数16,578点の近世出土漆器資料(一部箱書き等により年代観がある程度確定される伝世の民具資料も含む)を用いて,(1)樹種,(2)木取り方法,(3)漆塗り技法,(4)色漆の使用顔料や蒔絵材料,の項目に分けた機器分析調査を網羅的におこなった。また文献史料や口承資料を用いて江戸時代の漆器生産技術の復元調査を並行しておこない,機器分析による出土漆器資料の材質・製法の分析結果を正当に評価できるような基礎資料を作成した。その結果,生産技術面から近世出土漆器を調査することは,個々の資料の品質を正当に評価して,渾然とした一括資料を組成別にグルーピングする上で有効な方法であることがわかった。また,これらは(1)トチノキ材やブナ材を用い,(2)炭粉下地に1~2層の簡易な塗り構造を施し,(3)赤色系漆にはベンガラ,(4)蒔絵材料には金を用いず銀・錫・石黄などを使用する,等の日常生活に極めて密着した量産型漆器が大半であることも確認された。その生産技術は,少なくとも4つの画期があり,北海道・東北・日本海側・大平洋および瀬戸内側に大分類される地域的特徴が同時に存在することがわかった。本稿では,以上の分析調査の結果をふまえて,生産技術面からみた近世漆器の生産・流通・消費の諸問題についても概観し,今後当該分野研究の基礎資料となるよう努めた。