著者
竹内 武昭
出版者
The Japanese Society of Behavioral Medicine
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.59-63, 2013

日本の喫煙率は低下してきてはいるが、依然として先進国としては高い状態が続いている。多数の死者を出す予防可能な疾患にもかかわらず、社会的には重要度の認識が低く、西欧諸国と比較すると十分な対策がなされていない。まさに「サイレントキラー」の名にふわさしいのがたばこである。明らかに健康被害のあるたばこであるが、実際に問題なのはほとんどの人がたばこの害が解っていながら、やめられない依存状態にあることである。ニコチン依存は、ニコチンが報酬系の行動と強く結びついていることに主因がある。依存に関係するドパミン神経系は「報酬系回路」として知られており、快の感覚を個体に与えるため、強化行動をひき起こす。喫煙による急激なニコチン濃度上昇は、一過性のドパミン過剰放出を起こすが、最終的にドパミン受容体数が減少するため、慢性的な喫煙状態は、シナプスの機能不全を起こす。禁煙指導には、薬物療法と共に行動科学的アプローチが重要である。禁煙の意志のある喫煙者に対してはニコチン依存の治療が行われ、行動カウンセリング(禁煙支援の5つのA)が高い戦略的価値を持つと考えられている。日本では保健適応の禁煙外来の利用が有用である。禁煙の意志のない喫煙者に対しては、動機付け面接を基本とする行動カウンセリング(動機強化のための5つのR)が有効であると考えられている。禁煙を継続・維持中の禁煙者に対しては再発防止戦略が重要であり、禁煙継続中に起こりうる心身の問題、外部環境の障害、誘惑に対する対応が含まれる。喫煙者には支持的に対応し、彼らはたばこ産業の犠牲者であるという考え方を持つことが重要である。さらに、禁煙することのメリットを個人レベルで模索し、禁煙開始と禁煙継続のモチベーションを維持する必要がある。
著者
西郷 達雄 中島 俊 小川 さやか 田山 淳
出版者
The Japanese Society of Behavioral Medicine
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.3-10, 2013

本研究では、東日本大震災における災害医療支援者の派遣後約1.5ヶ月時点でのPTSD有症状者の把握、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との関連について検討することを目的とした。本研究の仮説は、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が高い者は外傷後ストレス症状が低く、逆にコントロール可能性が低い者は外傷後ストレス症状が高いとした。東日本大震災に伴い長崎大学から各県に派遣された災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team: DMAT)、救援物資輸送支援、被ばく医療支援、地域医療支援に従事した災害医療支援者54名に対して、フェイスシートを含む、外傷後ストレス症状、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性の測定を実施した。派遣後約1.5ヵ月時点でのPTSD有症状者は0名であった。侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との相関分析の結果、コントロール可能性と外傷後ストレス症状を測定するIES-R-J合計得点、およびIES-R-Jの下位因子である侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点との間に有意な負の相関が認められた。侵入的想起症状に対するコントロール可能性の高低による外傷後ストレス症状の差を検討したところ、コントロール可能性低群では、コントロール可能性高群と比べてIES-R-J合計得点および、侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点が有意に高かった。本研究の結果から、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が外傷性ストレス症状に対して抑制的に働くことが示唆された。
著者
根建 金男 市井 雅哉
出版者
The Japanese Society of Behavioral Medicine
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.29-36, 1995

認知行動療法は、行動療法と認知的アプローチを統合するもので、そこにはさまざまなアプローチが含まれる。近年、この認知行動療法が台頭してきた。この論文では、(1) 認知行動療法について概観し、(2) この治療体系の意義と課題を、行動医学との関連から考察した。<br>(1) に関しては、筆者らはまず認知行動療法とは何であるのかについて検討を加えた。そこでは、この体系が大きな広がりをもつことが強調された。この検討の後に、筆者らは、認知行動療法の代表的アプローチである、論理情動行動療法、認知療法、ストレス免疫訓練をとりあげ、説明した。特に、それぞれのアプローチの基本的な考え方や方法、技法に焦点を当てて述べた。<br>(2) に関しては、認知行動療法は、有効性が高く、行動医学とめざす共通点があるために、行動医学に大いに貢献できる可能性がある、ということが示された。<br>ただ、認知行動療法の最近の動向は、この体系がこれまで同様、これからも変化していく必要がある、ということを示唆している。「発達認知療法」が主張するような、構成主義 (コンストラクティヴィズム) や人間の成長の視点を考慮にいれて、認知行動療法について再考するのは、大いに見込みのあることにちがいない。しかし、認知行動療法を、行動療法の発展型ととらえる限りは、行動療法で用いられている科学的な方法論を認知行動療法も堅持することが必要である。<br>このように認知行動療法を再考し、それを更に発展させていくことは容易ではないだろうが、それによって、認知行動療法は行動医学に貢献できる可能性を一層高めることができるだろう。
著者
井上 茂
出版者
The Japanese Society of Behavioral Medicine
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.47-51, 2014

現在、大学医学部では大幅なカリキュラム改編が進行している。背景にはいわゆる「2023年問題」がある。2010年に米国のECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)は「2023年以降、国際基準の認証を受けていない医学部の卒業生にはECFMGの受験を認めない」ことを宣言した。日本人が米国で診療するためにはECFMGが行う試験に合格する必要があり、2023年以降は日本の医学部を卒業した者が米国で診療を行うためには、国際基準に則った認証を受けた医学部を卒業していることが前提となる。大学の国際化が進む中で、認証の取得は各大学にとって必須の課題となっている。これを受けて、2012年にWorld Federation for Medical Education(WFME:国際医学教育連盟)は医学教育のグローバルスタンダードを発表し、2013年には日本医学教育学会がこのスタンダードに準拠した「医学教育分野別評価基準日本版」を発表した。今後は日本医学教育質保証評議会(Japan Accreditation Council for Medical Education:JACME)が、この基準に沿って各大学の医学教育を認証する体制が構築されることになる。ところで、この認証基準において「行動科学」が教育プログラムのなかに、大きな見出し語として取り上げられている。これに従えば、各大学のカリキュラム担当者は「行動科学」の教育を実施する必要がある。一方、医学教育者間で行動科学・行動医学という領域は十分に認知されておらず、標準的な行動医学の教育内容も示されていない。このような背景のもと、日本行動医学会は「行動医学コアカリキュラム」を提案するための作業を進めている。そこで、医学教育における行動医学の位置づけを確認すべく、「医学教育分野別評価基準日本版」およびその原本(国際版)を行動科学の視点から検討した。また、行動医学に関連した部分をできるだけ原本から忠実に引用し、まとまった資料として整理した。さらに、その他の医学教育に関連したガイドラインとして「医師国家試験出題基準」「医学教育モデル・コア・カリキュラム」を行動医学の視点から検討した。その結果、医学教育分野別評価基準日本版においては「行動科学」が大きな見出し語となっており、行動医学の社会医学的側面を踏まえた記載が中心となっていた。医師国家試験出題基準には行動医学の特に臨床医学的側面が比較的体系立てて示されていた。また、医学教育モデル・コア・カリキュラム(準備教育モデル・コア・カリキュラム)には心理学的側面に関するキーワードが多く掲載されていた。これらの文書は医学教育のカリキュラム作成において大きな影響があることから、これらを踏まえて、各大学医学部のカリキュラム作成担当者の指針となるような、行動科学・行動医学の標準的な教育内容が提案されることが期待される。