著者
小川 さやか
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.172-190, 2019 (Released:2019-11-11)
参考文献数
27

インターネットとスマートフォンが普及し、人類学者が調査している社会の成員みずからが様々な情報を発信するようになった。本稿では、香港在住のタンザニア人と彼らの友人や顧客などが複数のSNSに投稿した記事や「つぶやき」、写真、動画、音楽、絵文字などの多様な発信を「オートエスノグラフィ」の「断片」とみなし、断片と断片が交錯して紡ぎだされる自己/自社会の物語を「彼らのオートエスノグラフィ」と捉え、その特徴を明らかにする。香港のタンザニア人たちは、SNSを利用して商品情報や買い手情報を共有し、アフリカ諸国の人々と直接的につながり、オークションを展開する仕組みを形成している。彼らはそこで一時的な信用を立ち上げ、多数の顧客と取引するために、好ましい自己イメージにつながりうる断片的情報を投稿する。彼らが投稿した多種多様な断片的な情報は、他のユーザーとの間で共有されることによって価値を持つ。また異なる媒体に投稿された断片的な情報は、インターネット上で他者の欲望や願望と交錯し、偶発的に継ぎはぎされ、いまだ実現していない個人の可能性を示す物語となっていく。本稿ではこのような形で生成する被調査者の多声的なオートエスノグラフィの特徴について認知資本主義論を手がかりにして明らかにする。それを通じて人類学者によるエスノグラフィの特徴を逆照射し、ICTを活用したエスノグラフィの新たな方法を模索することを目的とする。
著者
小川 さやか
出版者
Japan Association for African Studies
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.2004, no.64, pp.65-85, 2004-03-31 (Released:2010-04-30)
参考文献数
44

従来の都市研究において, 互酬的な規範を伴う経済関係は, 小農社会の「伝統」を端緒とし, 親族, 同郷者あるいはエスニックグループなどといった特定の閉鎖的な集団において機能するものと分析されてきた。しかしながら, 本論では, 地方都市ムワンザ市の古着流通で行われている信用取引を事例に, 互酬的な規範を伴う経済関係は, 必ずしも農村共同体で見られる「モラル」から発するものではなく, 都市での生活信条や経済活動を通じた連帯を基盤として, 利益と感情の同時充足を目指す商人たちの自立的で創造的な試みとして生成しうることを指摘する。ムワンザ市の古着流通では, 資本をもつ中間卸売商と資本を持たない小売商の間で, 担保なしに商品が前渡しされ, その商品の返品や仕入れ価格の再設定が可能で, さらに生活補助も兼ね備えた特異な信用取引が行われている。この信用取引は, 商人双方に多大な経済的利益をもたらすものであるが, 経済的な利害関係だけでなく, 互酬的な規範を伴った水平的な社会関係を基盤として成立している。本論では, マリ・カウリ取引と呼ばれるこの信用取引が, どのような論理で行われ, 維持されていくのかを中間卸売商と小売商の間の協力関係と対立関係の両面から検討する。
著者
小川 さやか
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.82, no.2, pp.182-201, 2017 (Released:2018-04-13)
参考文献数
30

グローバリゼーションや都市の近代化と深く関連したジェントリフィケーションやゲーテッドコミュニティの出現、非-場所的な空間の拡大により、都市公共空間をめぐるアクター間の緊張関係が問われるようになった。これを受けて、路上商人問題を、国家や路上商人、市民社会のあいだで路上という資源をめぐり「働く権利」、「公平な労働のための権利」、「通行/運送の権利」、「移送/賃貸権」、「管理・運営権」など様々な権利の拮抗として位置づけ、路上商人による組合化とそれを通じた集合的行為に注目する研究が台頭している。本稿では、これらの研究が期待するインフォーマルセクターによる組織化とは、既存の都市公共空間の管理運営に迎合的なかたちにインフォーマルセクターの経済実践を埋め込むことを目指すものであることを指摘し、タンザニアの路上商人マチンガによる組合形成の過程および組合運営の特徴を、現実の路上空間とパラレルに存在する「イ フォーマルな政治空間」の拡大としてみる視点を提示することで、路上商人が都市公共空間を管理・統制する国家と取り結び始めた新たな関係をめぐる先行研究の議論を再考する。
著者
小川 さやか
出版者
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
雑誌
アジア・アフリカ地域研究 (ISSN:13462466)
巻号頁・発行日
no.6, pp.579-599, 2006

This paper analyzes how the unique business practices of small-scale traders dealing in second-hand clothes have changed under the recent socio-economic transformation in Tanzania. The business practices described here involve a kind of credit transaction called mali kauli, which is conducted by middlemen and micro-scale retailers. This transaction conferred many economic benefi ts to both kinds of merchants when I conducted research in 2001-02. However, middlemen and retailers were fi nding it diffi cult to sustain this type of transaction in 2003-05, when I conducted further research, because of dramatic socio-economic structural changes taking place in Tanzania. When their business reached this critical situation, the problems faced by both middlemen and retailers was not how they should respond to situational change by individual action or by collective action but how they should reconstruct their personal economic relations by using the logic of reciprocity. In conclusion, I argue that the business practices have changed through the manipulation of the power relationship between middleman and retailers, who are trying to be self-dependent and social at the same time.
著者
西郷 達雄 中島 俊 小川 さやか 田山 淳
出版者
The Japanese Society of Behavioral Medicine
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.3-10, 2013

本研究では、東日本大震災における災害医療支援者の派遣後約1.5ヶ月時点でのPTSD有症状者の把握、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との関連について検討することを目的とした。本研究の仮説は、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が高い者は外傷後ストレス症状が低く、逆にコントロール可能性が低い者は外傷後ストレス症状が高いとした。東日本大震災に伴い長崎大学から各県に派遣された災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team: DMAT)、救援物資輸送支援、被ばく医療支援、地域医療支援に従事した災害医療支援者54名に対して、フェイスシートを含む、外傷後ストレス症状、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性の測定を実施した。派遣後約1.5ヵ月時点でのPTSD有症状者は0名であった。侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との相関分析の結果、コントロール可能性と外傷後ストレス症状を測定するIES-R-J合計得点、およびIES-R-Jの下位因子である侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点との間に有意な負の相関が認められた。侵入的想起症状に対するコントロール可能性の高低による外傷後ストレス症状の差を検討したところ、コントロール可能性低群では、コントロール可能性高群と比べてIES-R-J合計得点および、侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点が有意に高かった。本研究の結果から、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が外傷性ストレス症状に対して抑制的に働くことが示唆された。
著者
小川 さやか
出版者
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
雑誌
アジア・アフリカ地域研究 (ISSN:13462466)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.579-599, 2007-03-31 (Released:2018-12-05)
参考文献数
17

This paper analyzes how the unique business practices of small-scale traders dealing in second-hand clothes have changed under the recent socio-economic transformation in Tanzania. The business practices described here involve a kind of credit transaction called mali kauli, which is conducted by middlemen and micro-scale retailers. This transaction conferred many economic benefits to both kinds of merchants when I conducted research in 2001-02. However, middlemen and retailers were finding it difficult to sustain this type of transaction in 2003-05, when I conducted further research, because of dramatic socio-economic structural changes taking place in Tanzania. When their business reached this critical situation, the problems faced by both middlemen and retailers was not how they should respond to situational change by individual action or by collective action but how they should reconstruct their personal economic relations by using the logic of reciprocity. In conclusion, I argue that the business practices have changed through the manipulation of the power relationship between middleman and retailers, who are trying to be self-dependent and social at the same time.
著者
西郷 達雄 中島 俊 小川 さやか 田山 淳
出版者
日本行動医学会
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.3-10, 2013 (Released:2014-07-03)
参考文献数
40
被引用文献数
5

本研究では、東日本大震災における災害医療支援者の派遣後約1.5ヶ月時点でのPTSD有症状者の把握、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との関連について検討することを目的とした。本研究の仮説は、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が高い者は外傷後ストレス症状が低く、逆にコントロール可能性が低い者は外傷後ストレス症状が高いとした。東日本大震災に伴い長崎大学から各県に派遣された災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team: DMAT)、救援物資輸送支援、被ばく医療支援、地域医療支援に従事した災害医療支援者54名に対して、フェイスシートを含む、外傷後ストレス症状、および侵入的想起症状に対するコントロール可能性の測定を実施した。派遣後約1.5ヵ月時点でのPTSD有症状者は0名であった。侵入的想起症状に対するコントロール可能性と外傷後ストレス症状との相関分析の結果、コントロール可能性と外傷後ストレス症状を測定するIES-R-J合計得点、およびIES-R-Jの下位因子である侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点との間に有意な負の相関が認められた。侵入的想起症状に対するコントロール可能性の高低による外傷後ストレス症状の差を検討したところ、コントロール可能性低群では、コントロール可能性高群と比べてIES-R-J合計得点および、侵入的想起症状得点、過覚醒症状得点が有意に高かった。本研究の結果から、侵入的想起症状に対するコントロール可能性が外傷性ストレス症状に対して抑制的に働くことが示唆された。
著者
大山 要 曽良 一郎 小澤 寛樹 竹林 実 今村 明 上野 雄文 岩永 竜一郎 福嶋 翔 酒井 智弥 植木 優夫 川尻 真也 一瀬 邦弘 山口 拓 縄田 陽子 中尾 理恵子 小川 さやか
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2021-04-05

ゲーム依存はゲームへの没頭で不登校、家庭内の暴言・暴力、昼夜逆転や引きこもりなどの健康・社会生活障害をきたす状態である。ネットとゲームの利活用は今後も拡大するため、脳への影響を多角的・統合的に評価し、健康使用から依存症となる境界線を知る指標が必要である。本研究では、患者脳画像情報・患者情報、そして患者検体から得られるタンパク質変動情報からなる多次元情報を人工知能解析することで依存バイオマーカーの特定を目指す。本研究の進展でゲーム依存の実効的な対策研究を進められる世界でも例を見ない研究基盤が形成される。
著者
小川 さやか
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

本発表では、香港・中国広州市在住のアフリカ系居住者たちが、出身国や言語、宗教(宗派)および「アフリカ(性)」を基盤に重層的にアジア諸国とアフリカ諸国をつなぐ組合を結成していることを明らかにし、彼らの組合運営の論理と実践を市民社会論と認知資本主義をめぐる議論の接点から探る。それを通じて「信頼」や「互酬性」に対する期待を伴わない市民社会組織活動のあり方を提示する。
著者
小川 さやか
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.172-190, 2019

<p>インターネットとスマートフォンが普及し、人類学者が調査している社会の成員みずからが様々な情報を発信するようになった。本稿では、香港在住のタンザニア人と彼らの友人や顧客などが複数のSNSに投稿した記事や「つぶやき」、写真、動画、音楽、絵文字などの多様な発信を「オートエスノグラフィ」の「断片」とみなし、断片と断片が交錯して紡ぎだされる自己/自社会の物語を「彼らのオートエスノグラフィ」と捉え、その特徴を明らかにする。香港のタンザニア人たちは、SNSを利用して商品情報や買い手情報を共有し、アフリカ諸国の人々と直接的につながり、オークションを展開する仕組みを形成している。彼らはそこで一時的な信用を立ち上げ、多数の顧客と取引するために、好ましい自己イメージにつながりうる断片的情報を投稿する。彼らが投稿した多種多様な断片的な情報は、他のユーザーとの間で共有されることによって価値を持つ。また異なる媒体に投稿された断片的な情報は、インターネット上で他者の欲望や願望と交錯し、偶発的に継ぎはぎされ、いまだ実現していない個人の可能性を示す物語となっていく。本稿ではこのような形で生成する被調査者の多声的なオートエスノグラフィの特徴について認知資本主義論を手がかりにして明らかにする。それを通じて人類学者によるエスノグラフィの特徴を逆照射し、ICTを活用したエスノグラフィの新たな方法を模索することを目的とする。</p>