- 著者
-
三俣 延子
- 出版者
- 社会経済史学会
- 雑誌
- 社会経済史学 (ISSN:00380113)
- 巻号頁・発行日
- vol.76, no.2, pp.247-269, 2010-08-25 (Released:2017-07-18)
本稿の目的は,産業革命期のイングランドにおいて,都市で廃棄された「ナイトソイル」すなわち人間の排泄物が農業地域で肥料資源となるまでの処理・取引・施用の過程を解明することである。その方法として,都市の廃棄物処理に関する19世紀初頭の議会文書も併用しながら,主として,英国農業調査会が州ごとに編纂した農業革命期の基礎的史料である『農業にかんする一般調査報告書』(1793〜1818年刊行)のイングランド全州の各巻を考証した。その結果,ロンドンや地方都市とその近郊農業地域との間において,ナイトソイルの商業的取引が確立していたことと,その背景に,(1)都市における廃棄物処理の組織化,(2)農業における施用技術の経験や理論の蓄積,(3)都市と近郊農業地域の間の交通機関の発達があったことが証明された。この史的事例は,都市から近郊農業地域への排泄物のリサイクル,あるいは,両者間における物質循環の促進という現代的意義を持つ。このように本稿は,従来の環境論では持続不可能な社会として例示される傾向にあった近代イングランド社会に,持続可能な社会の先駆的事例を見出す環境経済史である。