著者
関 清秀 五十嵐 日出夫 黒柳 俊雄 三谷 鉄夫 山村 悦夫 加賀屋 誠一
出版者
北海道大学
雑誌
環境科学 : 北海道大学大学院環境科学研究科紀要 (ISSN:03868788)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.i-47, 1978-03-25

以上述べたところで明らかなように,かなやま湖の建設を主とする開発事業は地域社会にとって重大な環境変化を意味するもので,ここに解明された南富良野町民の生活意識は,開発事業にたいする地域住民側からの環境影響評価の一表現とみなすことができる。本稿において明らかにされた点は,およそ次の如く要約される。(1)南富良野町の自然環境については,その満足度が地区部落ごとに差異がある。特に気候に開しては,かなやま湖を挟んで南西部に満足度が高い。(2)人情の篤さについては町民相互に概ね満足しているが,冬の生活を改善すべき必要性に関しては各地区とも強い意欲を示している。(3)各種の生活基盤施設の充足については町内各部落ごとに要求度が異なるが,市街地においては下水道整備,北落合においては電気施設にたいする不満が極めて高い。(4)医療施設整備への欲求は特に金山・下金山地区において高い。(5)社会福祉施設および防災施設については概ね満足している。(6)家族がみんなで楽しむ場を要望する声が強い。(7)町道未整備への不満が多い。(8)畑作地帯,低階層そして高齢者ほど,日本農業の将来は暗い,と予測している。特に女性の中には明るい予測をもつものがいない。(9)畜産地帯では前途に明るい希望をもち,生きがいを感じているものが比較的多い。(10)稲作地帯では離農指向が強い。(11)経営形態については,個別経営を主体としてこれに機械の共同利用を加味した営農への指向が強い。(12)耕地規模拡大難と後継者獲得難とは,相互に因となり果となりして悪循環現象を呈し,特に低階層に著しい。(13)政府の農業政策については,下層へ向うほど所得保障制度への支持率が低く,投入財価格制度への選択は逆に多くなる。(14)町民は,日常生活物資の購入はほとんど町内で充足しているが,他市との結合を強くもっているのは富良野市(月に1〜2回58%),旭川市(同じく47%),札幌市(同じく24%)で,帯広市(同19%)との関連は比較的薄い。(15)鉄道の運行時間と運行回数についてはかなり不満を感じている。(16)石勝線開通における根室本線のローカル化にともなう対策としては,乗合バスによる代替を希望するものが多い(町民の76%)。(17)町内への定住指向度は,林業,鉱業中心の集落では低い。特に年令層が若いほど移住指向が強い。こういった町民意識は,いうまでもなく,地域社会内の環境変動のみによって形成されているものではない。ダム建設と相前後して経験した日本経済の高度成長と石油ショック以後の社会経済変動がその背後にある。いまここに表明された住民意識を環境問題として把握し,これを環境科学的視野の中で考究するとすれば,一つには地域社会の"住みよさ"(habitability)の問題としてとりあげられるであろう。産業的にみれば自然の恩恵の極めて乏しい北海道内陸山間地帯の一つの自治体が,その住民にたいして住みよい豊かな生活環境を保証するためにはどのような施策を講じなければならないか,この調査結果の中に多くの示唆を読みとることができると思われる。最近の国土計画においては"定住圏"あるいは"環境圏"等が広域生活圏にかかわる新構想として提唱されている。しかし,"住めば都"という俚諺はもはや昔通りには通用し難い時代となりつつある。過疎地帯の自治体の深刻な苦悩はかかってこの点にある。上から与えられるキャッチ・フレーズは地元住民の生活意識になじみ難い面が多いであろうことを本研究の結果は表現している。かなやま湖の造成による環境影響に関しては,冒頭に述べた如く,まだその全容を解明するにいたってはいないが,15年後の住民意識にみる限り,顕著なプラスの効果は発見し難いといわなければならない。