著者
二井 一禎 古野 東洲
出版者
京都大学農学部附属演習林
雑誌
京都大学農学部演習林報告 = BULLETIN OF THE KYOTO UNIVERSITY FORESTS (ISSN:0368511X)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.23-36, 1979-12-20

西南日本の海岸線を中心に, 日本の各地でマツ林に激しい被害をもたらしているマツノザイセンチュウに対するマツ属各種間の抵抗性の違いを調査するために1977, 1978の両年に, 京都大学農学部附属演習林上賀茂試験地および白浜試験地に植栽されているマツ属30種, のべ約600本に対してマツノザイセンチュウの接種試験を行なった。接種にあたっては1本の供試木あたり2, 000頭のマツノザイセンチュウを接種したが, さらに, P. strobus, P. taedaには接種密度を変えて, 1本につき2, 000頭ずつ3ヶ所に計6, 000頭を接種した。接種後2および5週目に早期症状の調査のため樹脂浸出量を測定した。その後, 経時的に1年間供試木の外見的異常を観察し, しかる後に供試木からの線虫の再分離を試みた。これらの調査・観察の結果の大要は次のようである。(1) マツノザイセンチュウを接種された木の樹脂量はその後の外見的症状の有無とは無関係に減少する傾向が見られた。(2) 外見的病徴にもとづく異常発生率の供試樹種間における違いは, 育種学的知見にもとづいて築きあげられた Critchfield & Little の分類体系で比較的うまく類別できる。すなわち, Australes 亜節に含まれる種は最も抵抗性が強く, Contortae 亜節の種がこれに準じる。Ponderosae, Oocarpae 両亜節の種はいずれも感受性であり, 日本産のクロマツやアカマツが含まれる Sylvestres 亜節の中には強度の感受性樹種から抵抗性樹種まで, さまざまな反応が見られた。また Strobus 亜属の各種の異常発生率は高かったが, いくつかの種では Pinus 亜属の感受性反応と異なり異常を部分で食い止め, 全体としては健全性を保ち枯れない可能性をうかがわせる反応が見られた。(3) 接種密度が高くなると抵抗性の P. taeda でも異常発生率が高まり, これらの樹種の抵抗性が本質的には絶対的なものではないことを示唆した。(4) 1977年度の接種試験で生き残った個体を1978年度, 再度接種に供したところ, いくらかの種で, それらの異常発生率は新規に接種した場合の異常発生率より低い傾向がうかがわれた。これはそれらの種内に抵抗性の個体間差が存在することを示唆している。(5) 供試木から接種一年後に線虫を再分離したところ, 異常を発現し, 枯死したような木や部位からは普遍的にマツノザイセンチュウが分離された。一方健全なまま生存した個体や部位からはマツノザイセンチュウは分離されず, マツ属内に見られる抵抗性と樹体内での線虫の増殖の密接な関係が明らかになった。
著者
二井 一禎
出版者
京都大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1997

マツ材線虫病の病原体マツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophllus)の日本国内での分化程度を調べるため、国内各地から採集した9つのアイソレイト間の特性比較を行った。まず、DNAのITS2(504bp)、及びHSP70A(378bp)領域の塩基配列を比較した。これらの領域は変異の蓄積しやすい領域であり、アイソレイト間比較には有効な領域であると考えられた。しかし、今回調査した9アイソレイト間ではいずれの領域でも塩基配列は完全に一致し、変異は認められなかった。また、これら9アイソレイトの塩基配列をこれまでの研究から明らかになっている海外のアイソレイトの塩基配列と比較すると、アメリカの1アイソレイトとITS2領域はすべて一致し、HSP70A領域でも高い相同性(99%)が得られ、日本国内のアイソレイトとアメリカのアイソレイトの近縁性が認められた。これは、日本国内のマツノザイセンチュウがアメリカからの侵入種であるという従来の仮説を支持するものであった。同時に、国内のアイソレイトがほぼ単一起源に近く、また、大きな分化のまだ起きていないかなり均質なものなのではないか、と考えられた。続いて、このように近縁なアイソレイトの形態や生理的特性に変異が生じていないのかどうかということを調査するために、これらの9アイソレイトに関して、形態を比較したところ、それぞれの値に関してアイソレイト間に有意差があることが明らかになり、形態においてはアイソレイト間に分化が認められた。次に,胚発生における発育ゼロ点に着目して温度に対する適応性をアイソレイト間で比較したところ、発育ゼロ点は7〜10℃となり、アイソレイト間に差があることが明らかになった。最後に、各アイソレイトの病原力に対する温度の影響を調べた結果、枯死実生の乾重、線虫数にはアイソレイト間差はみられなかった。一方、接種から枯死に至る所要日数に関しては、温度の影響、アイソレイト間差、それらの交互作用ともに有意性が認められた(二元配置分散分析)。さらに、100日目の段階における枯死率では、20、25℃の区でアイソレイト間差が認められた(カイ二乗検定)。