著者
井上 雅子 徳野 貴子 加藤 りか 池田 政身
出版者
日本皮膚科学会西部支部
雑誌
西日本皮膚科 (ISSN:03869784)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.15-17, 2012-02-01 (Released:2012-04-16)
参考文献数
8

56歳,男性。硝酸運搬船で作業中に98%の硝酸で受傷,作業服と長靴を取るのに手間取り約10分後より流水で洗い流し,着岸まで約1時間風呂で水につかっていた。着岸後近医受診しワセリンを塗布され,約48時間後に当院を受診した。初診時,左上腕,両側臀部から大腿,両側下腿にかけて受傷部周囲に水疱形成がみられ,中心部は黒色から黄色の痂皮が付着したII度深層からIII度の化学熱傷,両側手掌は水疱を伴い黄色に変化した化学熱傷がみられた。血栓性静脈炎の既往があり,ワルファリンカリウム,アスピリンを内服していた。入院2日目より38℃から40℃の発熱,炎症反応高値であったので抗生剤投与を行った。発熱は4日後より治まり,内服中であったワルファリンカリウム,アスピリンを中止して入院10日目にデブリードマンおよび mesh skin graft 施行した。真皮深層まで壊死に陥っていたため,移植皮膚の定着が悪く再手術を必要とした。化学熱傷の治療では,速やかに長時間洗浄することと,可能な限り早期にデブリードマンを施行することが重要である。本症例では,硝酸の濃度が極めて高かったこと,着衣をとり流水で洗浄するまでに時間がかかったこと,当院受診までに約48時間経過していたこと,さらに抗凝固剤を内服していたためデブリードマンを施行する時期が遅れたことなど,様々な理由によって深い潰瘍を形成してしまい治療に難渋した。
著者
井上 雅子 泉川 孝一 須崎 康敬
出版者
日本皮膚科学会西部支部
雑誌
西日本皮膚科 (ISSN:03869784)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.149-153, 2013-04-01 (Released:2013-06-24)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

67 歳,女性。2009 年に発症した潰瘍性大腸炎に対して,インフリキシマブ 5mg/kg 投与中であったが,消化器症状が悪化したため 2011 年 10 月にインフリキシマブを 10 mg/kg に増量されていた。2011 年 11 月ごろより発熱とともに左手首から手背にかけての発赤,熱感,腫脹が出現し当科に紹介された。抗生剤を投与したが症状は急速に悪化し,CT,MRI で壊死性筋膜炎を疑いデブリードマンを施行した。膿の細菌培養,抗酸菌培養,真菌培養は陰性で,病理組織検査で真皮全層の好中球浸潤を認めた。以上より壊疽性膿皮症と診断し,インフリキシマブの中止とプレドニゾロン投与を開始し症状は軽快した。インフリキシマブで壊疽性膿皮症の発症を抑えきれなかった可能性とインフリキシマブの paradoxical な反応の可能性についての鑑別が必要と考える。
著者
井上 雅子
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. CQ, コミュニケーションクオリティ (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.108, no.137, pp.21-25, 2008-07-17

タンチョウはアイヌの人々に「サルルン・カムイ」(湿原の神、ヨシ原の神)と呼ばれ、大切にされてきた。江戸時代までは北海道各地の湿地にいたと考えられていた。しかし、明治に入ると、北海道の開拓による営巣地の減少、狩猟による乱獲により、1900年頃には「絶滅した」と言われた。ところが、1924年、釧路湿原の一角で10数羽のタンチョウが「再発見」され、1935年には国の天然記念物に指定、さらに特別天然記念物となって今日に至っている。1950年頃から冬の給餌活動が始まり、現在は1200羽をこえるタンチョウが生息している。しかし、現在でも、生息地である湿原が減っている、交通事故や電線への接触事故など新たな危険にも曝されており、絶滅する危険性がある。本講演では、北海道に生息する野生動物の保護活動について紹介する。今後もずっとタンチョウとともに暮らしていくためには、その生態を知り、彼らにとって本当に必要なことは何かを考えて行動することが必要である。これは、タンチョウに限らず、道東にかろうじて残された野生動物すべてに言えることであり、彼らが生きていくことのできる自然を保全することが、めぐり巡って、人間の暮らしを豊かにすることにつながるのである。