- 著者
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木山 良二
川田 将之
吉元 洋一
前田 哲男
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.48102107, 2013 (Released:2013-06-20)
【はじめに、目的】歩行時の足関節底屈モーメントの増加は,床反力の前方成分を強め,股関節屈曲モーメント,パワーを減少させることが報告されている。立脚後期の足関節底屈モーメントはヒラメ筋や腓腹筋などにより発揮されるが,腓腹筋は二関節筋であり,その作用は膝関節を介し,股関節にも影響を与えると考えられる。本研究の目的は,下腿三頭筋の最大筋力を変化させた筋骨格モデルを用い,腓腹筋が歩行中の股関節屈筋群に与える影響を明らかにすることである。【方法】対象は健常成人10 名とした。3 次元動作解析装置(Oxford Metrics社製VICON MX3)と床反力計2 枚(AMTI社製OR6-7, BP400-600 )を用い,快適速度の歩行を計測した。計測側は左下肢とし,計測回数は3 回とした。得られたデータと筋骨格モデルシミュレーションソフト(ANYBODY Technology社製AnyBody 5.2)を用い,筋の活動張力を算出した。筋骨格モデルの腓腹筋もしくは,ヒラメ筋の最大筋力をそれぞれ100%,60%,30%に減少させたモデルを用い,腓腹筋の筋張力が股関節屈筋群の筋張力に与える影響を検討した。今回は腓腹筋,ヒラメ筋,大腿直筋,大腰筋,腸骨筋,中殿筋前部線維を分析対象とした。また大腿直筋については,腱に蓄積される弾性エネルギーも算出した。活動張力および弾性エネルギーは,時間正規化を行い,体重にて正規化し,立脚後期における最大値を比較した。統計学的検定にはフリードマン検定を用い,有意水準は5%とした。なお統計学的検定にはSPSS 20 を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】本研究の内容は,鹿児島大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した。測定に先立って,対象者に本研究の趣旨を書面及び口頭で説明し,書面にて同意を得られた場合にのみ測定を行った。【結果】歩行速度は1.22 ± 0.16 m/s,歩幅は0.66 ± 0.1 m,歩行率は109.6 ± 4.9 steps/minであった。腓腹筋の最大筋力を低下させたモデルでは,腓腹筋の最大筋力の低下に伴い,立脚後期の大腿直筋の活動張力が有意に低下し(100%, 3.7 ± 2.9 N/kg; 60%, 2.9 ± 2.6 N/kg; 30%, 2.5 ± 2.3 N/kg; P<0.001),ヒラメ筋(100%, 21.6 ± 6.5 N/kg; 60%, 25.8 ± 8.6 N/kg; 30%, 31.5 ± 8.2 N/kg; P<0.001),大腰筋(100%, 17.3 ± 6.9 N/kg; 60%, 18.4 ± 7.2 N/kg; 30%, 19.9 ± 7.5 N/kg; P<0.001),腸骨筋(100%, 7.0 ± 2.1 N/kg; 60%, 7.5 ± 2.1 N/kg; 30%, 8.0 ± 2.1 N/kg; P<0.001),中殿筋前部線維(100%, 5.5 ± 1.5 N/kg; 60%, 6.1 ± 1.6 N/kg; 30%, 7.5 ± 1.7 N/kg; P<0.001)の活動帳力が有意に増加した。股関節の屈筋群で特に変化率が大きかったのは,大腿直筋および中殿筋前部線維であった。ヒラメ筋の最大筋力を低下させたモデルでは,ヒラメ筋の筋力低下に伴い,立脚後期における腓腹筋,大腿直筋の活動張力が有意に増加し(P<0.001),大腰筋,腸骨筋,中殿筋前部線維の活動張力が有意に減少した(P<0.001)。また大腿直筋腱の弾性エネルギーは,歩行周期の約50%にピークを示し,腓腹筋の最大筋力を低下させたモデルでは,有意に減少し(P<0.001),ヒラメ筋の最大筋力を低下させたモデルでは,有意に増加した(P<0.001)。【考察】今回の結果では,腓腹筋の活動張力のピークは歩行周期の約40%,ヒラメ筋は約50%であり,おおよそターミナルスタンスの後半からプレスウィングに該当する。この時期の腓腹筋の筋張力は,主に足関節底屈モーメントを発生し,重心の前方移動に関与する。しかし膝関節に対しては,屈曲モーメントを発生させる。一方,大腿直筋もおおよそ歩行周期の50% でピークを示し,股関節屈曲モーメントと膝関節伸展モーメントを発揮する。腓腹筋と大腿直筋の同時性収縮により,膝関節の安定性が保たれる。そのため,腓腹筋の最大筋力を低下させた筋骨格モデルでは,腓腹筋の活動張力の低下に伴い,それに拮抗する大腿直筋の活動張力および腱の弾性エネルギーが減少する。その結果,その他の股関節屈筋の活動張力が増加したと考えられた。また,大腿直筋は股関節に対しては,屈曲と外転の作用をもつため,同様の作用をもつ中殿筋前部線維の活動張力の増加率が大きかったと考えられた。逆に,ヒラメ筋の最大筋力を低下させたモデルでは,腓腹筋の活動張力が増加するために,大腿直筋の活動張力が増加し,その他の股関節屈筋群の活動張力が減少したと考えられた。したがって,腓腹筋の活動張力は大腿直筋と連動して,股関節屈筋群に影響を与えることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】歩行中の腓腹筋の筋張力は,床反力の前方成分の増加に加え,膝関節伸展筋と拮抗することにより,大腿直筋の筋張力を高め,股関節屈筋群の負荷を軽減することが示唆された。このことは,歩行時の振り出しが困難な症例の代償戦略や,負荷が生じる部位を検討する際の基礎的情報として意義深いと考える。