- 著者
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宋 弘揚
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2019, 2019
<b>1</b><b>.はじめに</b><br> グローバル化の進展は,国際人口移動に重要な影響をもたらしている.世界的な情報・通信・交通ネットワークの発展は国際人口移動を促進している.このような国際人口移動は,政治思想に関係なく,数多くの国々で進展している.日本も,留学生30万人計画や高度専門職ビザの新設,永住権獲得所要年数の短縮などの施策を通じて,留学生や専門的・技術的外国人材の日本への移動,長期滞在を促している.<br> 日本における中国人移住者に関する既存研究は,チャイナタウンなどの集住地域研究が大多数である.他方,移住者個人の移住動機や行動,彼(女)らを取り巻く社会環境の変化への着目が欠けている.また,既存研究の着目対象として,技能実習生等の単純労働者があげられる一方,移民起業家や研究者のような「高度人材」もあげられる.このような労働市場の両極端にある者が多く研究されているのに対し,その中間層に位置づけられる者への着目が乏しい.しかし,近年は移住の目的と様相が多様化しており,既存の研究だけで在日中国人社会の様相を描き出すことがより困難になっている.<br> そこで,本報告では,東京大都市圏に滞在する若年中国人移住者を対象に,彼(女)らが国際移動を行った動機と来日後の社会関係構築の様相を分析することで,近年における在日中国人社会の変化に関する考察を試みる.<br><br><b>2.研究対象地域と研究方法</b><br> 具体的な研究対象地域として,東京大都市圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)を取り上げる.とりわけ東京大都市圏は日本で最も中国人が居住している地域である.特に,「技術・人文知識・国際業務」,「高度専門職」などといった専門的・技術的分野の在留資格を所持している中国人が集まっている地域でもあるため,東京大都市圏は研究対象地域にふさわしいといえよう.<br> 本研究の研究対象者を20代前半~30代後半の中国,日本,または第三国の高等教育機関を卒業・修了し,日本において合法的な就労に関する在留資格(永住者等も含む)を所持している中国人とする.研究目的を達成するために,報告者は14名の研究対象者に対して,基本属性,移住の動機,来日後の居住歴・職歴,住居地選択の影響要素,社会関係の構築などについて1時間~1時間半の半構造化インタビュー調査を実施した.サンプルの収集方法はスノーボールサンプリングである.<br><br><b>3.研究結果</b><br> 本研究から得られた知見は以下の3点である.<br> 1点目は,多数の若年中国人移住者が挙げた動機は,①日本社会・日本文化への興味,②日本企業での就労意欲の高さ,③中国において,中学校または高校,大学において日本語教育を受けたこと,④中国での社会経済的地位の上昇が同世代に比べ見込まれないことである.<br> 2点目は,彼(女)らの多くは,同じエスニック集団の集住を求めず,通勤の利便性や居住環境を重要視している点である.また,SNSを通じたエスニック集団と社会関係の構築を強く志向していることである.パソコンやスマートフォンなどの普及により,従来では集住しなければ得られなかったエスニック的なつながりがオンライン上で構築することが可能であり,集住の意味が弱まっていることが示唆される.<br> 3点目は,彼(女)らが高度専門職ビザや永住権などの獲得に高い意欲を示すが,それは永住意欲が高いからではなく,施策上の恩恵を受けられることにある.また,彼(女)らは日本に滞在しながらも,SNSなどを介し,中国国内とのつながりやビジネスチャンスを追求している.中国人若年移住者は,従来の永住か帰国という二分論のような選択ではなく,日本と中国の間で自由に往来することを希求する傾向が強まりつつある.