- 著者
-
富樫 幸一
- 出版者
- 経済地理学会
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.49, no.2, pp.119-141, 2003-05-31
日本工業は1980年代までの競争優位を誇った時期から,1990年代には国内におけるバブル崩壊,国際的な円高や中国を始めとしたアジア諸国との競争の激化によって大きな変容を迫られた.この10年間を通じて工場数と雇用は減少を続けたが,出荷額と輪出額においては増減を示している.衣服など低付加価値部門における衰退は著しいものの,機械工業などでは新製品の開発や市場開拓,より生産性の高い技術や工程の導入によって競争力を維持しようと努力している.日本の産業組織の特徴であった企業間での横並び的な競争関係から,各企業における優位なコア部門への集中と劣位部門からの撤退,そしてグローバル化した日本企業の中における国内工業のより高度化した機能へのシフトが進められている.その空間的な帰結は,大都市圏の旧式工場や地方圏における不採算部門の双方からの撤退と,大都市周辺部や地方圏残存工場の高度化という,個別企業からみても地域的にも不均等なものとなっている.日本の中央に位置する岐阜県の工業を事例としてみると,繊維,衣服,陶磁器,刃物などの地場産業は,円高と不況の中で大きく工場数や雇用,輸出を減じている.他方では中堅企業はグローバル化に対応しつつ,独自製品の開発や市場開発,生産工程の改善などに取り組んでいる.さらに空間的な取引関係も広域化,国際化が進んでおり,狭域的な産業集積においては量的な規模的な縮小とその機能の低下と内部での企業の二極分化が生じている.アジア諸国への進出は,従来の系列取引を越えたビジネスチャンスとなっており,それが国内の事業にも反響をもたらしている.こうしたことからも,企業のグローバル化と地域経済の産業空洞化を単純な二律背反の関係と見ることはできない.既存の日本の経済地理学では,国内における市場分割型立地や,空間的な階層的分業関係が明らかにされてきた.しかし,最近のリストラクチャリングを通じて,企業間での合併・再編を通じた立地システムの合理化や工場閉鎖が進んでいる.さらに,グローバルな立地戦略の中での日本工業のプラットフォームの浮き上がりと,その中での個別戦略に応じた工場立地のダイナミズムが生じている結果,大都市圏と地方圏の空間的階層関係も,よりゆるやかでまだら模様の状態へと変化している.日本の産業立地政策も,大都市圏から地方圏への分散促進策から,グローバル競争の下での効率性重視と,大都市への再集中の容認へと転換した.産業クラスターなどの新たな集積政策が提示されているが,それ自体は上記のような企業行動と産業集積の変容の中では限界があると考えられる.国家レベルの産業政策の役割が経済のグローバル化の中で低下した一方で,地域レベルにおいては企業向の連携や,大学,自治体との協力関係を促すものへと代わっている.また地域政策自体も,従来の産業優先から,地域づくりを通じた社会的セーフティネットの整備や,環境保全などの枠組みを重視したものに変えていくことが必要であろう.