著者
松原 宏 加藤 和暢 鈴木 洋太郎 富樫 幸一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.443-450, 2000-12-31
被引用文献数
1

経済地理学会大会シンポジウムの前日(2000年6月3日)午後, 駒澤大学にて「グローバリゼーションと産業集積の理論」と題したラウンドテーブルを企画した.以下には, ラウンドテーブルの主旨, 加藤・鈴木・富樫の3氏の報告要旨, 討論の概要を掲げる.なお, オーガナイザーは, 松原が務めた.
著者
松橋 公治 富樫 幸一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.174-189, 1988-05-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
47
被引用文献数
6 6

現代における産業立地・地域構造を考えるにあたっては産業変動・企業行動に関する分析が不可欠である。近年における欧米の工業地理学の活性化も,深刻な経済停滞とそれによる空間構造変動という実態面からの要請もさることながら,そうした視角・方法をめぐる活発な議論によるところが大きい。他方,わが国の工業地理学・産業立地研究のなかには,欧米の研究のそれと類似した観点をもち,かつ成果においてもかなり深められたものがあるとはいえ,国内レベルの議論に限定され,必ずしも欧米の議論と共通な土台の上での展望やその意義が検討されることが十分ではなかった。 本稿では,このような問題意識にもとづき,国際的視野から,低成長移行に伴う産業構造転換期における主導産業の立地変動と地域構造に関する研究の成果と課題を方法論的ないし実証的に再検討する。方法論に関しては,わが国の工業地理学の1潮流である「地域構造論」における立地変動・地域構造をめぐる視角・方法を検討し,欧米の諸潮流と対比した。その結果,地域構造論と「構造アプローチ」との対比に有効性が認められ,視角・方法や経験的研究におけるその共通性と相違性とを明らかにした。 他方,具体的な産業動向の研究では,基軸産業である素材と機械の両部門を取り上げ,その立地変動に関する成果と課題を整理した。前者では,イギリスとの対比において,企業の立地戦略が立地変動を主導する点で共通性をもちながらも,経済環境・政策・産業組織などの相違が,異なる立地変動と地域分業を結果していること,それが近年の産業調整や企業の縮小・撤退戦略に異なる対応をもたらしていること,などが明らかにされた。また,量産・組立型の機械部門では,高度成長期の量産移行の段階におけるわが国の独特の集中傾向と欧米の分散傾向とが対照をなす点に最大の特徴がみられた。それは,労働過程の視点からすると,量産を遂行する両者の生産システムと立地適応の相違,つまり日本における階層的労働力編成,独特の労資関係,過当競争体質を背景とした,下請システムをも包摂した柔軟な生産システムとそれを前提にした企業の立地行動の結果であった。その違いを理解するカギは,労働過程の統制の仕方にみられる相違である。
著者
富樫 幸一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.119-141, 2003-05-31

日本工業は1980年代までの競争優位を誇った時期から,1990年代には国内におけるバブル崩壊,国際的な円高や中国を始めとしたアジア諸国との競争の激化によって大きな変容を迫られた.この10年間を通じて工場数と雇用は減少を続けたが,出荷額と輪出額においては増減を示している.衣服など低付加価値部門における衰退は著しいものの,機械工業などでは新製品の開発や市場開拓,より生産性の高い技術や工程の導入によって競争力を維持しようと努力している.日本の産業組織の特徴であった企業間での横並び的な競争関係から,各企業における優位なコア部門への集中と劣位部門からの撤退,そしてグローバル化した日本企業の中における国内工業のより高度化した機能へのシフトが進められている.その空間的な帰結は,大都市圏の旧式工場や地方圏における不採算部門の双方からの撤退と,大都市周辺部や地方圏残存工場の高度化という,個別企業からみても地域的にも不均等なものとなっている.日本の中央に位置する岐阜県の工業を事例としてみると,繊維,衣服,陶磁器,刃物などの地場産業は,円高と不況の中で大きく工場数や雇用,輸出を減じている.他方では中堅企業はグローバル化に対応しつつ,独自製品の開発や市場開発,生産工程の改善などに取り組んでいる.さらに空間的な取引関係も広域化,国際化が進んでおり,狭域的な産業集積においては量的な規模的な縮小とその機能の低下と内部での企業の二極分化が生じている.アジア諸国への進出は,従来の系列取引を越えたビジネスチャンスとなっており,それが国内の事業にも反響をもたらしている.こうしたことからも,企業のグローバル化と地域経済の産業空洞化を単純な二律背反の関係と見ることはできない.既存の日本の経済地理学では,国内における市場分割型立地や,空間的な階層的分業関係が明らかにされてきた.しかし,最近のリストラクチャリングを通じて,企業間での合併・再編を通じた立地システムの合理化や工場閉鎖が進んでいる.さらに,グローバルな立地戦略の中での日本工業のプラットフォームの浮き上がりと,その中での個別戦略に応じた工場立地のダイナミズムが生じている結果,大都市圏と地方圏の空間的階層関係も,よりゆるやかでまだら模様の状態へと変化している.日本の産業立地政策も,大都市圏から地方圏への分散促進策から,グローバル競争の下での効率性重視と,大都市への再集中の容認へと転換した.産業クラスターなどの新たな集積政策が提示されているが,それ自体は上記のような企業行動と産業集積の変容の中では限界があると考えられる.国家レベルの産業政策の役割が経済のグローバル化の中で低下した一方で,地域レベルにおいては企業向の連携や,大学,自治体との協力関係を促すものへと代わっている.また地域政策自体も,従来の産業優先から,地域づくりを通じた社会的セーフティネットの整備や,環境保全などの枠組みを重視したものに変えていくことが必要であろう.
著者
富樫 幸一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.86-94, 2003-03-31

経済学の主流は経済システムの空間的側面にはそれほど関心を払って来なかったが,こうした状況は新しい地理的経済学の登場によって次第に変わりつつある.欧米における最近のいくつかの展望やリーディングスでは,政治経済学と新古典派経済学の両方の立場における経済地理学の再登場をよく裏づけている.日本国内の経済地理学者や中小企業研究者は,産業集積をめぐって独自の実証的な研究や政策提言に関わってきた.例えば,産業集積についての研究はしばしば英米でも取り上げられているし,外国人研究者も日本についての事例研究を著している.シリコンバレーや第三のイタリアはよく知られた例であるが,日本のいくつかの産業地区も,活力のある集積として研究されている.これらの産業地区についての実証的な研究は,地域内だけでなく,地域間やさらには国際的なリンケージも見られることを明らかにしており,空間的連関の分析上で集積やクラスターの側面だけを強調するのはそれを過大視することになろう.しかし,こうした既存の実証研究と新たな理論的発展の間での十分なやり取りがあるとは言い難い.新しい地理的経済学は抽象的なモデルにとどまるべきではないだろうし,より実証的な操作が可能な検討内容を提示すべきである.また経済地理学者も他の分野との交流を通じて,政策形成にも関与することが望まれるし,この学会としてもそうした経験をこれまでも全国大会や地域大会において続けてきている.1990年代中盤における急激な円高は,日本のメーカーや商社などの海外直接投資に拍車をかけた.国内の工場や下請企業は,海外への生産機能の移転による影響を被り,いわゆる空洞化問題が発生している.日本とアメリカの経済構造協議が始められ,日本政府は国内の農産物市場を開放することを決定した.アメリカ政府は大規模小売店舗法によってアメリカからの輸入が阻害されていることを問題として,この政策を規制緩和することを要求した.こういった規制緩和によって生じた地域的な影響の一つは,地方都市における中心商店街の空洞化であった.近年の大会シンポジウムのテーマは,明らかにこのような社会情勢と研究上の関心のシフトに狙いを定めたものである.2000年の「ITの空間的意義」における3つの報告では,それぞれ産業空間と都市空間,生活空間に焦点を当てていた.これまでのテーマでは,産業変動や立地を中心とする傾向が強く,生活空間の分野はあまり重視されてこなかった.家族やジェンダー,ロカリティなどは,日本だけではなく,国際的に見ても社会経済地理学において関心が高まっている.経済地理学者も,経済,社会,政治,文化の各領域やその相互作用に対してより幅の広い視点を持っていくことが必要であろう.