著者
小嶋 知幸 宇野 彰 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.172-179, 1991
被引用文献数
4

&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;漢字の障害が軽度で,仮名に重度の障害を呈した失書症例1例に対して2種類の訓練法を適用し,訓練効果の比較検討を行った。1つは写字だけの訓練,1つは仮名1文字を,同一の音で始まる漢字1文字と対連合学習させる訓練 (キーワード法訓練) である。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;その結果,写字訓練は効果が訓練期間中のみに限定され,定着が困難と思われた。一方,キーワード法訓練は高い効果が認められ,しかも訓練終了後もself generated cueとして定着,実用化する可能性が示唆された。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;この訓練法は,漢字想起の処理過程を利用した仮名の想起方法であると考えられた。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;障害された処理過程への直接的訓練より,比較的良好に保たれた処理過程をバイパスルートとして活用する訓練の方が有効であったことから,本症例の仮名文字の想起障害は,字形のエングラムそのものの障害ではなく,エングラムヘのアクセスの障害と考えられた。
著者
船山 道隆 小嶋 知幸 稲葉 貴恵 川島 広明
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.467-477, 2010
被引用文献数
3

左縁上回後部,上~中側頭回後部,角回の皮質下の脳出血後,初期には頻発する新造語ジャルゴンを伴うウェルニッケ失語を呈し,回復とともに伝導失語の臨床像に収束した 1 例を報告した。本症例は,目標語と無関連な新造語が頻出する初期の段階から,改善経過の中で,音韻の断片や,目標語の推測が可能な音韻性錯語の段階を経て,最終的に,音韻の置換や転置を主症状とする伝導失語の臨床像に収束した。また,この間,語性錯語・迂言など,語彙レベルの障害を示唆する症状は観察されなかった。これらの経過から,少なくとも本症例において発症初期に頻出した新造語は,出力音韻辞書 (音韻選択) のレベルの障害に起因するのではないかと考えられた。従来,新造語の出現には,語彙レベル・音韻レベル両水準の関与が指摘され,その発現機序に関してはいまだに意見の一致を見ていないが,少なくとも 1 つの可能性として,語彙以降 (post-lexical) の段階の障害においても新造語が出現しうることが示唆された。
著者
下馬場 かおり 小嶋 知幸 佐野 洋子 上野 弘美 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.224-232, 1997 (Released:2006-05-12)
参考文献数
21
被引用文献数
1 1

失語症状の長期経過を追跡する研究の一環として,失語症者の発話障害の長期経過を自発話,復唱,音読のモダリティ別に調査した。対象は,発症後16ヵ月以上最高287ヵ月経過した失語症者61例の文水準の標準失語症検査 (SLTA) 発話成績である。    〈結果〉SLTA でみる限り, (1) 3モダリティのなかで復唱はもっとも到達水準が低かった。 (2) 各モダリティの最高到達時の成績パターンは,本研究では6種に類型化が可能であった。 (3) 最高到達時の成績パターンは,発症初期には必ずしも同一のパターンではなかった。    〈結論〉(1) 失語症者にとって,文の復唱はもっとも難易度が高いと考えられた。 (2) 発話3モダリティは,発症年齢,病巣などの要因の関与により,異なる過程を経て特定のパターンに到達することが示唆された。(3) 以上の点は,発話障害の予後推測や,訓練の刺激モダリティ選択において有用な情報を提供すると考えられた。
著者
餅田 亜希子 宇野 彰 小嶋 知幸 上野 弘美 加藤 正弘 青井 禮子
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.270-277, 1995 (Released:2006-06-02)
参考文献数
15

標準失語症検査 (SLTA) における単語の呼称は4割可能である一方,家族名の呼称の正答率が約1割というウェルニッケ失語の症例について報告した。本症例は,はじめ,家族名のみの呼称障害が選択的と思われたが,その他の意味カテゴリーを含む呼称検査において,カテゴリーによって段階的に異なる正答率を示した。すなわち,身体部位が 75%以上と最も高く,次いで,乗り物,果物,野菜,動物,楽器が 25~50%の間,貨幣,日本国内の名所,家族,手指,色は,25%以下の低い正答率を示した。本研究では,本症例に固有の「意味カテゴリーの階層構造」を仮定し,以上の検査結果を対応させることにより,本症例の呼称障害のメカニズムを説明することを試みた。そして,本症例の呼称障害は,特定のカテゴリーに限定して生ずるのではなく,階層構造にしたがって段階的な重症度をもって出現するのではないかと考えた。
著者
五十嵐 浩子 宇野 彰 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本音声言語医学会
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.297-306, 1992-10-20 (Released:2010-06-22)
参考文献数
16

本研究の目的は, 脳損傷者の筆算障害の有無と特徴, および“純粋”な計算障害の概念について再検討することである.検査課題は1) 数字の系列的表出, 2) 数字と丸の数とのマッチング, 3) 九九, 4) 筆算などである.対象は左半球損傷失語群 (以下失語群) , 左半球損傷非失語群, 右半球損傷左半側無視群 (以下USN群) , 右半球損傷非左半側無視群, アルツハイマー型老年痴呆群 (以下痴呆群) および非脳損傷群である.その結果, 失語群, USN群, 痴呆群の3群は非脳損傷群に比べ筆算力が有意に低下していた.失語群では言語情報処理過程の障害が, USN群では空間情報処理過程の障害が, 痴呆群では大脳の全般的処理過程の障害が筆算障害を生じさせる要因になっていると考えられた.従来爪純粋”な計算障害と報告されている症例も前述の処理過程のいずれかの障害で説明可能なことが多いことからも, 筆算障害はおのおのの高次脳機能障害に起因した障害であり独立した“純粋”な障害ではない可能性が考えられた.